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境界線の上で、立つ — Standing on the Line —  作者: 和泉發仙


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第三十二話 受け入れたかたち

前書き


抗うことだけが、

拒否ではない。


ときに、

受け入れるふりをすることで

別の歪みが

はっきりと見える。




その日、

ミオは

何も言われなかった。


それが、

一番の違和感だった。



駅前。


貼り紙は

そのまま。


相談窓口の番号も、

剥がされていない。


けれど、

腕章の人間は

いない。


視線も、

昨日より

少ない。


「……引いた?」


ミオは

独り言のように

呟いた。


引いた、というより、

保留だ。


様子を見る、

という選択。


それは、

“正しさ”が

一歩下がった

顔をしている。



ミオは、

今日は

立たなかった。


段差に

腰を下ろし、

膝を抱える。


立つことが

選択になるなら、

座ることも

また選択だ。


誰かの

誘導ではなく。



少し離れた場所で、

三崎は

その姿を見ていた。


近づかない。


声も、

かけない。


「……受け入れた

ように

見えますね」


エリオットが

隣で言う。


「ええ」


三崎は答える。


「でも、

従ってはいない」



昼。


一人の男性が

近づいてくる。


昨日の

腕章の人間ではない。


名札もない。


ただの

通行人だ。


「……あの」


ミオは

顔を上げる。


「ここ、

大丈夫なの?」


問いは、

柔らかい。


でも、

答えによって

意味が変わる。


ミオは

少し考えてから

言った。


「大丈夫」


昨日と

同じ言葉。


だが今日は、

立っていない。


座っている。


それだけで、

空気が

違った。


「……そう」


男性は

それ以上

踏み込まなかった。


ただ、

一歩だけ

距離を取る。


ミオは

その一歩を

見逃さなかった。



夕方。


トマスが

苛立ちを

隠せずに言う。


「これは……

負けじゃないか」


「何に?」


三崎が

静かに返す。


「“正しさ”に」


エリオットは

首を振った。


「いいえ」


「正しさが

勝ったのでは

ありません」


「正しさが

“使えなくなった”

だけです」


トマスは

言葉を失った。



夜。


コンビニの裏。


ミオは

スープを

飲んでいない。


今日は

何も

置かれていない。


三崎も、

置かなかった。


「……ね」


ミオが言う。


「今日さ」


「何も

起きなかった」


三崎は

頷く。


「はい」


「それって」


ミオは

指先で

地面をなぞる。


「正解?」


三崎は

少し考えた。


「……正解、

ではないです」


「でも」


「選択としては

成立しています」


ミオは

鼻で笑った。


「微妙」


「ええ」


三崎も

笑った。



エリオットが

ぽつりと

言う。


「受け入れた

“ふり”をすると」


「周囲は

安心します」


「そして、

観測を

やめます」


ミオは

目を細めた。


「見なくなる?」


「ええ」


「だから、

次に起きることは」


エリオットは

一拍置いた。


「もっと

静かになります」



帰り際。


ミオは

立ち上がった。


今日は、

誰も

それを

特別視しない。


それが、

少しだけ

怖かった。


「……立つのも

座るのも」


「自由だよね」


三崎は

即答しない。


「……自由は」


「見られている

うちは」


「まだ

形を

持っています」


ミオは

それを

聞いてから

夜へ歩き出した。


今日は

振り返らない。



後書き


受け入れられることは、

拒否されない

という意味では

安心です。


けれど、

それは同時に

「見られなくなる」

ということでもあります。


この話で描いたのは、

正しさに

逆らわなかった結果、

起きる

静かな空白です。


次は、

この空白を

“都合のいい成功”として

語ろうとする人が

現れます。



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