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『王太子殿下、その恋は口から出す前に止めてください 〜好きな令嬢に嫌いと言ってしまう残念王子の恋愛相談役になりました〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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63/99

第63話 王太子殿下、残念だったと言う人を励ます前に待つ



 結果が決まる前には。


 誰にでも、いくつもの未来があります。


 選ばれるかもしれない。


 選ばれないかもしれない。


 友人と同じ回へ入れるかもしれない。


 一人だけになるかもしれない。


 申し込んだことを後悔するかもしれない。


 それでも、勇気を出してよかったと思えるかもしれない。


 抽選箱の中へ折り畳まれた三十八枚の紙には。


 三十八人分の名前だけではなく。


 それぞれの小さな期待が入っていました。


 けれど。


 抽選が終われば。


 いくつもあった未来は、一つになります。


 選ばれた。


 選ばれなかった。


 その事実は。


 公平な方法で決めたとしても。


 受け取る人によって、重さが違います。


 笑って受け取れる人。


 少し寂しくなる人。


 平気なふりをする人。


 友人へ遠慮する人。


 どうして自分ではなかったのかと、納得できない人。


 そのすべてへ。


 同じ言葉だけを渡せばよいのでしょうか。


 大丈夫です。


 次があります。


 展示は自由です。


 図書室にも紙があります。


 どれも間違いではありません。


 でも。


 結果を受け取ったばかりの人へ。


 すぐに未来の代わりを差し出すことが。


 本当に優しいとは限りません。


 まず。


 残念だった。


 そう言ってよい時間を残す。


 それから。


 必要であれば、別の道を一緒に探す。


 春祭り茶席の抽選日。


 王国史礼法研究会は。


 選ばれた六人を決める日であると同時に。


 選ばれなかった三十二人の気持ちを、どう受け取るか試される日を迎えました。


     ◇


 朝の開放学習室。


 いつもより早く来たはずなのに。


 アルノルド殿下は、すでに席へ着いていました。


 窓の外は。


 まだ朝の薄い光に包まれています。


 中庭の花壇には露が残り。


 池の水面には、春祭り用の硝子飾りがぼんやり映っています。


 学園全体が目覚める前の、静かな時間。


 その静けさの中で。


 殿下は。


 鍵付きの棚を見つめていました。


 棚の中。


 抽選箱。


 三十八枚の申込用紙。


 もちろん。


 鍵はレオン様が持っています。


 殿下には開けられません。


 ですが。


 見つめるだけでも。


 何か分かる気がしているのでしょうか。


「ごきげんよう、殿下」


「ルイート嬢、ごきげんよう」


 殿下は。


 少し遅れて顔を上げました。


 目元に。


 昨日よりさらに疲れがあります。


「眠れませんでしたか?」


「眠った」


「どのくらい?」


「……短く」


「殿下」


「抽選のことを考えていた」


 正直です。


 私は鞄を置き。


 殿下の向かいへ座りました。


 当然。


 机の端には心得紙があります。


『抽選箱を見つめても結果は分からない』


『自分が引こうとしない』


『知っている名前が出ても顔に出さない』


『選ばれた人へ特別な意味を与えない』


『選ばれなかった人へ謝りすぎない』


『泣かれても、すぐ大丈夫と言わない』


『怒られても、自分を全部悪者にしない』


『通知を持って池へ行かない』


 今日もあります。


 池。


「殿下」


「はい」


「抽選箱は持ち出せません」


「分かっている」


「通知も、池へ持っていく必要はありません」


「念のためだ」


 念のための範囲が、日に日に広がっています。


「今日は、抽選そのものはベルナー先生が行います」


「ああ」


「殿下は結果を記録しません」


「はい」


「名前が目に入ったとしても」


「知っている者かどうかで反応しない」


「はい」


「ナリア様のお知り合いが選ばれても」


「喜びすぎない」


「私の友人でも」


「同じ」


「殿下へ好意を寄せている令嬢でも」


 殿下の表情が少し固まりました。


「……同じ」


「はい」


「それは、少し複雑だ」


 とても正直です。


 ですが。


 茶席は。


 殿下と親しくなるための席ではありません。


 殿下自身は、茶席へ参加しません。


「殿下」


「分かっている」


 先に言われました。


「茶席は、研究会の言葉を考える場」


「はい」


「誰が選ばれても、同じように迎える」


「はい」


「ただ」


 殿下は少しだけ言葉を止めました。


「もし、選ばれた者が、僕への招待文を書いていたら」


「書く内容は見せる必要がありません」


「はい」


「仮に話されたとしても、茶席担当が受け取るだけです」


「はい」


「殿下へ直接渡すことはできません」


「はい」


「ですから」


「僕は気にしない」


 少し早い返事です。


 気にはするでしょう。


 かなり。


 でも。


 役割へ持ち込まなければよいのです。


「気になっても構いません」


 私が言うと、殿下が顔を上げました。


「いいのか」


「はい。気持ちが浮かぶことまで止める必要はありません」


「でも」


「行動へ移さない」


「はい」


「抽選結果へ影響させない」


「はい」


「ナリア様へ、誰が何を書いたのか尋ねない」


「……はい」


 最後。


 少し間がありました。


「殿下」


「尋ねない」


「よくできました」


 殿下は心得紙へ。


『気になっても、尋ねない』


 と書き足しました。


 とても必要です。


 しばらくして。


 レオン様が入ってきました。


 手には。


 抽選記録用紙。


 同じ蕾印が押された封筒。


