第三十一話 回収の手つき
前書き
正しい、という言葉は
便利だ。
正しいと名付けた瞬間、
迷いは
処理される。
⸻
それは、
善意から始まった。
いつも通りの
朝。
駅前には、
小さな貼り紙が
増えていた。
困ったときは
こちらへ
ご相談ください
電話番号。
相談窓口。
行政名。
三崎は、
それを見て
足を止めた。
「……来ましたね」
隣で、
エリオットが
短く言う。
「回収です」
⸻
ミオは、
いつもの位置に
立っていた。
貼り紙には
気づいている。
だが、
見ないふりを
している。
見れば、
関係が
始まる。
関係は、
線を
引き直す。
「……“優しく
なった”感じ
するでしょ」
ミオが
小さく言う。
「ええ」
三崎は答える。
「とても
分かりやすく」
⸻
昼過ぎ。
数人の大人が
現れた。
腕章。
名札。
穏やかな表情。
「こんにちは」
声は低く、
落ち着いている。
「お困りでは
ありませんか」
ミオは、
すぐに答えない。
一拍。
「困ってない」
昨日と
同じ言葉。
だが、
空気が違う。
「念のため、
です」
男性は
笑顔を崩さない。
「あなたの
安全のため」
その瞬間、
三崎の
背筋が
冷えた。
“ため”。
誰のためか、
もう
曖昧になっている。
⸻
「……安全って、
なに」
ミオが聞く。
声は、
荒れていない。
むしろ、
確認だった。
「ここに
立つことが」
「あなた自身に
とって
リスクになる
可能性が
あります」
「想定外の
トラブルが」
ミオは、
静かに頷く。
「想定、
してないから?」
男性は、
少しだけ
言葉に詰まる。
「……想定されて
いない状況、
という意味です」
三崎は、
一歩前に
出そうになって、
止まった。
前に出ると、
また
“守り”になる。
⸻
ミオは、
深く息を吸った。
「それってさ」
「私が
間違ってる
前提?」
男性は、
即答しない。
沈黙が
答えだった。
「……正しい
場所に
行けば」
「安心できます」
「ちゃんと
支援を
受けられます」
ミオは、
小さく笑った。
「ちゃんと、
ね」
⸻
そのとき。
後ろから
声がした。
「その子は」
三崎だった。
声は、
抑えている。
「ここで
何も
違反していません」
「ええ」
男性は頷く。
「ただ、
より良い
選択肢を」
「“より良い”を
決めるのは
誰ですか」
三崎は、
一語ずつ
置くように言った。
男性は、
困ったように
眉を下げる。
「……社会的に」
「平均的に」
「一般的に」
その言葉たちが、
空気を
重くした。
⸻
ミオは、
一歩だけ
前に出た。
「ね」
三崎を見る。
「これ」
「正しい?」
三崎は、
即答しなかった。
だが、
目を逸らさなかった。
「……正しいか
どうかは」
「今は
関係ありません」
ミオは、
少しだけ
満足そうに
頷いた。
⸻
「今日は」
ミオは、
男性たちに向かって
言う。
「帰る」
「相談、
しない」
「説明、
いらない」
男性は、
何か言おうとして、
やめた。
“正しさ”を
押し付けると、
争いになる。
それは、
避けたい。
「……分かりました」
退く。
退くが、
消えない。
⸻
夜。
コンビニの裏。
三人は
黙っていた。
「回収、
始まりましたね」
エリオットが
言う。
「ええ」
三崎は
短く答える。
「正しさが
追いついてきた」
トマスは、
苦い顔をしている。
「書いたら、
負けだな」
誰も
否定しなかった。
⸻
ミオは、
段差に
腰を下ろした。
今日は、
立たなかった。
「……ね」
「正しい場所って
どこ」
三崎は、
少し考えてから
答える。
「決められない
場所です」
ミオは、
笑った。
「じゃあ、
ここだ」
⸻
後書き
正しさは、
問題を
解決します。
けれど同時に、
問題を
固定します。
この話で描いたのは、
正しさが
人を救う前に
“位置”を
決めてしまう瞬間です。
次は、
この回収に
抗わないことで
生まれる
別の歪みの話です。




