第62話 王太子殿下、選ばれなかった人への言葉を先に考える
何かへ申し込む時。
人は、選ばれる未来を少しだけ想像します。
茶席の椅子へ座る自分。
春の香りがする紅茶。
小さな蜂蜜菓子。
机の上に置いた、自分だけの言葉。
誰かに見せなくてもよいと分かっていながら。
もしかしたら、少しだけ話してみたいと思うかもしれません。
これで重くありませんか。
この誘い方で、相手を困らせませんか。
ありがとうという気持ちは、これで伝わりますか。
そんな問いを胸へ抱えて、申込用紙へ名前を書く。
けれど。
席の数には限りがあります。
申し込んだ全員が座れるわけではありません。
抽選箱へ紙を入れる人の多くは、選ばれない可能性を分かっています。
それでも。
ほんの少しだけ期待する。
だからこそ。
選ばれなかった時に受け取る言葉は、思っている以上に大切なのかもしれません。
残念でした。
外れました。
席はありません。
事実だけを伝えるなら、それで十分です。
ですが。
期待してくれたこと。
勇気を出して申し込んでくれたこと。
その人が何かを言葉にしたいと思ってくれたこと。
それらまで、抽選結果と一緒に否定してしまわないように。
選ばれた人を迎える準備だけでなく。
選ばれなかった人へ渡す言葉も、先に考えておく。
その日の王国史礼法研究会は。
春祭りの準備を通して、また一つ。
受け取れない結果を、受け取れる形に整えることを学ぼうとしていました。
◇
正式告知の掲示日。
朝のアルスード学園は、普段より少しだけ早く目を覚ましたように見えました。
始業前だというのに、中央掲示板の前には、すでに何人もの生徒が集まっています。
音楽研究会の演奏案内。
騎士科の模擬演武。
詩文学会の朗読会。
花飾り展示。
春祭りに関する新しい告知が、一斉に増えたからです。
その中に。
私たちの正式告知もありました。
『王国史礼法研究会
春を招く言葉――王国史に見る招待と感謝の礼法』
題名の下。
少し余白を取り。
『まだ言葉にならない気持ちも、どうぞそのままお持ちください』
その一文が。
朝の光の中で、静かに掲げられていました。
その下には。
展示内容。
体験紙。
持ち帰り用体験紙。
少人数制茶席。
抽選申込。
図書室での配布。
殿下の資料説明時間は非公開であること。
必要な情報が、読みやすく並んでいます。
「本当に貼られましたわね」
「正式な告知です」
「この一文、素敵ですわ」
「まだ言葉にならなくてもよいのね」
「体験紙だけ、図書室でもいただけるの?」
「茶席は抽選ですって」
「一日三回、二名ずつ」
「六名だけ?」
「少ないですわ」
「でも、ゆっくり話すためでしょう」
「申し込みは今日一日ですって」
「殿下が来る回は分からないのね」
「そもそも殿下は茶席ではなく資料説明だけですわ」
「それでも申し込みたいです」
群衆の声が。
静かな朝の廊下へ、少しずつ広がっていきます。
誰かが題名を読み。
誰かが茶席の時間を確認し。
誰かが、図書室配布の文字に安心したように息を吐く。
私は。
少し離れたところから、その様子を見ていました。
隣にはエレナ様。
その少し後ろにはレオン様。
アルノルド殿下は。
廊下の角の近く。
目立ちすぎない位置にいました。
告知を見に来た生徒たちが。
殿下の存在に気づけば。
掲示より、殿下へ視線が集まってしまいます。
だから。
少し離れて見守る。
それも今日の役割でした。
「殿下」
私は小さな声で呼びました。
「はい」
「近づきすぎてはいけませんよ」
「分かっている」
「申し込みたいと言っている方を、嬉しそうに見すぎてもいけません」
「……それは難しい」
「殿下」
「気をつける」
今日の心得紙は。
開放学習室に置いてきています。
ですが。
内容は覚えています。
『告知の前へ立たない』
『申し込みを勧めない』
『殿下がいるなら申し込む、と言われても喜びすぎない』
『茶席へ申し込む人を恋愛相談者だと決めつけない』
『申込数を人気の証だと思いすぎない』
『六名以上申し込んでも全員入れようとしない』
『抽選箱を持って池へ行かない』
抽選箱を持って池へ行く状況とは。
いったい何なのでしょう。
殿下自身も分かっていないと思います。
念のため。
なのでしょう。
掲示板の前。
一人の令嬢が。
案内文の最初の一行を、友人へ指で示しました。
「私、まだ何を書きたいか分からないのです」
「なら、ちょうどよいのでは?」
「でも、茶席へ申し込んで何も話せなかったら」
「見せなくてもよいと書いてありますわ」
「そうですけれど」
「申し込んでみたら?」
令嬢は。
しばらく告知を見つめていました。
そして。
「……そうします」
小さく言いました。
殿下の表情が。
ほんの少しだけ柔らかくなります。
その姿を見ていたのでしょう。
ナリア様が。
後ろから静かに言いました。
「嬉しいですね」
殿下が振り返りました。
ナリア様は、いつの間にか来ていました。
手には。
茶席申込用紙の束。
