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境界線の上で、立つ — Standing on the Line —  作者: 和泉發仙


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第十四話 守られる線

前書き


線は、

引いた瞬間よりも、

守ろうとした瞬間に

力を持つ。




三崎は、社内の空気が変わったことに気づいていた。


誰かが声を荒らげたわけでも、

会議の議題が急に変わったわけでもない。


ただ、

言葉の選び方が、

少しだけ慎重になった。


「その話題は、

今は触れない方がいいですね」


誰かが言う。


「誤解を招きますから」


誤解、という言葉は便利だ。

事実かどうかを問わず、

距離を取る理由になる。


三崎は、

資料をめくる手を止めなかった。


その日、

社内ポータルに

一つの注意喚起が掲示された。


「外部情報の取り扱いについて」


内容は、

どこにでもあるものだ。

•信頼できる情報源を確認すること

•個人的見解を社内外で発信しないこと

•不確かな情報を共有しないこと


何一つ、

間違っていない。


三崎は、

その文章を読みながら、

昨夜の喫茶店を思い出していた。


線を引くこと自体は、

問題ではない。


問題は、

線を“動かせないもの”として

扱い始めたときだ。


昼休み、

エリオットから連絡が入った。


「葛城が、

少し騒がれています」


三崎は、

即座に意味を理解した。


「どの方向ですか」


「過激だ、

という方向です」


三崎は、

ため息をついた。


否定ではない。

検証でもない。

人格評価。


線を守るとき、

人は内容よりも

語り手を扱う。


午後、

三崎は会議室に呼ばれた。


出席者は、

上司と、

法務部の担当。


穏やかな口調だった。


「最近、

ネット上で

少し刺激的な議論が

出ていますね」


「直接関係はありませんが」


前置きが長いとき、

結論は決まっている。


「余計な誤解を

避けたいのです」


「皆さんには、

落ち着いて

業務に集中していただきたい」


三崎は、

頷いた。


「分かりました」


その言葉は、

嘘ではなかった。


集中はする。

ただし、

見なかったことにはしない。


会議室を出たあと、

廊下でエリオットと合流した。


「始まりましたね」


エリオットが言う。


「ええ」


「線を引く人よりも」


エリオットは、

言葉を選ぶ。


「線を守る人たちが

動き始めています」


三崎は、

窓の外を見た。


川崎の街は、

いつも通りだった。


工場の煙突。

車の流れ。

コンビニの看板。


何も変わらない。


「彼らは、

悪人ではありません」


エリオットが言う。


「守っているのは、

秩序です」


「秩序は、

壊れやすいですから」


三崎は、

頷いた。


秩序が壊れれば、

一番困るのは、

弱い人だ。


だからこそ、

秩序は

疑われにくい。


夜。


駅前を通る。


コンビニの前に、

人影があった。


一瞬、

ミオかと思った。


違った。


若い作業員が、

缶コーヒーを飲んでいるだけだ。


それでも、

三崎は足を止めた。


線が守られるとき、

余白は、

“不要なもの”として

扱われる。


追い出されなくても、

居づらくなる。


それは、

最も穏やかな排除だ。


店内から、

老人が出てくる。


三崎に気づき、

軽く会釈する。


「最近、

静かですね」


老人が言う。


「そうですね」


「前は、

もう少し

立ち話がありました」


三崎は、

その言葉の意味を

考えた。


立ち話は、

予定外だ。

効率が悪い。


だから、

減る。


「静かな方が、

いいですか」


三崎が聞くと、

老人は、

少し考えた。


「……どうでしょうね」


「でも」


「静かすぎると、

人の気配が

分からなくなる」


三崎は、

その言葉を

胸にしまった。


帰り道、

エリオットから

もう一通メッセージが届いた。


「葛城は、

少し距離を置くそうです」


「賢明ですね」


と、

続いていた。


三崎は、

スマートフォンを閉じた。


距離を置く。

それは、

線を越えないための

知恵でもある。


けれど、

距離が広がりすぎると、

誰も見えなくなる。


三崎は、

改札を抜けながら思った。


線を引かないことは、

簡単ではない。


線を守る力は、

静かで、

強い。


だからこそ、

余白は、

意識しなければ

消えてしまう。


それでも、

消さないと

決める人が、

必要だ。




後書き


線が守られるとき、

世界は安定します。


その安定は、

多くの人を救います。


同時に、

誰かを

見えなくもします。


次に描かれるのは、

その“見えなくなった側”から

世界を見たときの話です。


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