 当選通知六通。


 ご案内できなかった方への通知三十二通。


 まだ名前はありません。


 すべて。


 外見は同じです。


「準備できています」


 レオン様が言いました。


「ベルナー先生は?」


「始業前に来られます」


「抽選方法は?」


「申込用紙へ、受付時に連番を付けています」


 殿下が少し驚きました。


「名前ではなく番号?」


「はい」


「先生も、名前を見ずに引く?」


「番号札だけを別箱へ入れます」


「申込用紙そのものではない」


「個人情報を見せる必要はありません」


 さすがです。


 公平性。


 個人情報。


 どちらも守ります。


 抽選の流れ。


 一、申込用紙の連番一覧を教師が確認。


 二、同じ番号を書いた札を抽選箱へ。


 三、ベルナー先生が六枚引く。


 四、レオン様と私が番号だけを記録。


 五、別室で番号と申込用紙を照合。


 六、希望時間を確認し、重なった場合は第二希望へ調整。


 七、本人名を封筒へ記入。


「研究会員は」


 レオン様が殿下を見ました。


「番号を引く瞬間、名前を知りません」


「分かった」


「結果が決まった後も、必要な担当者以外は一覧を持ちません」


「僕も?」


「はい」


 殿下が少しだけ驚きました。


「誰が選ばれたか、知らないまま?」


「当日、参加者として来られれば分かります」


「それまでは?」


「知る必要はありません」


 殿下は。


 少し考えました。


 自分が王太子だから。


 すべて知る権利がある。


 そうは言いません。


「分かった」


 任せました。


 とても良いです。


 エレナ様は。


 今日も少し遅れて入りました。


 手には菓子箱。


 そして。


 三十八個の小さな蕾印。


「これは?」


 私が尋ねると。


「封筒へ押す印の予備ですわ」


「もう押してあります」


 レオン様が言いました。


「失敗した場合用です」


「失敗は想定済みです」


「では、余りましたわね」


 エレナ様は少し考え。


「春祭り当日の持ち帰り袋へ使います」


 無駄にしません。


 さすがです。


 今日の蜂蜜菓子は。


 まだ出しませんでした。


 抽選前。


 何かを食べる気分ではないのでしょうか。


 それとも。


 公平性のため。


 菓子で結果を良くしようとする迷信を避けたのでしょうか。


 エレナ様のことです。


 どちらもありそうです。


 最後に。


 ナリア様が入ってきました。


「ごきげんよう」


 腕には。


 申込者対応の手順書。


 昨日の通知文。


 そして。


 小さな布の包み。


「ナリア、ごきげんよう」


 殿下が立ち上がりました。


「今日も来てくれてありがとう」


「ごきげんよう、殿下。本日もよろしくお願いいたします」


 ナリア様も。


 鍵付き棚へ視線を向けました。


「まだ、開けていないのですね」


「ああ」


 殿下が答えます。


「見ているだけだ」


「見ても結果は分かりません」


 心得紙と同じことを言われました。


 殿下が少し気まずそうです。


「ルイート嬢にも言われた」


「そうでしたか」


 ナリア様は。


 少しだけ笑いました。


「でも」


 棚を見ながら。


「気になりますね」


 殿下が、少し安心したように彼女を見ました。


「ナリアも?」


「はい」


「誰が選ばれるか」


「それもですけれど」


「はい」


「選ばれなかった方へ、昨日の言葉がきちんと届くか」


 同じことを。


 二人とも考えています。


 殿下の表情が、少し柔らかくなりました。


「僕も」


「はい」


「通知だけで足りるだろうか」


 ナリア様は。


 すぐに答えません。


「足りない方も、いらっしゃると思います」


「はい」


「でも、通知で足りる方もいます」


「はい」


「全員へ同じだけ話しかけると、かえって目立たせてしまうかもしれません」


「なるほど」


「ですから」


 ナリア様は、手順書を机へ置きました。


「通知をお渡しした時、相手の様子を見ます」


「泣いていたら?」


「その場で無理に話を聞かず、少し離れた場所をご案内します」


「怒っていたら?」


「ベルナー先生かレオン様へ」


「僕は?」


 殿下が尋ねました。


 自分も対応したいのでしょう。


 ナリア様は、少し考えました。


「殿下ご自身へ何か言いたいと希望された場合だけ」


「はい」


「ただし、殿下お一人で受け取らないでください」


「誰かと?」


「はい。先生か、研究会員と一緒に」


 殿下は。


 少しだけ不満そうでした。


 自分一人で受け止めたい。


 そう思っているのでしょう。


「全部を一人で受け取る必要はありません」


 ナリア様が静かに言いました。


 殿下は。


 心得紙へ目を落としました。


『怒られても、自分を全部悪者にしない』


「分かった」


 頷きました。


「一人で受け取らない」


 その言葉は。


 抽選への苦情だけではなく。


 もっと多くのことに通じる気がしました。


     ◇


 始業前。


 ベルナー先生が、開放学習室へ来ました。


 いつもより少し厳かな空気になります。


 机の中央。


 番号札だけを入れた抽選箱。


 申込用紙は。


 別の封筒へ封をしたまま。


 レオン様が説明します。


「一番から三十八番まで。欠番はありません」


「確認しました」


 ベルナー先生が答えます。


 私たちは。


 机を囲みました。


 殿下。


 ナリア様。


 エレナ様。


 レオン様。


 私。


 全員。


 少し緊張しています。


 たった六枚の番号札。


 でも。


 その向こうには。


 三十八人の気持ちがあります。


「始めます」


 ベルナー先生が言いました。


 箱を。


 ゆっくり回します。


 木の中で。


 小さな札が触れ合う音。


 かさ。


 かさ。


 静かな学習室に。


 その音だけが響きます。


