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境界線の上で、立つ — Standing on the Line —  作者: 和泉發仙


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戻れない場所

前書き


境界は、

越えた瞬間に気づくものではない。


気づくのは、

戻ろうとしたときだ。


この話は、

戻れなくなった夜の話だ。




第八話 戻れない場所




風が、少しだけ強かった。


コンビニの前に立つとのぼりが音を立てる。

それは毎晩の光景のはずなのに、

三崎には、いつもより大きな音に聞こえた。


ミオはいなかった。


それ自体は、

特別なことではない。

彼女が毎日そこにいる理由など、

最初からなかった。


三崎は、

店に入る。


弁当の棚の前で立ち止まり、

今日は違うものを手に取った。

理由は分からない。

ただ、

同じでいる気分ではなかった。


「いらっしゃいませ」


老人の声。


「……あの子は」


言いかけて、

三崎は口を閉じた。


「今日は、

見かけませんね」


老人は、

三崎の言葉を

そのまま返した。


「そうですか」


それ以上、

話題は続かない。


会計を済ませ、

外へ出る。


夜は、

いつも通りに

流れている。


歩き出して数歩、

三崎は足を止めた。


このまま帰れば、

昨日までと同じだ。


それは、

悪い選択ではない。

むしろ、

正しい。


三崎は、

コンビニの光から

一歩だけ離れた。


そのとき、

背後から声がした。


「……何してんの」


ミオだった。


街灯の下。

フードは被っていない。

髪が少し乱れている。


「……散歩です」


自分でも、

曖昧な答えだと思った。


ミオは、

鼻で笑う。


「嘘つくの下手」


三崎は、

否定しなかった。


「今日は、

いないと思いました」


「うん。

さっきまで」


彼女は、

空を見上げる。


「でも、

なんかさ」


言葉を探すように、

間を置く。


「……戻りたくなった」


三崎は、

その言葉の意味を

すぐには理解しなかった。


「ここに?」


「うん」


ミオは、

コンビニの光を

顎で指す。


「ここ、

変じゃん」


「……変、ですか」


「ちゃんとしてる」


それは、

これまで何度も聞いた言葉だ。


「ちゃんとしすぎてる」


ミオは、

そう言い直した。


「怒られないし、

聞かれないし」


「でも、

追い出されもしない」


三崎は、

黙って聞いていた。


「私さ」


ミオは、

地面を見つめる。


「どこ行っても、

“どうするの?”って

聞かれるんだよね」


「……」


「答えなかったら、

怒られるか、

困った顔されるか」


彼女は、

肩をすくめた。


「ここはさ、

それない」


「買うか、

買わないか」


「使うか、

使わないか」


それだけ。


三崎は、

胸の奥で

何かが引っかかるのを感じた。


それは、

第4話でエリオットが言った

“完成形”という言葉に、

よく似ていた。


「……それは」


言いかけて、

やめる。


説明を始めたら、

この距離は壊れる。


ミオは、

それを見抜いたように

口を開く。


「ねえ」


「はい」


「この店、

誰のために

あると思う?」


三崎は、

すぐには答えなかった。


利用者。

客。

地域。

社会。


どれも、

間違ってはいない。


「……回るため、

だと思います」


ミオは、

少しだけ目を細める。


「やっぱさ」


「私みたいなの、

想定してないよね」


その言葉は、

問いではなかった。


確認でもない。


事実だった。


三崎は、

否定できなかった。


「でも」


ミオは、

一歩、

コンビニの明かりに近づく。


「来ちゃうんだよね」


「想定されてなくても」


三崎は、

その背中を見た。


完成した場所の、

縁。


彼女は、

そこに立っている。


「……それでいい、

とは」


言いかけて、

言葉が詰まる。


ミオは、

振り返らない。


「いいとか、

悪いとか、

どうでもいい」


「ただ、

あるから」


その言葉は、

これまで三崎が

会議室で何度も聞いた

論理と、

同じ構造をしていた。


あるから、使う。

回るから、続ける。


三崎は、

その一致に

初めてはっきり気づいた。


「……帰ります」


ミオが言う。


「ここ、

また来る?」


三崎は、

一瞬だけ迷った。


「……ええ」


「そ」


それで十分だと、

ミオは思ったらしい。


背中が、

夜に溶けていく。


三崎は、

その場に残った。


戻れなくなったのは、

彼の方だった。



後書き


想定外は、

排除されることで

問題になるのではありません。


存在し続けることで、

前提を揺らします。



次は、

その前提を作った側の

声が、

少しだけ

重なります。


――続きます。

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