胸元へ大切そうに抱えています。
「ナリア」
「ごきげんよう、殿下」
「ごきげんよう。今日も来てくれてありがとう」
「本日もよろしくお願いいたします」
二人は挨拶を交わし。
それから、また掲示板を見ました。
「まだ何を書きたいか分からなくても」
殿下が言いました。
「申し込んでくれる者がいる」
「はい」
「企画の最初の一文が、役に立った」
「はい」
ナリア様は。
少し先にいるエレナ様を見ました。
「エレナ様のお言葉ですね」
エレナ様は。
聞こえたようで。
扇の陰から、少しだけ照れた笑顔を見せました。
「皆様で残してくださったからですわ」
殿下も。
「良い言葉だ」
短く言いました。
エレナ様の目元が、また柔らかくなります。
研究会の言葉が。
誰かへ届く。
そして。
誰が考えた言葉かを。
皆が覚えている。
朝から。
とても良い空気でした。
ですが。
その良い空気の中。
掲示板の端で。
別の声が聞こえました。
「六名しか入れないのなら、どうせ無理ですわ」
「申し込まないの?」
「外れたら恥ずかしいもの」
「抽選なのだから、恥ずかしくは」
「でも、選ばれなかったと分かるでしょう」
殿下の表情が。
少しだけ変わりました。
選ばれなかった。
恥ずかしい。
申し込む前から。
その結果を恐れている人がいます。
ナリア様も。
その会話を聞いたのでしょう。
手元の申込用紙へ視線を落としました。
「殿下」
「はい」
「申し込まないという選択も、大切です」
「ああ」
「無理に勧めてはいけません」
「分かっている」
殿下は。
声をかけませんでした。
その令嬢を。
説得しません。
茶席へ申し込むことが勇気だと。
外れることは恥ではないと。
言いたいでしょう。
でも。
本人が選ぶことです。
「ただ」
殿下は小さく言いました。
「選ばれなかった者が、恥ずかしいと思わない伝え方は必要だ」
ナリア様が、殿下を見ました。
「はい」
「抽選結果の伝え方」
「まだ考えていませんでした」
私も言いました。
選ばれた人へ送る当選通知。
それは考えています。
でも。
選ばれなかった人へ。
どのように結果を伝えるか。
掲示に番号を出すだけか。
個別に封書を渡すのか。
申込者全員へ、短い礼を伝えるのか。
「研究会で考えよう」
殿下が言いました。
ナリア様も頷きます。
「はい」
選ばれる人を迎える前に。
選ばれない人のことを考える。
その課題が。
正式告知の朝に、私たちの前へ現れました。
◇
開放学習室の前には。
茶席申込用の机が置かれました。
受付時間は。
朝の始業前。
昼休み。
放課後。
申し込みは一人一枚。
名前。
学年。
希望時間。
第二希望。
食品材料の確認。
それだけです。
申込理由は書きません。
誰へ何を伝えたいかも。
もちろん求めません。
抽選箱は。
エレナ様が用意しました。
控えめに。
と。
何度も言われていたはずですが。
木箱の角には、小さな花模様。
蓋には。
一輪だけ。
春の花。
派手ではありません。
ですが。
明らかにエレナ様が関わった箱です。
「控えめでしょう?」
エレナ様が言いました。
レオン様は。
箱を上から下まで確認しました。
「許容範囲です」
「ありがとうございます」
合格です。
申込受付は。
研究会員が交代で担当します。
朝は。
私とレオン様。
殿下は参加しません。
殿下が受付にいれば。
それだけで申し込みへの圧になります。
ナリア様も。
朝の礼法授業準備があるため。
開始直後だけ同席し、その後移動します。
エレナ様は。
申込机の隣に。
なぜか小さな菓子皿を置こうとしました。
「駄目です」
レオン様が止めました。
「なぜですの?」
「申し込みへの誘導になります」
「ただの朝の蜂蜜菓子ですわ」
「申し込んだ者へ渡せば、利益提供です」
「利益提供」
エレナ様が。
非常に残念そうです。
「では、研究会員だけで食べます」
「机の後ろで見えないように」
「厳しいですわ」
「公平性です」
殿下が少し離れたところで。
笑いを堪えています。
ですが。
殿下自身も。
申込机へ近づきすぎないよう。
かなり意識していました。
ナリア様が、殿下へ小さく言います。
「殿下は、今日は別の資料確認ですね」
「ああ」
「こちらは、私たちにお任せください」
殿下は。
一瞬だけ不安そうになりました。
自分が関わらなくてよいのか。
申し込みの様子を見なくてよいのか。
でも。
任せることは見捨てることではない。
以前の心得です。
「分かった」
殿下は頷きました。
「何か問題があれば、呼んでほしい」
「はい」
「ただし」
ナリア様は少しだけ笑いました。
「申込数が増えても、席は増やしません」
殿下の顔が、少し気まずそうになりました。
「分かっている」
「本当に?」
一回。
ナリア様が聞きました。
殿下は。
少し笑いました。
「本当に」
今度は殿下が答える側です。
ナリア様も。
「では、行ってらっしゃいませ」
柔らかく言いました。
殿下は。
ほんの少しだけ立ち止まり。