 殿下の指先が。


 膝の上で少し動きました。


 ナリア様は。


 両手を重ねています。


 エレナ様は。


 扇を閉じたまま胸元へ。


 レオン様は記録用紙。


 私はペン。


 一枚目。


 ベルナー先生が札を引きます。


「七番」


 私は書きました。


 七。


 まだ名前は分かりません。


 二枚目。


「二十一番」


 三枚目。


「三番」


 四枚目。


「三十四番」


 五枚目。


「十五番」


 最後。


 ベルナー先生の手が。


 箱の中へ入ります。


 札が触れる音。


 長く感じます。


 誰かが息を止めました。


「二十八番」


 六枚。


 決まりました。


 七。


 二十一。


 三。


 三十四。


 十五。


 二十八。


 ただの数字。


 でも。


 この瞬間。


 六人の未来と。


 三十二人の未来が。


 分かれました。


 殿下は。


 抽選箱を見つめています。


 何か言いそうになり。


 でも。


 言いませんでした。


 喜ぶのも。


 残念がるのも。


 まだ。


 名前すら分からない段階です。


 ベルナー先生が言いました。


「番号の照合は、グラシア君、ルイート嬢、私の三名で行います」


「はい」


 レオン様と私は答えました。


「他の方は、結果一覧が必要になるまで待機してください」


 殿下も。


 ナリア様も。


 少し緊張したまま頷きました。


「承知しました」


 照合は。


 隣の小準備室で行われました。


 封を開けます。


 申込用紙。


 連番。


 名前。


 希望時間。


 食品確認。


 七番。


 二十一番。


 三番。


 三十四番。


 十五番。


 二十八番。


 私は。


 名前を見ても。


 声へ出しませんでした。


 知っている方もいます。


 知らない方も。


 以前、体験紙へ協力してくださった方も。


 告知前で迷っていた令嬢も。


 亡くなった方への感謝を書きたいと言った男子生徒は。


 選ばれていませんでした。


 その事実が。


 胸へ少し刺さります。


 ですが。


 だからといって。


 結果を変えてはいけません。


 抽選です。


 誰の気持ちが重いか。


 誰が最も必要としているか。


 私たちには決められません。


 ベルナー先生は。


 一人ずつ。


 希望時間へ振り分けました。


 第一回。


 二名。


 第二回。


 二名。


 第三回。


 二名。


 幸い。


 第一希望と第二希望で、すべて調整できました。


「確定です」


 ベルナー先生が言いました。


 その言葉が。


 少し重く感じます。


 変更できません。


 私たちは。


 当選者六名の封筒へ。


 名前と時間を記入しました。


 残る三十二通へ。


 申込者の名前。


 同じ蕾印。


 同じ封筒。


 外からは。


 どちらか分かりません。


 公平であると同時に。


 結果を本人だけへ渡すためです。


     ◇


 学習室へ戻ると。


 殿下が。


 すぐにこちらを見ました。


「決まった?」


「はい」


 私は答えました。


 一回。


 殿下は。


 それ以上聞きません。


「誰が?」


 という言葉が。


 口元まで来ているように見えました。


 でも。


 心得。


『気になっても、尋ねない』


 殿下は。


 ゆっくり頷きました。


「分かった」


 ナリア様も。


 当選者の名前は見ませんでした。


 自分の知り合いがいるか。


 気になるでしょう。


 でも。


 今、知る必要はありません。


 レオン様が。


 三十八通の封筒を、番号順に並べました。


「昼休みから、本人へ手渡します」


「教師を通して?」


 エレナ様が尋ねます。


「はい。各教室担任へ預け、本人だけに渡してもらいます」


 殿下が少し安心したように言いました。


「周囲に見られにくい」


「外見は同じです」


「はい」


「開ける場所は?」


 ナリア様が尋ねました。


「本人の自由です」


 レオン様が答えます。


「教室で開けてもよい。持ち帰ってもよい」


「結果をすぐ見なくてもいい」


 殿下が言いました。


「はい」


「それも、自分の速さ」


 ナリア様が頷きます。


「はい」


 体験紙だけではありません。


 抽選結果も。


 すぐ開ける人。


 後で一人で読む人。


 友人と見る人。


 家へ持ち帰る人。


 それぞれです。


「殿下」


 ベルナー先生が、まだ室内にいる殿下へ言いました。


「結果通知後、何か意見を受ける可能性があります」


「はい」


「申し込みが多かったため、席数への不満も出るでしょう」


「はい」


「研究会が悪いと責められた時」


 殿下の表情が、少し硬くなりました。


「何と答えますか」


 試されているようです。


 殿下は。


 すぐには答えませんでした。


「茶席を増やせなかった理由を説明します」


「その前に?」


 ベルナー先生が尋ねます。


 殿下は。


 少し考え。


 昨日のナリア様の言葉を思い出したのでしょう。


「残念だったことを受け取ります」


「具体的には?」


「『申し込んでくれたのに、席を用意できず残念に思う』」


「謝罪は?」


「僕たちが不正をしたわけではないので、必要以上には謝りません」


「大丈夫、と言いますか」


「すぐには言いません」


 ベルナー先生は。


 殿下をじっと見ました。


 殿下も。


 視線を逸らしません。


「理由を聞かれたら、少人数で一人ずつの言葉を聞くため、二名としたことを説明します」


「それでも納得されなければ?」


「納得を強制しません」


 静かな言葉。


 でも。


 確かな成長があります。


「怒ってよいと思います、とまでは言わない」


「なぜ?」


「感情を許可する立場ではないからです」


 ベルナー先生の目が。


 少しだけ柔らかくなりました。


「では?」


