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境界線の上で、立つ — Standing on the Line —  作者: 和泉發仙


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第三十話 見てしまった人

前書き


誰かが

何もしないで立っているとき、

周囲は

それを放っておけない。


理由をつけたくなる。

意味を与えたくなる。

物語に

回収したくなる。




最初に変わったのは、

制度でも

報道でもなかった。


人だった。



駅前の通路。


ミオは、

いつもと同じ場所に

立っていた。


壁から少し離れ、

人の流れから半歩外れた位置。


座らない。

スマホも見ない。

誰とも話さない。


ただ、

そこにいる。


それだけの行為が、

周囲の視線を

微妙に引き寄せていた。


通り過ぎる人が、

一瞬だけ

彼女を見る。


そして、

すぐに目を逸らす。


「……あの子、

昨日もいたよね」


小さな声。


聞こえないふりをして、

ミオは立つ。



三崎は、

少し離れた場所から

その様子を見ていた。


見守っている、

と言うほど

近くはない。


だが、

無関係を装うには

近すぎる。


「……見てしまう人、

出ますね」


エリオットが

隣で言う。


「ええ」


三崎は答える。


「立っているだけなのに」


「だから、

です」


エリオットは続ける。


「理由が

見えない行為は、

人を不安にさせます」



そのとき、

一人の男性が

立ち止まった。


四十代。

スーツ。

少し疲れた顔。


ミオの前で、

逡巡する。


「……すみません」


ミオは、

視線を向ける。


「何か

困ってますか?」


声は、

押しつけがましくない。


でも、

逃げ道もない。


ミオは、

一瞬考えてから答えた。


「困ってない」


即答。


男は、

戸惑った。


「……でも」


「立ってるから?」


ミオは言った。


男は、

言葉を詰まらせる。


「……そう、

見えた」


ミオは、

少しだけ笑った。


「見えるんだ」


男は、

居心地悪そうに

頷く。


「……失礼しました」


そう言って、

去る。


ミオは、

背中を

追わなかった。



少しして、

別の変化。


若い女性が、

ミオの横を

通り過ぎるとき、

小さく言った。


「……いいな」


ミオは、

聞き返さなかった。



夜。


コンビニの裏。


三人が

集まる。


「声、

かけられました」


ミオが

淡々と言う。


「困ってるか、

って」


トマスが

眉をひそめる。


「それは……」


ミオは、

続けた。


「悪くなかった」


「でも」


「私を

“何か”に

したかった感じ」


三崎は、

頷いた。


「理由が

欲しかったんですね」


「理由があると、

安心できるから」


エリオットが

補足する。


「立っているだけ、

という状態は」


「未処理です」



トマスが、

静かに言う。


「……記事に

書きたくなる」


三崎は、

即座に首を振った。


「書かない方が

いいです」


「分かってる」


トマスは苦笑する。


「書いた瞬間、

彼女は

象徴になる」


ミオは、

それを聞いて

小さく息を吐いた。


「象徴、

やだな」


「ええ」


三崎は答える。


「立っている人は、

象徴に

ならない方が

強い」



その夜、

ミオは

少しだけ

早く帰った。


誰にも

見送られず。


誰にも

呼び止められず。


それでも、

立っていた感触が

身体に残っていた。



翌日。


同じ場所。


ミオは、

また立つ。


だが、

昨日と同じではない。


通り過ぎる人の中に、

一人。


立ち止まらず、

声もかけず、

ただ

速度を

少し落とした人がいた。


ミオは、

気づいた。


「……見て、

変えたんだ」


小さく。


それだけで、

十分だった。




後書き


人は、

説明されなくても

影響を受けます。


特に、

理由のない行為から。


立っている姿は、

主張ではありません。


けれど、

それを見た誰かの

速度を

少しだけ変えます。


次は、

この変化が

“正しい行動”として

回収されそうになる話です。


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