「よろしく頼む」
それだけ言って。
王家資料の確認へ向かいました。
役割を任せられました。
◇
受付開始。
最初の数分は。
誰も来ませんでした。
掲示板の前には、多くの人がいました。
でも。
実際に申込机へ来るとなると。
少し勇気が必要なのでしょう。
ナリア様は。
机の横に立ち。
申込用紙を整えています。
私は席へ座り。
レオン様は箱の管理。
エレナ様は。
少し離れたところで。
見えないように蜂蜜菓子を食べています。
本人としては隠れているつもりですが。
扇の動きで分かります。
しばらくして。
一人目が来ました。
伯爵令嬢。
告知の前で。
まだ何を書きたいか分からないと言っていた方です。
足取りは。
少し緊張しています。
「申し込みを、してもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
私は答えました。
「こちらへご記入ください」
令嬢は。
用紙を受け取りました。
名前。
学年。
希望時間。
手が。
少し震えています。
ナリア様が。
穏やかに言いました。
「申込理由を書く必要はありません」
「はい」
「もし当選された場合も、茶席で何かを必ずお話しいただく必要はありません」
令嬢は。
顔を上げました。
「何も話せなくても?」
「はい」
「紅茶をいただくだけでも?」
エレナ様の耳が。
遠くで反応しました。
ですが。
こちらへ来ません。
ナリア様は頷きました。
「展示で気になった言葉を、一つ選んでいただくだけでも構いません」
「……ありがとうございます」
令嬢は。
少し安心したように。
申込用紙を折りました。
抽選箱へ。
一枚目。
小さな紙が落ちる音。
それだけです。
でも。
研究会にとっては。
春祭り茶席へ寄せられた、最初の期待です。
「お申し込み、ありがとうございます」
私が言うと。
令嬢は。
少しだけ笑いました。
「こちらこそ」
そして。
机から離れます。
ナリア様が。
抽選箱を見ました。
少し嬉しそうです。
ですが。
浮かれません。
「一人目ですね」
「はい」
私は答えました。
次。
数分後。
二人。
さらに三人。
少しずつ。
申込者が増えていきます。
「第一希望は、朝の回で」
「小麦は問題ありません」
「友人と一緒に申し込んでも?」
「抽選は個別です。お二人とも当選するとは限りません」
「分かりました」
「内容は本当に見せなくて?」
「はい」
「殿下の回は?」
「資料説明時間は非公開であり、茶席とは別です」
「そうでしたわね」
質問。
説明。
紙を折る音。
箱へ落ちる音。
一枚。
また一枚。
始業の鐘が近づく頃。
申込用紙は。
十二枚になっていました。
席は六。
すでに倍です。
ナリア様の表情が。
少し変わります。
「十二名」
「はい」
レオン様が数えました。
「朝だけで」
「昼と放課後があります」
私は言いました。
予想以上。
エレナ様も。
扇の陰から箱を見ています。
「たくさんの方が」
「はい」
嬉しいです。
でも。
同時に。
すでに六人は選ばれません。
殿下が気にしていたこと。
早くも。
現実になりました。
◇
授業の合間。
申込数は。
驚くほど早く学園へ広まりました。
「朝だけで十二名ですって」
「もう倍?」
「昼に申し込もうと思っていたのに」
「抽選だから、遅くても不利ではありませんわ」
「そうでした」
「友人と一緒には難しそうですわね」
「茶席は二名ずつでしょう?」
「同じ回を希望すれば?」
「二人とも当たるとは限りません」
「でも、展示は一緒に見られます」
「では、それで」
抽選制にしてよかったです。
先着順なら。
朝の段階で、すべて埋まっていました。
昼休みまでに知った人。
朝に委員会があった人。
遠くから通学する人。
申込機会を失っていたでしょう。
廊下の端。
一人の男子生徒が。
友人から申込用紙の話を聞いていました。
「お前も出すのか?」
「迷っている」
「誰かへ感謝か?」
「まあ」
「好きな令嬢?」
「違う」
「では家族?」
「言わない」
照れ。
からかい。
でも。
男子生徒も。
少し真剣な顔です。
この企画は。
令嬢だけのものではありません。
自分の感情を言葉へするのが苦手な子息たちにも。
届いています。
別の場所では。
「外れた人は、名前を貼り出されるの?」
「まさか」
「当選者だけ通知では?」
「外れたと分かるのが嫌ですわ」
「申込者が多ければ、誰が外れたかは分からないでしょう」
「でも、自分では分かります」
やはり。
選ばれなかった時。
その人自身は。
必ず結果を受け取ります。
周囲に知られなくても。
自分の中では。
期待が一つ、終わります。
私は。
休み時間のうちに。
その言葉を記録しました。
放課後。
研究会で考える必要があります。
◇
昼休み。
申込机の前には。
朝より多くの人が集まりました。
ただし。
列ができないよう。
申込用紙を三か所に置き。
記入後に箱へ入れる形です。
受付担当は。
ナリア様と私。
