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境界線の上で、立つ — Standing on the Line —  作者: 和泉發仙


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第五十三話 守られたい人たち


守るという言葉は、

やさしい。


だが、

誰かを守るとき、

誰かが外に置かれる。


外に置かれた者は、

声を上げる。


だが、

内側にいる者もまた、

別の声を持っている。


それは、

排除を望む声だ。



駅前の空気は、

以前とは違う緊張を帯びていた。


海外メディアの記事が出てから、

市の対応は早かった。


「誤解を解く説明会」

「地域住民との対話集会」


そのポスターが、

掲示板に貼られている。


整った言葉。


だが、

その裏で

別の動きが生まれていた。



説明会は、

公民館の会議室で開かれた。


椅子が並び、

前方に市職員と葛城が座る。


三崎も、

後方に控えている。


住民は二十数名。


年齢層は高い。


若者はほとんどいない。


最初は、

穏やかな質問が続く。


「報道は本当なのか」

「安全は守られているのか」


市は答える。


「問題はありません」

「安全対策は万全です」


正しい。


数字は整っている。


だが、

空気は落ち着かない。



一人の男性が立ち上がる。


五十代後半。


スーツ姿。


声は抑えられているが、

怒りが滲む。


「正直に言います」


会場が静まる。


「駅前が不安なんです」


「外国人も増えた。

若者がたむろしている」


三崎は、

息を詰める。


男は続ける。


「管理を強化してください」


「立ち止まらせないでください」


その言葉は、

直線的だ。


だが、

悪意ではない。


守られたい。


それだけだ。



別の女性が続く。


「夜、娘が通るんです」


「怖い思いはさせたくない」


誰も反論できない。


恐怖は、

個人的だ。


統計では消せない。


守るという言葉は、

ここでは切実だ。



葛城は、

静かに答える。


「ご安心ください」


「監視体制は強化されています」


「問題はありません」


その言葉は、

住民の側に立っている。


だが、

三崎は気づく。


“問題はありません”という言葉が、

別の誰かを

透明にしている。



会の後半、

ミオが入ってくる。


遅れて。


誰も招待していない。


だが、

扉は開いている。


彼女は、

最後列に座る。


発言はしない。


ただ、

聞いている。


男性の声が再び上がる。


「立ち止まる人がいるから、

不安なんです」


「立たなければ、

問題は起きない」


その論理は、

分かりやすい。


滞在ゼロ。


誤差ゼロ。


音ゼロ。


安全。



ミオは、

小さく呟く。


「じゃあ、

立てないじゃん」


声は小さい。


だが、

隣の女性が振り向く。


「あなた、

何か言いました?」


会場の視線が、

一斉に集まる。


彼女は立たない。


座ったまま言う。


「立つだけで

怖いって言われたら、

どこ行けばいいの」


ざわめき。


男が言う。


「家に帰ればいい」


即答。


三崎の胸が、

締めつけられる。


ミオは、

一瞬だけ黙る。


それから、

淡々と返す。


「帰りたくない人もいるよ」


沈黙。


その言葉は、

空気を裂く。



女性が言う。


「それは、

家庭の問題でしょう」


正論。


構造は切り分けられる。


駅前は駅前。

家庭は家庭。


混ぜるな。


だが、

人は分離できない。


居場所は、

一つではない。



葛城が、

間に入る。


「本日の趣旨から外れます」


秩序を戻す。


だが、

火は消えない。


男性が強く言う。


「少数のために、

多数が不安になるのはおかしい」


その言葉は、

会場に重く落ちる。


多数。


少数。


線が引かれる。



三崎は、

初めて立つ。


予定にはない。


葛城が一瞬だけ視線を送る。


三崎は言う。


「不安は、

無視できません」


男性が頷く。


味方だと思ったのだろう。


だが、

三崎は続ける。


「でも、

立てない人を増やすと、

不安は消えません」


「見えなくなるだけです」


会場がざわつく。


「見えない不安は、

別の形で出ます」


自販機の音。


叫び。


誰も言葉にしないが、

思い出している。



男性は、

苛立ちを隠さない。


「あなたは、

どちら側なんですか」


その問いは、

鋭い。


三崎は、

少し考える。


どちら側。


守る側か。

立つ側か。


「両方です」


答えは曖昧だ。


だが、

正直だ。


「守りたい。

でも、

立つ場所も残したい」


男性は、

納得しない。


「理想論だ」


その通りだ。


だが、

理想を捨てれば、

残るのは排除だけ。



会は、

不完全なまま終わる。


結論は出ない。


住民の不安は残る。


ミオは、

外に出る。


三崎が追う。


「大丈夫か」


彼女は、

笑わない。


「さっきの人さ」


「悪くないよね」


三崎は頷く。


悪くない。


守りたいだけ。


「でもさ」


彼女は続ける。


「守られたいって言われると、

私は守られる側に入らないじゃん」


その言葉は、

冷たい。


三崎は、

答えを持たない。



駅前の灯りは、

いつも通り明るい。


だが、

空気は変わっている。


排除を望む声は、

静かに広がる。


守られたい人たちは、

悪意を持たない。


だが、

その願いは

誰かの立つ場所を削る。


構造は、

単純ではない。


悪役はいない。


だが、

痛みはある。



辰巳が、

ベンチに座っている。


「どうだった」


三崎は、

苦笑する。


「難しい」


老人は、

空を見上げる。


「守るってのはな、

囲うことだ」


「囲いは、

息苦しいぞ」


彼は、

静かに続ける。


「だがな、

囲いがなきゃ

安心もねぇ」


矛盾。


それが、

この街だ。



夜。


三崎は、

ノートに書く。


守られたい人も、

立ちたい人もいる


排除は、

不安の裏返し


揺れは、

双方にある


線は、

さらに複雑になる。


単純な敵はいない。


だが、

衝突は近い。




次回


排除を望む声が、

具体的な行動に変わる。


署名活動。


規制強化の請願。


そして、

小さな暴力。


守るという言葉が、

刃に変わる瞬間。



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