「『そう感じられたことは、受け取りました』」


 殿下は答えました。


「その後、必要なら先生やレオンと一緒に話します」


 ベルナー先生は。


 ゆっくり頷きました。


「よいでしょう」


 殿下の肩から。


 少しだけ力が抜けました。


 一度で受け取ります。


「ありがとうございます」


     ◇


 午前の授業中。


 抽選結果は。


 まだ誰にも渡されていません。


 ですが。


 学園には。


 何となく落ち着かない空気がありました。


「もう決まったのかしら」

「昼に通知ですって」

「封筒は全員同じらしいです」

「よかった」

「友人に見られたくありませんもの」

「当たっても?」

「どちらでも」

「一人で開けたいです」

「私はすぐ見る」

「怖くない?」

「怖いですけれど」


 教師が授業を始めても。


 心ここにあらずの生徒が、少しいます。


 三十八名全員ではありません。


 でも。


 その友人も。


 結果を気にしています。


 私は。


 教科書へ視線を落としながら。


 何度も思いました。


 公平に決めた。


 通知も整えた。


 それでも。


 傷つく人はいる。


 その事実を。


 私たちは受け入れなければなりません。


 全員を傷つけない方法を探し続ければ。


 結局。


 何も決められなくなるかもしれません。


 茶席をなくす。


 全員へ同じ紙だけを渡す。


 それなら差はありません。


 でも。


 少人数で話す時間も。


 必要だと考えたから作りました。


 何かを選べば。


 選ばれない形が生まれる。


 大切なのは。


 その人を。


 企画の外へ捨てないことです。


     ◇


 昼休み。


 封筒が、各教室へ届けられました。


 私たちは。


 開放学習室で待機しています。


 誰が当選したか。


 殿下とナリア様は知りません。


 エレナ様も。


 知っているのは。


 ベルナー先生。


 レオン様。


 私。


 そして担任教師だけです。


 時間が。


 非常に長く感じます。


 誰かが来るでしょうか。


 問い合わせ。


 辞退。


 苦情。


 あるいは。


 何もないかもしれません。


 エレナ様は。


 今日初めて菓子箱を開きました。


「結果通知後用ですわ」


「今、食べるのですか?」


 私は尋ねました。


「待つ時間が長いですもの」


 中には。


 二種類の形があります。


 蕾。


 そして。


 同じ蕾に見えるけれど。


 一つだけ花びらの向きが違うもの。


「当選と不当選?」


 殿下が少し警戒して尋ねました。


「違います」


 エレナ様は、はっきり答えました。


「すべて同じ味です」


「では、なぜ形が?」


「手作りですもの。少しずつ違います」


 とても大切なことです。


 結果で味を分けない。


 選ばれた人。


 選ばれなかった人。


 価値が違うわけではありません。


「今日は」


 エレナ様が言いました。


「どれを選んでも同じ甘さですわ」


 私たちは。


 一つずつ取りました。


 殿下は。


 少し形の崩れた蕾。


 ナリア様は。


 花びらが一枚だけ広いもの。


 私は。


 小さなもの。


 どれも。


 同じ優しい蜂蜜の味でした。


「本当に同じです」


 ナリア様が言いました。


「はい」


 エレナ様は微笑みました。


「見た目が違っても」


 殿下が。


 菓子を見つめながら言いました。


「結果が違っても」


「はい」


 エレナ様が答えます。


「申し込んでくださったお気持ちの価値は、同じですわ」


 殿下は。


 ゆっくり頷きました。


 その時。


 扉が叩かれました。


 全員の空気が。


 一瞬で変わります。


「どうぞ」


 レオン様が答えました。


 入ってきたのは。


 令嬢二人。


 昼に一緒に申し込んでいた友人同士です。


 一人は。


 封筒を胸へ抱えています。


 もう一人も。


 同じ封筒。


 表情を見れば。


 結果が違うことが分かりました。


 一人は。


 申し訳なさそう。


 もう一人は。


 笑おうとしている。


 でも。


 目元が少し赤い。


「失礼いたします」


 当選した方が言いました。


「ご相談が」


 レオン様が席を示しました。


「どうぞ」


 二人は。


 並んで座りました。


 殿下は。


 少し離れた席にいます。


 すぐ前へ出ません。


 まず。


 レオン様と私が対応します。


「私は」


 当選した令嬢が。


 封筒を握りながら言いました。


「第二回へご案内いただきました」


「はい」


「友人は」


 隣の令嬢が。


 小さく笑いました。


「私は、今回はご案内できないと」


 言葉は穏やかです。


 でも。


 声が少し震えています。


「それで」


 当選した令嬢が続けます。


「私だけ参加するのは」


「辞退なさいますか?」


 レオン様が尋ねました。


 令嬢は。


 すぐには答えませんでした。


「分かりません」


 正直です。


「行きたい気持ちはあります」


「はい」


「でも、友人を置いていくようで」


 隣の令嬢が。


 慌てて首を横に振りました。


「置いていくなんて」


「でも」


「行ってください」


「本当に?」


「はい」


「無理をしていない?」


 友人同士の間に。


 緊張が走ります。


 私たちが。


 何か言うべきでしょうか。


 殿下が。


 少し動きそうになりました。


 でも。


 待ちます。


 ナリア様も。


 二人の言葉を遮りません。


 選ばれなかった令嬢は。


 少し俯きました。


「寂しいです」


 小さな声でした。


 当選した令嬢が。


 息を呑みます。


「でも」


 選ばれなかった令嬢は続けます。


「だからといって、あなたにも行かないでほしいとは思っていません」


「はい」


「ただ」


 唇が少し震えました。