レオン様が箱を管理。
エレナ様は。
茶席材料表示の質問担当。
殿下は。
今日も離れています。
ですが。
廊下の反対側。
王国史資料の教師確認から戻る途中で。
少しだけ様子を見ています。
近づきません。
立派です。
「蜂蜜は、どちらのものですか?」
「王都の工房ですわ」
「乳製品が苦手なのですが」
「茶菓には使用いたしますので、召し上がれません。その場合は、茶のみでの参加が可能か教師へ最終確認中です」
「菓子を食べなくても?」
「もちろんですわ」
エレナ様は。
茶菓を食べられない人も。
茶席から排除しません。
以前。
蜂蜜菓子が企画の中心になりかけた時とは違います。
菓子は。
空気を整えるもの。
でも。
食べられなくても、参加できます。
「友人と同じ回を希望してもよいですか?」
令嬢二人が尋ねました。
ナリア様が答えます。
「同じ時間を希望していただくことはできます。ただし抽選は個別ですので、お二人とも同じ回になるとは限りません」
「一人だけ当たったら?」
令嬢たちは顔を見合わせました。
少し不安そうです。
「その場合」
ナリア様は。
すぐ答えませんでした。
選ばれた一人が。
友人へ遠慮して辞退するかもしれない。
外れた方が。
置いていかれたように感じるかもしれない。
「当選後の辞退は可能です」
私は言いました。
「ですが、どちらか一人になった場合でも、当選された方が参加したいと思われるなら、遠慮する必要はありません」
令嬢たちは。
少し考えました。
「別々でも、展示は一緒に見られますものね」
「はい」
ナリア様が頷きました。
「茶席の間、お友達は他の展示や体験紙をご覧いただけます」
「では、申し込みます」
二人は用紙を取りました。
この場でも。
選ばれた人と。
選ばれなかった人の間に。
気持ちの差が生まれる可能性があります。
抽選は。
公平です。
でも。
公平な結果が。
必ずしも全員へ優しく感じられるとは限りません。
殿下は。
離れたところから。
そのやり取りを見ていました。
表情が。
少しだけ真剣になります。
昼の申込が終わる頃。
箱の中には。
二十七枚。
席は六。
四倍を超えました。
「二十七」
ナリア様が小さく言いました。
「放課後もあります」
レオン様が答えます。
「三十を超えるでしょう」
殿下が。
とうとう近づいてきました。
受付時間は終了しています。
もう圧にはなりません。
「何名?」
「二十七名です」
レオン様が答えました。
殿下は。
抽選箱を見ました。
箱の中。
折られた紙。
名前。
期待。
まだ言葉にならない気持ち。
そのすべてが。
小さな木箱へ入っています。
「六名だけ」
殿下が言いました。
「はい」
「二十一名以上が、選ばれない」
「はい」
殿下は。
少し黙りました。
それから。
「申し訳ない、と言ってはいけない?」
私へ尋ねました。
心得紙に。
『申し訳ないを繰り返さない』
と書いてありました。
「謝罪が必要なことではありません」
私は答えました。
「でも、残念に思う気持ちは伝えてよいと思います」
「どう違う?」
「私たちが悪いと認めるのではなく。申し込んでくださったことへの感謝と、席を用意できないことへの残念な気持ちを伝える」
殿下は。
少し考えました。
「『申し込んでくれてありがとう。席を用意できず残念です』」
「近いです」
ナリア様が。
静かに続けました。
「でも、『残念です』だけでは、その後がありません」
「その後?」
「はい」
ナリア様は。
抽選箱を見ました。
「選ばれなかった方にも、展示や持ち帰り用体験紙があることを、もう一度お伝えしたいです」
「茶席へ入れなくても」
殿下が言いました。
「企画への参加は終わらない」
「はい」
「では」
殿下は。
その場で言葉を考え始めました。
「『この度は茶席へお申し込みいただき、ありがとうございました。席数の都合により、ご案内できず残念に思います』」
一度止まります。
「『展示と体験紙は、予約なしで参加できます』」
「はい」
ナリア様が頷きます。
「『会場または図書室で、ご自身の言葉をお持ち帰りください』」
殿下は。
ナリア様の言葉を受け取り。
続けました。
「『お申し込みくださったお気持ちも、大切な参加の一つとして受け取っています』」
室内が。
少し静かになりました。
申し込んだこと。
それ自体を。
参加として受け取る。
選ばれなかったから。
何も得られなかったのではない。
この企画へ。
関心を持ち。
勇気を出し。
名前を書いた。
その時点で。
一つの参加です。
「とても良いです」
ナリア様が言いました。
殿下は。
少しだけ不安そうに尋ねました。
「重くない?」
一回です。
ナリア様は。
少し考え。
「最後の一文が、少し長いかもしれません」
「はい」
「でも、意味は残したいです」
レオン様が。
紙へ書きながら言いました。
「『お申し込みくださったことも、研究会にとって大切な参加です』」
短い。
明確です。
殿下が頷きました。
「それがいい」
