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境界線の上で、立つ — Standing on the Line —  作者: 和泉發仙


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第五十六話 共有という暴露





守るつもりだった。


広めるつもりではなかった。


ただ、

安心を伝えたかった。


だが、

安心は

広がると

目印になる。


目印は、

管理を呼ぶ。



発端は、

何でもない投稿だった。


《駅前から少し歩いたところに、

 静かに立てる場所があります。

 誰にも邪魔されません》


写真は、

高架下の一角。


顔は写っていない。


植栽もない。


ただ、

コンクリートの壁と

薄暗い通路。


投稿したのは、

若い店員だった。


彼女は悪意がない。


“ここで少し楽になれた”

その気持ちを

誰かと共有したかった。


コメントは、

温かかった。


「助かる」

「ありがとう」


拡散は、

緩やかだった。


だが、

十分だった。



二日後。


高架下に、

市の職員が来る。


安全確認。


「苦情がありました」


苦情。


理由は曖昧だ。


「不審者が集まっている」


事実ではない。


だが、

不安は主観だ。


立つだけの人間は、

数に入らない。


だから、

不審に見える。



三崎は、

通路の端で立ち会う。


葛城もいる。


辰巳は、

少し離れて座る。


ミオは、

壁にもたれる。


職員は、

メジャーを伸ばす。


「通行幅が基準未満です」


基準。


昨日までは問題なかった。


だが、

基準は

いつでも見つかる。


見つけようとすれば。



若い店員は、

顔色を変える。


「ごめん」


誰に向けた言葉か、

分からない。


三崎は、

責めない。


だが、

胸が重い。


守ろうとした行為が、

削る刃になる。



その夜。


通路の一部に

簡易柵が置かれる。


完全封鎖ではない。


だが、

“立つ”には狭い。


巡回は増える。


段ボールは撤去。


掲示が貼られる。


《長時間の滞在はご遠慮ください》


長時間とは、

何分か。


書かれていない。


曖昧な線。


だが、

効く。



ミオは、

柵を見つめる。


「終わり?」


三崎は、

答えない。


辰巳が言う。


「終わらねぇ」


「場所が終わるだけだ」


人は、

動く。


余白も、

動く。



橘の記事は、

今回は慎重だった。


場所を特定しない。


だが、

“共有の危うさ”を描く。


《善意は、

 時に管理の地図になる》


コメント欄が荒れる。


「隠すな」

「オープンにしろ」


開くことが正義だと

信じる声。


だが、

開けば

削られる。



葛城は、

三崎に言う。


「内部通達が来た」


“非公式滞在地点の把握強化”


把握。


監視ではない。


だが、

同じ意味を持つ。


「止められますか」


三崎。


葛城は、

首を振る。


「止めれば、

私が外れる」


彼も、

流れの中だ。


守る側の揺れは、

限界がある。



若い店員は、

三崎に言う。


「私が壊した?」


壊れたわけではない。


ただ、

場所が移動した。


だが、

その移動は痛い。


三崎は言う。


「壊れてない」


「形が変わった」


慰めではない。


事実だ。



翌日。


駅前から

さらに離れた

川沿いの歩道。


夜は暗い。


ベンチはない。


だが、

風が抜ける。


ミオが立つ。


辰巳が来る。


若い店員も。


三崎も。


誰も投稿しない。


写真も撮らない。


ただ、

立つ。


理由は言わない。


言えば、

削られる。



エリオットが

小さく言う。


「Visibility kills fragile space」


見えることは、

脆い空間を壊す。


三崎は、

深く息を吸う。


都市は、

すべてを

可視化しようとする。


だが、

可視化されないものが

人を救うこともある。



柵の向こうの高架下は、

もう誰も立たない。


だが、

完全ではない。


柵の隙間から

風が抜ける。


余白は、

完全には閉じない。


閉じれば、

破裂する。


葛城は、

遠くから

川沿いを見ている。


報告書には、

書かない。


数字にならない。


だが、

知っている。


守れない余白が、

あることを。



ミオは、

川面を見つめる。


「秘密はさ」


小さく言う。


「守るためじゃなくて、

生き延びるためにある」


三崎は、

頷く。


守られない余白は、

静かに移動する。


公式ではない。


だが、

消えない。



三崎は、

ノートに書く。


共有は地図になる


地図は管理を呼ぶ


見えないことが、

維持の条件になる場合がある


線は、

さらに複雑になる。


開くことと、

守ること。


共有と、

隠すこと。


どちらも正しい。


どちらも刃になる。



川沿いの夜は、

冷たい。


だが、

立てる。


それだけで、

十分だと思う者がいる。


その事実は、

まだ削られていない。



次回


内部から、

さらに大きな情報が漏れる。


医療研究と

食品企業の

具体的な契約書。


それを公にするか。


公にすれば、

余白は完全に

政治の争点になる。


守るか、

晒すか。


揺れは、

決断に変わる。



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