「一緒に入れたらよかったのに、とは思います」


 とても正直な言葉です。


 当選した令嬢の目にも。


 少し涙が浮かびました。


「私も」


 彼女は言いました。


「一緒がよかった」


 二人は。


 黙りました。


 残念。


 寂しい。


 でも。


 相手を責めたくない。


 複雑な気持ち。


 その場で。


 すぐ大丈夫にしてはいけません。


 私は。


 少し待ちました。


 レオン様も。


 ナリア様が。


 やがて穏やかに言いました。


「お二人とも、一緒に参加したかったのですね」


 ただ。


 事実を言いました。


 二人が頷きます。


「はい」


「そのお気持ちは」


 ナリア様は続けます。


「すぐに別の方法で埋めなくてもよいと思います」


 選ばれなかった令嬢が。


 顔を上げました。


「展示は一緒に見られます、と言われると思っていました」


「もちろん、その方法もあります」


「はい」


「でも」


 ナリア様は。


 二人を見ました。


「今は、茶席も一緒がよかったと、残念に思っておられるのでしょう?」


「……はい」


「でしたら」


 柔らかな声。


「まず、そのままでよいと思います」


 令嬢の目から。


 涙が一粒だけ落ちました。


 大げさな泣き方ではありません。


 でも。


 堪えていたものが。


 少し出ました。


「残念です」


 彼女は言いました。


「はい」


 ナリア様は答えました。


「本当に」


「はい」


「私も、入りたかったです」


「はい」


 ナリア様は。


 大丈夫とは言いません。


 次があるとも。


 展示もありますとも。


 今は言いません。


 ただ。


 受け取ります。


 殿下は。


 そのやり取りを見ながら。


 両手を膝の上へ置いていました。


 口元が。


 何度も動きます。


 励ましたい。


 別の案を出したい。


 でも。


 待っています。


 しばらくして。


 選ばれなかった令嬢が。


 自分で涙を拭いました。


「……少し、落ち着きました」


 ナリア様が頷きます。


「はい」


「展示は」


 令嬢が、自分から言いました。


「一緒に見てもよいのですよね」


「もちろんです」


「茶席の間は」


 当選した友人を見ます。


「私は、図書室で体験紙を書いて待とうと思います」


 当選した令嬢の表情が。


 少し柔らかくなりました。


「終わったら、何を書いたかは言わなくていいから」


「はい」


「一緒に菓子を食べましょう」


「茶席の菓子とは違うものを?」


「学園の売店で」


 二人が。


 少しだけ笑いました。


 そこで初めて。


 別の道が見えました。


 私たちが急いで与えたのではありません。


 残念だった時間を。


 一度きちんと過ごした後。


 二人で見つけました。


「辞退は」


 レオン様が当選した令嬢へ尋ねました。


 令嬢は。


 隣の友人を見ます。


 友人は。


 少し寂しそうに。


 でも。


 頷きました。


「行ってきてください」


 当選した令嬢も。


 涙を拭いながら頷きます。


「参加します」


「承知しました」


 レオン様が記録しました。


 辞退なし。


 二人は。


 立ち上がりました。


 選ばれなかった令嬢が。


 ナリア様へ頭を下げます。


「残念だと言わせてくださって、ありがとうございました」


 ナリア様の表情が。


 少し揺れました。


「こちらこそ」


 短く答えました。


「お話しくださり、ありがとうございました」


 二人が退室します。


 扉が閉じました。


 学習室には。


 長い沈黙が残りました。


 殿下は。


 しばらく動きませんでした。


 そして。


「大丈夫と言わなかった」


 小さく言いました。


「はい」


 私は答えました。


「展示があるとも、すぐには」


「はい」


「でも、最後には自分で言った」


「はい」


 殿下は。


 ナリア様を見ました。


「どうして待てた?」


 ナリア様は。


 少し考えました。


「昨日、殿下がおっしゃったからです」


「僕が?」


「残念だったことを、まず受け取りたいと」


 殿下の目が。


 少し見開かれました。


「僕の言葉を?」


「はい」


「使ってくれた?」


「一緒に考えた言葉です」


 ナリア様は微笑みました。


 殿下の目が。


 少し潤みます。


 ですが。


 今は。


 感動へ飛びません。


「ありがとう」


 短く言いました。


 それだけで。


 十分でした。


     ◇


 最初の二人が去ってから。


 しばらくは。


 誰も来ませんでした。


 結果を受け取り。


 自分の中で整理しているのでしょう。


 当選した方も。


 すぐ研究会へ報告する必要はありません。


 選ばれなかった方も。


 何も言わなくてよい。


 沈黙も。


 選択です。


 やがて。


 もう一度、扉が叩かれました。


 今度は。


 男子生徒。


 亡くなった方への感謝を書いてもよいか尋ねた方です。


 封筒を持っています。


 表情は。


 静かです。


「失礼します」


「どうぞ」


 レオン様が答えます。


 男子生徒は。


 立ったまま言いました。


「今回は、ご案内できないとのことでした」


「はい」


「抽選なので、納得しています」


 声は落ち着いています。


 でも。


 何かを言いに来たのでしょう。


「ただ」


 少しだけ封筒を握ります。


「茶席なら、話せるかもしれないと思っていました」


「はい」


 ナリア様が答えました。


「でも、外れました」


「はい」


「図書室で紙をもらうことはできます」


「はい」


「分かっています」


 言葉が。


 少し強くなりました。


 殿下の肩が、わずかに動きます。


 反論しません。


 男子生徒は。


 自分でも強くなったことに気づき。