落選通知。
いえ。
ご案内できなかった方への通知。
その骨子が。
昼休みの終わりに、生まれました。
◇
午後の授業。
私は。
黒板を見ながら。
何度も通知文のことを考えていました。
落選。
外れ。
不当選。
どの言葉も。
少し冷たいです。
抽選なので。
事実ではあります。
ですが。
通知の題名に。
大きく「落選」と書く必要はありません。
結果を曖昧にするべきではありませんが。
最初に目に入る言葉は。
もっと受け取りやすくできるはずです。
教師の声。
紙をめくる音。
窓から入る風。
遠くの中庭では。
春祭り用の灯りを吊るす作業が行われています。
一つの灯りを。
すべての場所へ置くことはできません。
数には限りがあります。
でも。
灯りがない場所へも。
窓からの光が届くように。
配置を考えることはできます。
茶席も。
同じです。
席は六。
でも。
六人だけを照らす企画にはしない。
そのために。
展示。
体験紙。
図書室配布。
そして。
選ばれなかった人への言葉。
用意できるものは。
まだあります。
◇
放課後の受付。
申込者は。
さらに増えました。
始まってすぐ。
騎士科の生徒。
図書委員。
下級生。
教師の許可を得た上級生。
性別も。
学年も。
身分も。
さまざまです。
「家族への感謝でもよいですか?」
「はい」
「もう亡くなった方へでも?」
その質問に。
受付の空気が。
少しだけ止まりました。
尋ねたのは。
静かな表情の男子生徒でした。
手には申込用紙。
でも。
まだ名前を書いていません。
ナリア様が。
すぐに答えませんでした。
彼の顔を見ます。
そして。
柔らかく言いました。
「もちろんです」
「渡せませんが」
「渡せなくても、書くことはできます」
「はい」
「ただ」
ナリア様は慎重に続けました。
「書いていて、お辛くなった場合は、無理に続けないでください」
「茶席で話さなくても?」
「はい」
「内容を見せなくても?」
「はい」
「分かりました」
男子生徒は。
少しだけ息を吐きました。
そして。
申込用紙へ名前を書きました。
抽選箱へ。
一枚。
殿下は。
学習室の中。
少し離れた席で。
王家資料の確認をしていました。
今の会話も。
聞こえていたでしょう。
顔を上げません。
見すぎません。
でも。
手が。
ほんの少しだけ止まっていました。
言葉を伝えたい相手が。
必ずしも。
目の前にいるとは限りません。
返事をもらえるとも限りません。
感謝しても。
届かない。
それでも。
書く意味はあるのか。
この研究会は。
その問いにも。
簡単な正解を出せません。
でも。
書いてよい。
途中でやめてよい。
話さなくてよい。
そういう場所にはなれます。
その男子生徒が去った後。
殿下が。
静かにナリア様へ声をかけました。
「ナリア」
「はい」
「今の答え」
「はい」
「よかったと思う」
ナリア様は。
少しだけ目を伏せました。
「ありがとうございます」
「僕なら」
殿下は。
言葉を探しました。
「何か言わなければと思って、励ましすぎたかもしれない」
「私も、何をお伝えすればよいか分かりませんでした」
「はい」
「だから」
ナリア様は。
抽選箱へ視線を落としました。
「書いてよいことと、やめてよいことだけをお伝えしました」
殿下が頷きます。
「答えを出さない」
「はい」
「でも、一人にしない」
ナリア様が。
殿下を見ました。
その言葉を。
少し考えます。
「はい」
「そういう場所にしたい」
「私もです」
短いやり取り。
でも。
春祭り企画の意味が。
さらに一つ深くなった気がしました。
◇
受付終了。
抽選箱は。
かなり重くなっていました。
レオン様が。
教師立ち会いのもと。
申込用紙の枚数だけを数えます。
名前は見ません。
不正がないよう。
箱から一枚ずつ出し。
枚数を確認し。
すぐに戻します。
「三十八」
レオン様が言いました。
全員が。
一瞬、言葉を失いました。
三十八名。
席は六。
三十二名。
少なくとも。
茶席へは入れません。
エレナ様が。
胸元で扇を握りました。
「そんなに」
ナリア様も。
抽選箱を見つめています。
殿下は。
しばらく何も言いませんでした。
「三十八人が」
ようやく。
小さく言いました。
「何かを書きたいと思っている」
「はい」
私は答えました。
「あるいは、まだ書けないことを持っている」
「はい」
「そのうち、六人しか」
そこで。
殿下は口を閉じました。
六人しか。
また。
不足へ意識が向かっています。
でも。
すぐに。
朝の言葉を思い出したのでしょう。
「違う」
自分で言いました。
「六人は茶席へ案内できる」
「はい」
「三十二人にも、別の形を用意できる」
「はい」
ナリア様が頷きます。
「展示と体験紙」
「図書室」
「はい」
「それと」
殿下は。
先ほど考えた通知文を見ました。
「申し込んだことも、参加だと伝える」
「はい」
殿下は。
少しずつ呼吸を整えました。
「全員を同じ席へ座らせることはできない」
