表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界線の上で、立つ — Standing on the Line —  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/73

第七話 当たり前の外側

前書き


人は、

誰かを理解したから近づくのではない。


理解できないまま、

それでも目を逸らさなかったとき、

距離は自然に縮む。


この話は、

その「目を逸らさなかった」側の話だ。





三崎は、その夜もコンビニに寄った。


もはや習慣と呼ぶには、少しだけ意識的だった。

仕事帰りの疲労は、前よりも重く感じられる。

数字の話を聞きすぎたせいか、

それとも、名前を知ってしまったせいか。


ミオは、店の外にいた。


昨日より少し奥、

軒先の影が濃くなる位置に腰を下ろしている。

スマートフォンをいじっているが、

画面を見ているというより、

触っているだけに見えた。


三崎は、声をかけなかった。

代わりに、店に入る。


「いらっしゃいませ」


老人の声は、いつも通りだ。

それが妙にありがたい。


弁当を手に取り、

飲み物を一つ足す。

それだけで、今日の選択は終わる。


レジで会計を済ませるとき、

老人がちらりと入口の方を見る。


「外、

風が出てきましたね」


「そうですね」


それだけの会話。

だが、

三崎には分かった。


気づいている。

だが、

踏み込まない。


店を出ると、

ミオは顔を上げた。


「あ」


それだけ言って、

視線を逸らす。


三崎は、袋を持ったまま立ち止まる。


「……寒くないですか」


言ってから、

少し遅かったかもしれないと思う。


ミオは、肩をすくめた。


「別に」


本当に、

そういう顔だった。


「中、

入ります?」


「うーん」


少し考えて、

首を横に振る。


「人多いし」


三崎は、

それ以上勧めなかった。


代わりに、

袋の中を一度見て、

それから一つ取り出す。


「これ」


弁当ではない。

温かいスープだ。


「……なに」


「余分です」


嘘ではない。

だが、

本当でもない。


ミオは、

少しだけ眉をひそめる。


「私、

助けてって

言ってないけど」


「知ってます」


「じゃあ、

なんで」


三崎は、

答えを探した。


理由はいくつも浮かぶ。

寒いから。

余っているから。

見過ごせなかったから。


どれも、

正しすぎる。


「……飲みたいと思ったら、

飲んでください」


ミオは、

しばらく三崎を見ていた。


試すような視線でも、

警戒でもない。


ただ、

値踏みでもない。


「……めんどくさい人だね」


そう言って、

スープを受け取った。


「ありがとうは?」


と、

言いそうになって、

三崎はやめた。


それを要求する距離では、

まだない。


ミオは、

蓋を開け、

一口だけ飲む。


「……あったか」


それだけ言って、

それ以上は何も言わなかった。


二人の間に、

沈黙が落ちる。


不快ではない。

埋める必要もない。


「さ」


ミオが、

突然言う。


「コンビニってさ」


「はい」


「なんで、

こんなにちゃんとしてんの?」


三崎は、

少し考えた。


「……回らなくなると、

困る人が多いからです」


「ふーん」


「困る人、

誰?」


その問いは、

責める調子ではなかった。


ただ、

純粋だった。


三崎は、

答えなかった。


正確に答えようとすると、

話が長くなる。

長くなると、

彼女は聞かない。


それが、

分かっていた。


「……みんな、

だと思います」


ミオは、

鼻で笑った。


「雑」


「ええ」


「でも、

それっぽい」


スープを飲み終え、

空の容器を袋に戻す。


「私さ」


ミオは、

立ち上がる。


「当たり前って、

信用してないんだよね」


「……そうですか」


「当たり前って、

だいたい

誰かが勝手に決めたやつじゃん」


その言葉は、

どこかで聞いた問いと、

よく似ていた。


「だからさ」


ミオは、

一歩だけ後ずさる。


「ここ、

嫌いじゃない」


それだけ言って、

歩き出す。


背中は、

迷っていない。


三崎は、

しばらくその場に立っていた。


コンビニの明かりが、

背中を照らす。


当たり前。


安全。

問題ない。

便利。


それらは、

誰かを包み、

誰かをこぼす。


彼は、

初めてはっきりと

そう思った。



後書き


助けることと、

関わることは、

同じではありません。


この話では、

まだ誰も救われていません。


ただ、

「当たり前」の外側に、

目が向いただけです。


次は、

この視線が、

少しだけ

戻れなくなります。


――続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