 一度息を吐きました。


「すみません」


「謝らなくて大丈夫です」


 ナリア様が言いました。


 すぐ大丈夫と言わない。


 でも。


 謝罪を求めない。


「分かっていても」


 男子生徒は続けます。


「一人で書くのと、誰かがいるところで書くのは違うと思って」


「はい」


「だから」


 目を伏せました。


「残念です」


 その言葉。


 今日、二人目です。


 でも。


 残念の形は違います。


 友人と一緒に入れない残念。


 誰かがいる場所を求めていたのに。


 一人で書く形しか残らなかった残念。


 殿下は。


 今度こそ。


 少し前へ出ました。


 ただし。


 一人ではありません。


 ナリア様と。


 レオン様もいる場所です。


「残念だったこと」


 殿下が言いました。


「受け取りました」


 男子生徒が。


 殿下を見ました。


 少し驚いています。


 王太子殿下が。


 自分へ直接答えたからでしょう。


「僕たちは」


 殿下は慎重に続けました。


「茶席へ入れない者にも紙が届けばよいと考えました」


「はい」


「でも」


 一度止まります。


「紙が届くことと、誰かと一緒に考えられることは、同じではなかった」


 男子生徒の表情が。


 少し変わりました。


 殿下は。


 自分たちの不足を。


 すべての失敗とは呼びません。


 でも。


 相手が感じた違いを認めます。


「申し込んでくれたから」


 殿下は続けました。


「そのことに気づけました」


 男子生徒は。


 しばらく黙りました。


「でも」


 やがて言います。


「席は増えないのですよね」


「増やしません」


 殿下は。


 はっきり答えました。


 優しさで曖昧にしません。


「一人ずつの言葉を急がず聞くために、二名と決めました」


「はい」


「その理由は変えません」


「はい」


「だから」


 殿下は。


 少しだけ言葉を探しました。


「今すぐ、代わりになるものは渡せない」


 男子生徒は。


 俯きました。


 厳しい事実です。


 でも。


 嘘ではありません。


「ただ」


 殿下が続けます。


「春祭り後の研究会で、少人数の相談時間を作れるか。今、約束はできないが、考えたい」


 レオン様が。


 殿下を見ました。


 勝手な約束ではありません。


 考えたい。


 実現できるかは、研究会で検討する。


 余白があります。


 男子生徒は。


 少しだけ顔を上げました。


「僕一人のためではなく?」


「茶席へ入れなかった者の中に、同じように誰かと考えたい者がいるかもしれない」


「はい」


「だから」


 殿下は。


 ゆっくり答えました。


「君の残念だったという言葉を、次を考えるために持ち帰りたい」


 持ち帰る。


 体験紙と同じです。


 すぐ答えを渡さず。


 相手の言葉を。


 研究会が持ち帰る。


 男子生徒は。


 長く黙りました。


 そして。


「分かりました」


 小さく言いました。


「今日は」


 少しだけ声が柔らかくなります。


「それで、十分です」


 殿下の目が。


 少し潤みました。


 でも。


 喜びすぎません。


「ありがとう」


 男子生徒は。


 ナリア様へも礼をし。


 退室しました。


 扉が閉じます。


 レオン様が。


 すぐに記録しました。


『春祭り後、少人数相談時間の検討』


「約束はしていない」


 殿下が確認します。


「はい」


 レオン様が答えます。


「検討事項です」


「実現できない場合も?」


「理由を説明します」


「分かった」


 殿下は。


 少しだけ息を吐きました。


「残念だったという言葉から」


「はい」


 ナリア様が答えます。


「次に必要なものが見えました」


 傷ついた人の言葉を。


 ただ痛みとして終わらせない。


 だからといって。


 痛みを材料として利用もしない。


 受け取って。


 考える。


 それが。


 今日の研究会の役目でした。


     ◇


 その後。


 当選者のうち一人から。


 辞退の連絡がありました。


 家庭の予定が。


 春祭り当日に入る可能性が出たためです。


 当選したのに。


 参加できない。


 その方も。


 とても残念そうだったと、担任教師から聞きました。


 結果は。


 選ばれれば終わりではありません。


 また変わることもあります。


「再抽選」


 レオン様が言いました。


「はい」


 ベルナー先生立ち会いで。


 残る三十二名の中から。


 一名。


 番号札を引きます。


 今度も。


 誰の名前かは。


 殿下とナリア様へ知らせません。


 再抽選の番号。


「十八番」


 新しい一人。


 その方へ。


 当選通知。


 辞退された方へは。


 申込への感謝と。


 無理に参加しなくてよいこと。


 展示と体験紙は自由であること。


 そして。


『ご予定を優先してくださって構いません』


 その一文を添えました。


 辞退。


 それも。


 申し訳ないことではありません。


 席をもらったから。


 必ず参加しなければ。


 そういう圧を作ってはいけません。


「一度選ばれても」


 殿下が言いました。


「断っていい」


「はい」


 ナリア様が答えます。


「選ばれたことは、義務ではありません」


「招待と同じ」


「はい」


「来てほしいと伝えても、断れる」


「はい」


 茶席の通知そのものが。


 研究会で扱ってきた礼法を映しています。


     ◇


 午後。


 学園の空気は。


 少し分かれていました。


 封筒を開け。


 笑顔になった人。


 友人と抱き合う人。


 静かに鞄へしまった人。


 平気な顔で授業へ戻る人。


 目元を赤くしている人。


「当たった?」

「はい」

「よかったですわね」

「ありがとうございます」

「私は駄目でした」

「そっか」