「はい」
「でも、全員を外へ置く必要はない」
とても良い言葉でした。
「その通りです」
私は答えました。
レオン様が。
抽選箱を鍵付きの棚へ入れます。
「明朝、ベルナー先生立ち会いで抽選します」
「はい」
「研究会員は、箱から直接引きません」
殿下が少し驚きました。
「誰が引く?」
「先生です」
「僕たちは?」
「結果を記録します」
「なぜ」
「知人を選んだ、あるいは避けたと思われないためです」
殿下は。
少し考え。
頷きました。
「公平に見えることも必要」
「はい」
「実際に公平であるだけではなく」
「その通りです」
ナリア様も。
少し安心したようでした。
申込者の中には。
彼女の友人もいるかもしれません。
殿下と親しい者も。
レオン様の知人も。
エレナ様の友人も。
私の同級生も。
誰が当たっても。
誰が外れても。
研究会員の意思ではない。
それを明確にします。
◇
抽選結果を伝える文面。
その日の放課後。
私たちは。
二種類の封書を作ることになりました。
一つ。
茶席へご案内する方への通知。
一つ。
茶席へご案内できなかった方への通知。
最初に。
当選通知。
『この度は、王国史礼法研究会の少人数制茶席へお申し込みいただき、ありがとうございました。抽選の結果、下記の回へご案内いたします』
日時。
集合場所。
材料表示。
辞退方法。
内容を見せる必要がないこと。
それだけ。
「『当選おめでとうございます』は?」
エレナ様が尋ねました。
レオン様が首を横に振ります。
「選ばれなかった者との優劣を強調します」
「でも、喜びを伝えても」
「『ご案内いたします』で十分です」
殿下も考えます。
「おめでとう、ではなく」
「はい」
「来てくれてありがとう」
「はい」
茶席へ選ばれたこと自体を。
価値の証にしない。
ただ。
席へ案内できる。
それを伝える。
次。
ご案内できなかった方への通知。
題名で悩みました。
『抽選結果のお知らせ』
これは両方へ使えます。
中身。
『この度は、王国史礼法研究会の少人数制茶席へお申し込みいただき、ありがとうございました。多数のお申し込みをいただき、抽選の結果、今回は茶席へご案内することができませんでした』
事実。
曖昧にしません。
その次。
殿下が。
昼に考えた言葉を置きます。
『お申し込みくださったことも、研究会にとって大切な参加です』
ナリア様が続けます。
『展示と体験紙は、予約なしでご参加いただけます。持ち帰り用体験紙は、会場出口および図書室にも用意しております』
最後。
どう結ぶか。
全員で考えました。
「『ぜひお越しください』」
エレナ様が言いました。
殿下が少し眉を寄せます。
「来ることを求めすぎない?」
「確かに」
「抽選に外れた直後。会場へ来る気持ちになれない者もいるかもしれない」
ナリア様が頷きました。
「では、『お越しになれる時に』」
「それも、来る前提」
私は言いました。
「もっと、選べる形に」
沈黙。
紙の上。
最後の一文が空いています。
窓の外。
夕方の風。
春祭り準備の声。
誰かが木箱を運ぶ音。
長い時間。
ナリア様が。
ゆっくり言いました。
「『ご自身に合う形で、春祭りの言葉をお持ち帰りいただけましたら幸いです』」
殿下が。
その一文を見ました。
「来ても」
「はい」
「来なくても」
「はい」
「図書室でも」
「はい」
「何も書かなくても」
「はい」
ナリア様は微笑みました。
「ご自身に合う形で」
殿下も。
少しだけ笑いました。
「それがいい」
完成です。
『この度は、王国史礼法研究会の少人数制茶席へお申し込みいただき、ありがとうございました。多数のお申し込みをいただき、抽選の結果、今回は茶席へご案内することができませんでした。
お申し込みくださったことも、研究会にとって大切な参加です。
展示と体験紙は、予約なしでご参加いただけます。持ち帰り用体験紙は、会場出口および図書室にも用意しております。
ご自身に合う形で、春祭りの言葉をお持ち帰りいただけましたら幸いです』
短い。
誠実。
選ばれなかったことを。
ごまかしません。
でも。
それで参加が終わったとはしません。
「これなら」
殿下が言いました。
「受け取ってもらえるだろうか」
一回。
ナリア様が。
少し考えました。
「残念なお気持ちを、なくすことはできないと思います」
「はい」
「でも」
封書の文面を見ます。
「残念に思ってもよい形には、できると思います」
殿下は。
その言葉を、ゆっくり受け取りました。
「残念を消さない」
「はい」
「受け取れる形にする」
「はい」
まさに。
この研究会が。
ずっと学んできたことです。
苦しさを。
なかったことにしない。
悲しみを。
間違いだと言わない。
でも。
一人で抱え込まなくてよい形へ。
少しだけ整える。
◇
封筒の色について。
エレナ様が提案しました。
「当選と、それ以外で色を変えない方がよいですわ」
レオン様が頷きます。
「外から結果が分からないように」
