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境界線の上で、立つ — Standing on the Line —  作者: 和泉發仙


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第五十四話 署名という形






刃は、

最初から鋭いわけではない。


磨かれる。


正義という布で。


安全という言葉で。


不安という油で。


そうして、

ゆっくりと形を持つ。



駅前に、

小さなテーブルが置かれた。


白い紙。

ボールペン。

簡素な立て看板。


《駅前滞在規制強化を求める会》


署名欄は整っている。


名前。

住所。

連絡先。


理由は問わない。


ただ、

賛同か否か。


男は、

説明会で声を上げたあの人物だった。


姿勢はまっすぐだ。


怒鳴らない。


強要もしない。


ただ、

静かに訴える。


「安心のために」


通行人の多くは、

足を止めない。


だが、

立ち止まる者もいる。


不安は、

目に見えないが

確実に存在している。



三崎は、

遠くから見ていた。


止めることはできない。


署名は合法だ。


表現の自由。


市民の権利。


止めれば、

それこそ排除になる。


葛城も、

距離を保っている。


「見守るしかない」


そう言った。



ミオは、

署名テーブルの前を通る。


男が声をかける。


「あなたもどうですか」


彼女は、

立ち止まる。


「何にサインすんの」


「駅前の安全を守るために」


その言葉は、

正しい。


だが、

彼女には別の意味を持つ。


「立ってるだけで

規制?」


男は、

穏やかに言う。


「滞在時間の制限です」


「不必要な滞在を減らす」


不必要。


その一語が、

胸を刺す。


「誰が決めんの」


ミオの声は、

大きくない。


だが、

周囲の空気が変わる。


男は、

答えに詰まる。


「市と、

専門家が」


専門家。


数字。


モデル。


彼女は、

小さく笑う。


「じゃあ、

私は不必要なんだ」


ざわめき。


誰かが、

小さく舌打ちする。


「被害妄想だ」


その声は、

若い男性のものだった。


別の署名者。


「ルール守ればいいだけだろ」


守る。


その言葉が、

急速に熱を帯びる。



三崎は、

歩み寄る。


だが、

間に合わない。


若い男性が、

ミオの肩に触れる。


強くはない。


だが、

払いのける力。


「どけよ」


その瞬間、

辰巳が立ち上がる。


杖が地面を叩く。


乾いた音。


「触るな」


低い声。


空気が凍る。


若い男性は、

一瞬たじろぐ。


老人の目は、

昔の影を宿している。


暴力ではない。


だが、

境界を引く目。



警備員が駆け寄る。


騒ぎは、

すぐに収まる。


物理的な怪我はない。


だが、

空気は変わった。


署名活動は続く。


だが、

周囲の視線は

鋭くなる。


守るという行為が、

他者を押す瞬間。


それは、

誰も望んでいない。


だが、

起きた。



夜。


ミオは、

ベンチに座る。


「痛くなかった」


肩をさする。


だが、

その声は軽くない。


三崎は言う。


「ごめん」


「なんで謝るの」


彼女は、

目を細める。


「守られたい人、

悪くないよね」


三崎は頷く。


「悪くない」


「でもさ」


彼女は続ける。


「守られたいって、

誰か押してもいいの?」


答えは、

簡単ではない。


葛城が、

少し離れて立っている。


彼も見ていた。


守ることが、

刃になる瞬間を。



翌日。


署名は千を超える。


ニュースにはならない。


だが、

市議会に提出される。


規制強化の請願。


滞在時間制限の厳格化。


ベンチの削減。


警備巡回の増加。


流れは、

また一段強まる。



橘の記事は、

この出来事を取り上げる。


タイトルは静かだ。


《守るという行為の影》


炎上はしない。


だが、

議論は起きる。


「安全第一」

「排除は差別」


言葉はぶつかる。


だが、

解決はしない。



辰巳は、

三崎に言う。


「若いの」


「守るもんは、

増やすな」


「守るもんが増えると、

守れなくなる」


矛盾。


だが、

真実の一端。



三崎は、

ノートを開く。


守るという言葉は、

形を持つ


形を持つと、

押す力になる


押された側は、

音を出す


自販機の音が、

脳裏に蘇る。


排除の音。


だが、

今回は

別の音が混じっている。


怒りの音。


恐怖の音。


守られたい声の音。



駅前の灯りは、

今日も均一だ。


だが、

均一の下で

線が引かれた。


多数と少数。


必要と不必要。


守る側と、

立つ側。


その線は、

まだ確定していない。


だが、

誰かが跨げば、

また揺れる。



ミオは、

小さく言う。


「私さ」


三崎を見る。


「立ってるだけで

悪いなら、

立ち続けるわ」


挑発ではない。


宣言でもない。


ただの事実。


立つ。


それだけ。



次回


署名は制度を動かす。


ベンチが減り、

巡回が増える。


だが、

一つの場所だけ

削れない余白が残る。


そこに集まる

人たち。


次は、

“非公式の居場所”が

生まれる回。


守られない場所。


だが、

立てる場所。

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