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境界線の上で、立つ — Standing on the Line —  作者: 和泉發仙


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第五十五話 削れない場所


削るという行為は、

静かだ。


音を立てずに、

形だけを変える。


ベンチは撤去される。

張り紙は増える。

巡回は定時になる。


街は、

整う。


整うほど、

立ち止まる理由は

説明を求められる。


説明できない滞在は、

削られる。



駅前の中央広場から、

三つのベンチが消えた。


代わりに、

植栽が置かれる。


「景観改善」


誰も反対しない。


巡回は三十分ごと。


制服の警備員が、

一定の速度で歩く。


立っている人には声がかかる。


「お待ち合わせですか」

「ご用件は」


問いは丁寧だ。


だが、

答えは求められる。


答えなければ、

視線が続く。


視線は、

滞在時間を短くする。



ミオは、

新しく置かれた植栽の影に立つ。


だが、

そこは狭い。


警備員が来る。


「何かお困りですか」


困っていない。


ただ、

立っているだけ。


それは、

回答にならない。


「帰ります」


彼女は言う。


足は動かない。


だが、

空気が押す。



三崎は、

報告書を見ている。


滞在時間は減少。


再発ゼロ。


署名の効果。


数字は整っている。


教授の評価も上向く。


「モデル精度向上」


是正は成功。


だが、

理由欄の回答は減った。


“家に帰りたくない”は

半減。


消えたのか。


違う。


書かれなくなっただけ。


書く前に、

立てなくなった。



削れなかった場所が、

一つある。


駅前から少し離れた、

高架下の通路。


監視カメラの死角。


夜は暗い。


昼は湿気がこもる。


居心地は良くない。


だが、

誰も説明を求めない。


辰巳が最初に立った。


「ここは、

昔から空いてる」


縄張りではない。


ただの余白。



次に、

若い店員が来る。


閉店後、

制服のまま。


立つだけ。


理由は言わない。


ミオも来る。


黙って壁に寄りかかる。


三崎は、

少し距離を置いて立つ。


誰も主催していない。


イベントではない。


許可もない。


だが、

違法でもない。


立っているだけ。



エリオットが、

ノートを開く。


「Non-official space」


非公式の居場所。


彼は呟く。


「制御が届かない場所は、

人が意味を作る」


辰巳が笑う。


「意味なんかねぇよ」


「ただ、

立てる」


それで十分。



数日後。


高架下の通路に、

小さな段ボールが置かれる。


誰かが、

コーヒー缶を数本入れている。


“ご自由に”


誰の仕業か、

分からない。


だが、

誰も持ち帰らない。


飲む。


その場で。


余白は、

消費されない。


共有される。



だが、

市の目は遅れて届く。


巡回強化の一環で、

高架下も対象に入る。


警備員が来る。


「ここでの滞在は

お控えください」


理由は?


「通行の妨げになります」


通路は広い。


妨げにはならない。


だが、

判断は警備側。


三崎は、

葛城に問う。


「ここまで必要ですか」


葛城は、

答えを急がない。


「署名は継続している」


「不安は消えていない」


守る圧力。


彼もまた、

板挟みだ。



ミオが、

警備員に言う。


「ここもダメなら、

どこ行けばいいの」


警備員は、

困った顔をする。


敵ではない。


ただ、

指示を受けている。


「市の施設をご利用ください」


市の施設は、

時間制限がある。


記名が必要。


目的が必要。


立つだけでは、

入れない。



その夜。


段ボールが消える。


誰かが持ち去った。


荒らされたわけではない。


ただ、

無くなった。


余白は、

目立つと削られる。


三崎は、

初めて怒りを感じる。


大きな怒りではない。


静かな、

冷たい怒り。



辰巳が言う。


「なぁ」


三崎を見る。


「余白はな、

作るもんじゃねぇ」


「見つけるもんだ」


彼は杖で地面を叩く。


「見つけたら、

言うな」


その意味が分かる。


公にすれば、

削られる。


守ろうとすれば、

管理される。



橘の記事は、

高架下の動きを匂わせる。


具体的な場所は書かない。


「削られた余白は、

別の場所に生まれる」


コメント欄に、

一文が現れる。


余白は、

共有しない方が長持ちする


誰かの知恵。



葛城は、

三崎を呼ぶ。


「非公式の滞在は、

報告対象だ」


「報告しますか」


三崎は、

静かに答える。


「数字にはなっていません」


嘘ではない。


計測していない。


葛城は、

しばらく沈黙する。


それから言う。


「記録しないことも、

一つの選択だ」


守る側の、

小さな揺れ。



高架下の通路は、

しばらく静かになる。


だが、

完全には消えない。


立つ人がいる限り、

余白は生まれる。


公式ではない。


だが、

必要な場所。


守られない。


だが、

立てる場所。



三崎は、

ノートに書く。


削れない場所は、

公表されない


管理されないことが、

維持の条件になる


守られない余白が、

生き延びる


線は、

さらに増えた。


公式と非公式。


守られる場所と、

見逃される場所。


揺れは、

静かに広がる。



ミオは、

小さく言う。


「ここ、

秘密ね」


誰も頷かない。


だが、

分かっている。


秘密は、

共有しないことで守られる。



次回


非公式の居場所が、

思わぬ形で暴露される。


内部から。


善意の投稿が、

余白を危険に晒す。


守ろうとした行為が、

削る力になる。



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