第十六話 数えようとする人たち
前書き
数えようとすることは、
優しさに見える。
だが、
数えられる側に
同意がなければ、
それは管理になる。
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三崎の元に、その話が届いたのは、
会議の合間だった。
「新しい取り組みが始まるそうです」
同僚が、
少し前向きな声で言った。
「地域連携の一環で、
“取りこぼしを減らす”って」
資料が回ってくる。
タイトルは柔らかい。
言葉も整っている。
見えにくい人を、見える場所へ
支援につなげる導線の整備
三崎は、
ページをめくりながら、
既視感を覚えた。
分類。
導線。
把握。
どれも、
悪い言葉ではない。
「これ、
いいことですよね」
同僚が言う。
三崎は、
すぐに答えなかった。
「……いいと思います」
そう言ってから、
付け足す。
「ただ、
どこまでやるか、ですね」
同僚は、
首を傾げた。
「やらないより、
やった方がよくないですか」
正論だった。
三崎は、
それ以上言わなかった。
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エリオットは、
その取り組みを
別の角度から見ていた。
「善意ですね」
彼は言う。
「本気の」
「ええ」
三崎は頷く。
「本気だから、
止めにくい」
エリオットは、
静かに言った。
「数え直す、という行為は」
「一度、
“外した”ことを
前提にしています」
三崎は、
資料の一文を思い出す。
想定外の存在を、
想定内に戻す
「戻す、か」
三崎は呟いた。
「戻る場所が、
最初からあった、
という前提ですね」
エリオットは、
視線を落とした。
「前提は、
いつも優しい言葉で
包まれます」
⸻
その頃、
ミオは知らなかった。
会議も、
資料も、
善意の計画も。
彼女は、
スマートフォンの画面を
眺めていた。
通知が一つ。
無料相談会のお知らせ
居場所について、
一緒に考えませんか
誰が送ったのか、
分からない。
どこで登録したのかも、
覚えていない。
「……一緒に、
考えませんか、ね」
ミオは、
小さく呟いた。
考えることが、
悪いわけじゃない。
でも、
“考えない”という選択肢が、
最初からない言い方は、
少しだけ息苦しい。
通知を消す。
すぐに、
別の通知が来る。
参加は自由です
強制ではありません
自由、という言葉が、
追いかけてくる。
「自由って、
便利だな」
ミオは、
ポケットにスマートフォンを戻した。
⸻
夜。
駅前のコンビニ。
三崎は、
入口の前で立ち止まった。
掲示板に、
新しいポスターが貼られている。
困りごと、
一人で抱えていませんか
優しい色。
丸い文字。
老人が、
レジの向こうから言った。
「増えましたね、
こういうの」
「ええ」
三崎は答える。
「悪くないと思います」
老人は、
少し考えた。
「助けたい人が
増えた、ってことですからね」
「でも」
「助けられたい人が
増えたかは、
分かりません」
三崎は、
その言葉を
胸に留めた。
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数えようとする人たちは、
忙しい。
漏れを見つけ、
分類し、
枠に戻す。
それは、
世界を良くする作業だ。
けれど、
その途中で、
立ち止まる人がいる。
数えられたくない人。
今は、
そのままでいたい人。
ミオは、
その一人だった。
三崎は、
それを
「問題」とは呼ばなかった。
エリオットも、
「障害」とは言わなかった。
ただ、
速度の違いだと
思った。
善意は、
速い。
人は、
追いつけないことがある。
⸻
後書き
数え直そうとする善意は、
世界を少しだけ
安全にします。
同時に、
息苦しくもします。
大切なのは、
数えることを
やめることではありません。
数えない自由を、
残しておくことです。
次に現れるのは、
その善意に
乗り切れなかった人の
小さな選択です。