「はい」
同じ封筒。
同じ大きさ。
同じ花印。
中身だけが違います。
結果を受け取るのは。
本人だけ。
「花印は、どの花に?」
私が尋ねると。
エレナ様は小さな見本を出しました。
開ききった花ではありません。
蕾。
少しだけ花びらが開いています。
「なぜ蕾?」
殿下が尋ねました。
「まだ、どのような言葉になるか分かりませんもの」
エレナ様は微笑みました。
「茶席へ入る方も。入らない方も。春祭りの前です」
ナリア様が。
小さく頷きました。
「どちらも、途中」
「はい」
「結果で、花の価値が変わるわけではない」
「その通りですわ」
当選者だけに。
開いた花を。
それ以外へ。
閉じた花を。
そんな区別はしません。
全員へ。
同じ蕾。
自分の速さで。
いつか開くかもしれない言葉。
とても良い印です。
「採用」
殿下が言いました。
エレナ様の顔が。
明るくなりました。
「ありがとうございます」
◇
研究会が終わる少し前。
抽選箱は。
鍵付きの棚の中です。
今は。
誰の名前も見えません。
三十八人。
その中から六人。
明日。
決まります。
殿下は。
棚を見つめていました。
長いです。
でも。
開けません。
名前を見ようとしません。
「気になりますか?」
ナリア様が尋ねました。
「はい」
「誰が申し込んだか?」
「それも」
「他には?」
殿下は。
少し考えました。
「選ばれなかった者が、傷つかないか」
ナリア様は。
すぐに大丈夫とは言いませんでした。
「傷つく方は、いるかもしれません」
「はい」
「期待してくださったのですから」
「はい」
「でも」
ナリア様は。
完成した通知文を手に取りました。
「傷つかないようにすることと、傷ついても一人ではないと伝えることは違います」
殿下は。
静かに聞いています。
「私たちは、結果を変えられません」
「はい」
「でも、申し込んでくださったことを受け取ることはできます」
「はい」
「残念なお気持ちのまま、会場へ来ないことを選ばれても」
「はい」
「その選択も、大切にできます」
殿下は。
少しだけ棚から視線を外しました。
「来てくれなくても」
「はい」
「怒っても」
「はい」
「残念だと思っても」
「はい」
「その気持ちを、責めない」
「はい」
殿下は。
ゆっくり頷きました。
「分かった」
そして。
少しだけ笑いました。
「ナリアは、最近僕より厳しいことを優しく言う」
ナリア様が目を瞬かせました。
「厳しいでしょうか」
「大丈夫だと、簡単には言わない」
「はい」
「でも、どうすれば受け取れるかを一緒に考えてくれる」
ナリア様の頬が。
少し赤くなりました。
「研究会で、学びましたので」
「はい」
「殿下と一緒に」
強いです。
その言葉は。
また殿下へ、深く届きました。
殿下は。
すぐに返しません。
受け取る時間を持ちます。
「ありがとう」
やがて。
短く言いました。
ナリア様も。
「はい」
静かに答えました。
◇
エレナ様が。
今日最後の菓子箱を開きました。
「申込受付終了用ですわ」
「今日、何回目ですか?」
私が尋ねると。
「朝は食べておりません」
「机の後ろで」
「見られていました?」
「扇で分かりました」
エレナ様が。
少し気まずそうに笑いました。
今日の蜂蜜菓子は。
小さな蕾の形です。
封筒の印と同じ。
「中身は?」
殿下が尋ねます。
「一口目は、少し硬いですわ」
「硬い?」
「でも、噛むと中が柔らかい」
「抽選結果?」
「はい」
エレナ様は言いました。
「最初に受け取る時は、少し硬く感じることがあります。でも、そこに込めた言葉まで受け取っていただければ」
「柔らかいものがある」
「はい」
私たちは。
一つずつ食べました。
外側は。
確かに少し硬い。
焼き目も強い。
でも。
中には。
柔らかな蜂蜜。
殿下は。
ゆっくり噛みました。
「結果は変わらない」
「はい」
エレナ様が答えます。
「でも、渡し方は変えられます」
殿下は。
小さく頷きました。
「明日」
レオン様が言いました。
「抽選です」
全員の空気が。
少し引き締まります。
「結果通知は、午後に本人へ渡します」
「はい」
「外から内容が分からない同一封筒」
「はい」
「研究会員は、当選者へ過度な祝意を示さない」
殿下が頷きます。
「選ばれなかった者の前で、喜びすぎない」
「はい」
「結果への問い合わせには、公平な抽選であると説明する」
「はい」
「当選者が辞退した場合は、再抽選」
「はい」
すべて。
準備します。
喜ぶ人だけではなく。
残念に思う人も。
辞退する人も。
問い合わせる人も。
想定します。
誰の反応も。
間違いだとしないために。
◇
帰り道。
中央掲示板の前には。
まだ人がいました。
正式告知は。
一日の終わりにも。
多くの生徒に読まれています。
「申し込みました?」
「はい」
「私も」
「当たるとよいですわね」
「でも、どちらかだけなら」
「その時は、その方が行きましょう」
「怒らない?」
「少し寂しいかもしれませんけれど」