「でも、図書室へ行きます」

「一緒に行きましょう」


 別の場所。


「一人だけ当たったの?」

「うん」

「行くの?」

「行ってもいい?」

「聞かないで。少し寂しいけど、行って」

「ありがとう」


 また別の場所。


「外れた」

「俺も」

「何だよ、人気すぎるだろ」

「でも、紙はもらえる」

「一緒に書くか?」

「見せないぞ」

「俺もだ」


 さまざまな反応。


 すべて。


 学園の中を流れていきます。


 中には。


「六席は少なすぎる」

「申し込みだけ集めておいて」

「人気が出るのは分かっていたでしょう」

「殿下が関わっているのに、もっと広くできないの?」


 不満の声もありました。


 当然です。


 納得できない人もいます。


 殿下は。


 廊下で、その声を直接聞きました。


 私も。


 ナリア様も一緒でした。


 令嬢三人。


 殿下に気づき。


 少し気まずそうに口を閉じます。


 以前の殿下なら。


 王太子として。


 あるいは。


 責められた人として。


 すぐ説明していたかもしれません。


 今は。


 少し待ちました。


 そして。


「今の話」


 穏やかに言いました。


「聞かせてもらってもいいだろうか」


 令嬢たちは。


 顔を見合わせました。


「失礼を」


「謝らなくていい」


 殿下は。


 先に止めました。


「六席が少ないと感じたのだろう?」


 一人が。


 少し迷いながら頷きました。


「はい」


「申し込んだ?」


「はい」


「今回は?」


「ご案内いただけませんでした」


 声に。


 少し棘があります。


 殿下は。


 その棘を責めません。


「残念だった」


「はい」


「そして、最初から増やせたのではないかと思った」


「はい」


 令嬢は。


 少しずつ。


 正直に話し始めました。


「殿下がいらっしゃる企画です」


「はい」


「もっと大きな部屋も使えたのでは、と」


「王太子の権限で?」


 殿下が尋ねます。


「……はい」


 周囲の空気が。


 少し固くなります。


 でも。


 殿下は怒りません。


「使おうと思えば、できたかもしれない」


 正直に答えました。


 令嬢が、少し驚きます。


「では」


「ただ」


 殿下は続けました。


「茶席では、一人ずつの言葉を急がず聞きたかった」


「はい」


「大きな部屋に多くの人を入れれば、それはできなくなる」


「はい」


「僕が王太子だから、席数を増やすことはできる」


 少し間。


「でも、王太子だからこそ、企画の目的を曲げたくなかった」


 令嬢たちは。


 黙って聞いています。


「君が残念だったことは、受け取る」


「はい」


「六席が少ないという意見も」


「はい」


「だが、今回の茶席は増やさない」


 はっきり。


 でも。


 冷たくありません。


「春祭り後に、別の少人数相談時間を作れるかは、研究会で考える」


 令嬢が。


 少しだけ表情を変えました。


「必ずですか?」


「必ずとは約束できない」


 殿下は答えました。


「できるか確認する」


「……そうですか」


 令嬢は。


 しばらく黙りました。


「納得は」


 少し迷い。


「まだ、全部はできません」


「はい」


「でも」


 殿下を見ます。


「理由は分かりました」


「ありがとう」


「こちらこそ」


 令嬢は。


 小さく礼をしました。


 殿下も。


 研究会の一員として礼を返しました。


 三人が去った後。


 殿下は。


 長く息を吐きました。


「怖かった」


 小さく言いました。


 私は驚きました。


「殿下が?」


「はい」


「怒られることが?」


「怒られて、全部変えたくなることが」


 なるほど。


 相手が傷ついた。


 不満を持った。


 その瞬間。


 自分たちの判断が間違いだったと思い。


 全部を変えたくなる。


 でも。


 それでは。


 最初に考えた目的まで失われます。


「変えませんでしたね」


 ナリア様が言いました。


「ああ」


「でも、意見は聞かれました」


「はい」


「とても良かったと思います」


 殿下が。


 ナリア様を見ました。


「本当に?」


 一回。


「はい」


 ナリア様は迷いなく答えました。


「相手のお気持ちを受け取りながら、ご自分たちの理由も守られました」


「はい」


「両方、できていました」


 殿下の表情が。


 ゆっくり柔らかくなりました。


「ありがとう」


 短い。


 でも。


 とても大切な感謝でした。


     ◇


 放課後。


 研究会へ。


 当選した方から一通。


 選ばれなかった方から二通。


 短い返事が届きました。


 一通目。


『ご案内ありがとうございます。当日を楽しみにしております。内容を見せなくてもよいと分かり、安心しました』


 二通目。


『今回は残念でしたが、申込自体も参加だと書いていただけたことが嬉しかったです。図書室で体験紙を受け取ります』


 三通目。


『まだ残念です。春祭り当日に会場へ行けるか分かりません。でも、残念なままでもよいと研究会で言っていただけたので、封筒は捨てずに持っておきます』


 最後の手紙。


 室内が。


 長く静かになりました。


 まだ残念。


 行けるか分からない。


 でも。


 封筒は捨てない。


 殿下は。


 その言葉を見つめました。


「僕たちの通知」


「はい」


 私は答えました。


「全部を楽にはできなかった」


「はい」


「でも、捨てずに持っていてくれる」


「はい」


 殿下の目に。


 少し涙が浮かびました。


 今度は。


 隠しませんでした。


 泣き崩れるわけではありません。


 ただ。


 目元が濡れています。


「それで」


 少し掠れた声。


「いいのだろうか」


 ナリア様が。


 手紙を見つめたまま答えました。


「はい」


「残念なままで?」


「はい」


