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境界線の上で、立つ — Standing on the Line —  作者: 和泉發仙


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距離

前書き


人は、

事情を語る前に、

まず距離を測る。


近づきすぎると、

逃げる。


離れすぎると、

見えない。


この話は、

その“間”の話だ。






第六話 距離


翌日の夜も、雨は降らなかった。


それでも、三崎は同じ時間に、

同じ道を通って、

同じコンビニに寄った。


理由はない。

理由がないことに、

理由をつけるのはやめた。


自動ドアが開く。


「いらっしゃいませ」


老人は、昨日と同じ声で言う。

違うのは、

三崎の視線が、

無意識に入口を探していることだけだった。


少女はいなかった。


弁当を手に取り、

会計を済ませる。


「今日は、

静かですね」


三崎が言うと、

老人は小さく頷いた。


「雨が降らないと、

来ない人もいますから」


それ以上は言わない。

いつも通りだ。


外に出ると、

夜は乾いている。


三崎は、

軒先を一度だけ見て、

歩き出した。


——気にしすぎだ。


そう思った瞬間だった。


「……あ」


声は、背後からだった。


振り返ると、

少女が立っている。


昨日と同じフード。

昨日と同じ距離。


「昨日の人だ」


それだけ言って、

少女は立ち止まった。


三崎は、

否定も肯定もせず、

頷いた。


「今日は、

雨じゃないですね」


言ってから、

自分でも妙だと思った。


少女は、

少しだけ口角を上げる。


「残念?」


「いえ」


短い沈黙。


「……名前」


少女が言った。


「ミオ」


それだけ。


苗字は言わない。

年齢も言わない。


三崎も、

それ以上は聞かなかった。


「三崎です」


それで十分だった。


少し歩いて、

二人は並ぶ形になる。


「昨日さ」


ミオが言う。


「別に、

困ってたわけじゃないから」


「そうですか」


「うん。

トイレ借りただけ」


「ええ」


会話は、

それ以上膨らまない。


だが、

切れもしない。


「……その袋」


ミオが、

三崎の手元を見る。


「弁当です」


「毎日?」


「だいたい」


「ふーん」


興味はなさそうだった。


「コンビニ、

好き?」


「便利ですから」


「だよね」


ミオは、

それだけで納得したようだった。


「家じゃ、

ご飯出る?」


唐突だった。


三崎は、

一瞬だけ考える。


「ええ」


「当たり前?」


「……まあ」


ミオは、

小さく笑った。


「だよね」


それ以上は言わない。


歩道の先で、

信号が赤になる。


二人は、

並んで止まった。


「私さ」


ミオが言う。


「別に、

助けてほしいとかじゃないから」


三崎は、

何も言わなかった。


「たださ、

ここ、

なんか落ち着く」


彼女は、

コンビニの明かりを指す。


「誰も、

理由聞かないし」


「買うか、

買わないか、

それだけ」


三崎は、

その言葉を、

すぐには受け取れなかった。


信号が変わる。


ミオは、

一歩踏み出して、

振り返る。


「じゃ」


昨日と同じ言葉。


だが、

今日は立ち止まらなかった。


背中が遠ざかる。


エリオットが、

少し遅れて追いついてくる。


「彼女は……」


言いかけて、

言葉を選ぶ。


三崎は、

首を横に振った。


「まだ、

何も分かりません」


それは、

事実だった。


だが同時に、

分からないままで

終われない気配が、

確かにそこにあった。






後書き


距離が縮まるとき、

人は多くを語りません。


名前と、

いくつかの言葉だけで、

十分なこともあります。



次は、

この距離が、

少しだけ

揺れます。


――続きます。

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