「正直ですね」
「でも、展示は一緒に見られますもの」
昼に申し込んだ令嬢二人です。
もし。
一人だけが選ばれたら。
寂しい。
でも。
行ってよい。
そのように。
今のうちから言葉を交わしています。
別の場所。
「三十八人らしいぞ」
「多いな」
「お前、申し込んだのか?」
「まあ」
「何を書きたいんだ」
「言わない」
「当たるといいな」
「外れたら図書室で紙をもらう」
男子生徒たち。
外れた後の参加方法も。
すでに広がっています。
殿下は。
少し離れて、その声を聞いていました。
「殿下」
ナリア様が呼びます。
「はい」
「少し、安心しましたか?」
殿下は。
掲示板の前を見ました。
「はい」
「選ばれなくても、図書室でと言ってくれた」
「はい」
「僕たちが考えた別の形を、受け取ってくれている」
「はい」
「でも」
殿下は、少しだけ視線を落としました。
「明日、実際に結果を受け取ったら、また違うかもしれない」
「そうですね」
ナリア様は否定しません。
「だから」
殿下は続けます。
「通知を、きちんと渡す」
「はい」
「結果だけではなく」
「はい」
「申し込んでくれたことも、受け取ったと」
「はい」
二人は。
並んで歩き始めました。
今日。
同行役の練習はありません。
でも。
自然に隣へいます。
歩幅も。
昨日ほどぎこちなくありません。
「ナリア」
「はい」
「もし」
殿下は。
少しだけ迷いました。
「君が何かへ申し込んで、選ばれなかったら」
ナリア様が殿下を見ました。
「はい」
「どんな言葉が欲しい?」
研究会の質問です。
でも。
少しだけ。
殿下自身の問いでもあるのでしょう。
ナリア様は。
歩きながら、長く考えました。
「私は」
やがて言いました。
「残念だった、と言ってよい空気が欲しいです」
殿下の目が。
少し動きました。
「励まされるより?」
「すぐには」
「はい」
「大丈夫と言われると、残念に思ってはいけない気がします」
「はい」
「ですから」
ナリア様は。
夕暮れの道を見つめながら。
「まず、残念だったことを、そのまま受け取っていただきたいです」
殿下は。
しばらく黙りました。
「僕は」
少し掠れた声で言いました。
「以前、君が傷ついたことを、受け取らずに大丈夫にしようとしたかもしれない」
ナリア様の歩みが。
少しだけ遅くなりました。
「はい」
否定しませんでした。
でも。
責める声でもありません。
「今なら」
殿下は慎重に続けます。
「残念だったと。傷ついたと。そう思っている時間も、待ちたい」
ナリア様は。
殿下を見ました。
長い沈黙。
夕方の風。
池の水面。
木々に吊るされた硝子飾り。
「ありがとうございます」
ナリア様は言いました。
「その言葉があれば」
「はい」
「選ばれなかった時も、一人ではないと思えるかもしれません」
殿下は。
その一言を。
大切そうに受け取りました。
「覚えておく」
「はい」
「明日の通知にも」
「はい」
「これからも」
最後の言葉は。
少しだけ個人的でした。
でも。
ナリア様は拒みませんでした。
「はい」
静かに答えました。
私は。
少し後ろから。
二人を見守りました。
エレナ様が隣へ来ます。
「マリア様」
「はい」
「明日は、泣く方もいらっしゃるでしょうか」
「いるかもしれません」
「怒る方も?」
「いるかもしれません」
「殿下、全部を受け止めようとしないでしょうか」
「かなり心配です」
レオン様が。
前から振り返らずに言いました。
「問い合わせ対応は、私とベルナー先生が行います」
「安心しました」
私とエレナ様の声が重なりました。
殿下にも。
できることと。
できないことがあります。
全員の残念を。
一人で背負うことはできません。
でも。
通知へ。
言葉を込めることはできます。
結果を変えずに。
渡し方を変える。
それだけでも。
誰かが少しだけ。
自分の気持ちを持ち帰りやすくなるかもしれません。
王太子殿下。
今日のあなたは。
正式告知を喜ぶ生徒たちだけではなく、申し込む前から選ばれないことを恐れている人へも目を向けました。
三十八名のお申し込みを。
人気の証。
成功の証。
そう喜ぶだけでは終わらせませんでした。
六名しか迎えられないと嘆くのでもなく。
六名は茶席へ。
それ以外の方には展示と体験紙を。
そして。
申し込んだこと自体も、大切な参加として受け取る。
その形を作りました。
明日。
誰かは喜びます。
誰かは残念に思います。
誰かは平気な顔をし。
誰かは少し泣くかもしれません。
そのすべてを。
あなた一人で消すことはできません。
消す必要もありません。
どうか。
残念に思う人へ。
すぐに大丈夫だと言わないでくださいませ。
結果は変えられなくても。
残念だったことを。
申し込んでくれたことを。
言葉にしたいと思ってくれたことを。
きちんと受け取ったと伝えてください。
選ばれなかった人の気持ちもまた。
春祭りの外へ捨てるものではないのですから。