「来ないかもしれなくても?」


「はい」


 ナリア様は。


 殿下を見ました。


「その方は、ご自身の気持ちを持ち帰ってくださいました」


 体験紙ではなく。


 通知と。


 残念だった気持ちを。


「私たちは」


 ナリア様は続けます。


「春祭りへ来ていただくことだけを、成功にしてはいません」


「はい」


「捨てずに持っていてくださることも」


「はい」


「今は来られないと、ご自分で選ばれることも」


「はい」


「その方の参加の形です」


 殿下は。


 長く黙りました。


 そして。


 涙を一度だけ拭いました。


「分かった」


 その一言に。


 以前より。


 ずっと深い受け取り方がありました。


     ◇


 その日の研究会では。


 春祭り後の少人数相談時間について。


 最初の検討が始まりました。


 すぐに実施すると決めません。


 必要性。


 教師の立ち会い。


 研究会員の負担。


 個人的な悩みへ踏み込みすぎない仕組み。


 人数。


 頻度。


 考えることは多いです。


「春祭り後、一度だけ試行」


 殿下が案を出しました。


「茶席へ入れなかった者だけ?」


 レオン様が尋ねます。


「限定しない方がいい」


 ナリア様が答えました。


「申し込まなかった方にも、必要な方がいるかもしれません」


「では、研究会の通常活動として」


 私は言いました。


「月に一度、短い相談時間を設ける?」


「教師立ち会いが必要です」


 レオン様が言いました。


「そして、内容によっては専門の相談先へ案内」


「はい」


 以前。


 モーラン先生から指摘されたことです。


 研究会で。


 何でも解決しようとしない。


「検討事項」


 レオン様が記録しました。


「春祭り終了後、教師へ相談」


「約束はしない」


 殿下が言いました。


「はい」


「でも、忘れない」


「はい」


 選ばれなかった人の残念。


 それが。


 研究会の次の可能性につながっています。


 でも。


 今の痛みを。


 未来のためだったと正当化はしません。


 残念は残念。


 その上で。


 次を考えます。


     ◇


 エレナ様が。


 今日最後の菓子箱を開きました。


「抽選日終了用ですわ」


 中には。


 六つの花。


 ではありません。


 三十八個。


 とても小さな蕾の菓子。


 箱いっぱいに並んでいます。


「三十八?」


 殿下が尋ねました。


「はい」


「全員分?」


「研究会で食べるのは五人ですので、残りは保存用ですわ」


「なぜ三十八個を」


「作りたかったのです」


 エレナ様は。


 少しだけ照れたように笑いました。


「六個だけではなく」


 当選者だけではなく。


 三十八人分。


 同じ形。


 同じ味。


 少しずつ形は違います。


 でも。


 すべて蕾。


「一人一つの気持ち」


 ナリア様が言いました。


「はい」


 エレナ様が答えます。


「結果に関係なく」


 殿下は。


 箱を長く見つめました。


 そして。


 一つだけ手に取ります。


 少し曲がった蕾。


「これにする」


「なぜ?」


 私が尋ねると。


 殿下は。


 少し笑いました。


「形が整っていなくても、同じ味だから」


 食べます。


 ナリア様も。


 一つ。


 花びらの細い蕾。


 私たちも。


 一つずつ。


 甘さは。


 同じでした。


 噛んだ後。


 少しだけ。


 柑橘の香り。


 春の苦み。


 最後に蜂蜜。


「少し苦い」


 殿下が言いました。


「はい」


 エレナ様は答えました。


「今日は、甘いだけではありませんもの」


「でも」


 ナリア様が言いました。


「最後は甘いです」


「はい」


「残念だった後も、必ず甘くなる?」


 殿下が尋ねました。


 エレナ様は。


 すぐに頷きませんでした。


「必ずではありませんわ」


 殿下が。


 静かに聞きます。


「苦いまま残ることもあります」


「はい」


「でも」


 エレナ様は。


 自分の菓子を見つめました。


「一つの味だけではないと、思えたらよいのです」


 残念。


 寂しい。


 怒り。


 安心。


 感謝。


 期待。


 全部。


 同じ一日の中にあります。


 甘いか。


 苦いか。


 どちらか一つではありません。


 殿下は。


 ゆっくり頷きました。


「覚えておく」


     ◇


 帰り道。


 中央掲示板の前。


 正式告知は。


 今日も多くの人に読まれていました。


 ですが。


 昨日とは少し空気が違います。


 抽選結果を受け取った後。


 同じ告知文が。


 人によって違って見えるのでしょう。


「当たりました」

「おめでとう」

「ありがとう。でも、おめでとうと言われると少し」

「なぜ?」

「外れた人がいるから」

「でも、喜んでもいいでしょう」

「……そうね」


 別の場所。


「私は外れました」

「大丈夫?」

「まだ残念」

「そっか」

「でも、今はそれでいいらしい」

「誰が?」

「研究会で言われた」

「では、残念会をします?」

「それは少し嬉しい」


 小さな笑い。


 また別の場所。


「封筒、まだ開けてない」

「怖いの?」

「うん」

「家で見る?」

「そうする」

「一緒に?」

「一人で」


 自分の速さ。


 それぞれです。


 殿下とナリア様は。


 少し前を歩いていました。


 今日。


 二人は。


 たくさんの残念を見ました。


 そして。


 すぐ消そうとせず。


 待ちました。


「ナリア」


「はい」


「今日」


 殿下が言いました。


「残念だと言われるたびに、胸が痛かった」


「はい」


「僕たちが悪いと、何度も思いそうになった」


「はい」


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