第14話 卵
農地の拡張作業開始から数時間。気が付けば、太陽が天中へと昇り、辺境の地を真っ白な光が照らし出す時刻。
周辺を一望できる丘の上で、農業コンボで、MPポーションの回復分まで魔力を使い切った俺は、心地良い疲れを紫煙で癒しながら、この拠点の将来像を思い描いていた。
この拠点の地勢は、東の半島の付け根に位置いており、北東には美しい海岸線が広がって北部と西部は広大な樹海となっており、南部には草原地帯が広がっている。
「…………将来的にはやはり、この拠点の北側を住宅地、東側を商業地域に南と西側を農地としていきたいな。そして、その周囲を城壁で…。」
将来の拠点の拡張計画を練りながら燻らす紫煙が、昼の光に溶けていく。
「……ま、まだ先の話だがな。」
未だに住民はゼロ。だが、初期計画は大切だ。最初から考え無しで施設を建てれば、後々非効率かつ不便な都市が出来上がってしまう…。
そんな俺の思考を遮るように、後方から「パタパタ」と賑やかな羽音が近づいてきた。
「お兄様~!休憩にしましょう! お母様が呼んでます!」
「おーい! お兄さーん! ごはんできたよーっ!」
呼びに来たのは、オークの軍団に襲われているのを助けハ-ピ-の娘たちの中でも特に親しくなったフィアとミィアだ。
二人は俺の周りを嬉しそうに一回転すると、焼きたての肉の香ばしい匂いをその身に纏わせたまま、満面の笑みを浮かべた。
「お母様がね、『わらわの最高傑作が冷めぬうちに呼んでまいれ!』って! 早く早く!」
「ミィアも手伝ったんだよ! お野菜、ピカピカに洗ったの!」
その無邪気な様子は、かつて家に遊びに来た姪っ子そのもので、俺も思わず顔が綻ぶ。
「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて休憩にするかな」
俺は吸殻を黒煙で消滅させると、案内してくれる二人について賑やかな食事の場へと向かった。 玄関を開けた瞬間、新築の木の匂いを上書きするような、暴力的なまでに美味そうな匂いが俺を直撃した。
「遅かったではないか、ラルフ! ほれ、座るが良い! わらわの、初陣……いや、初調理の成果をとこと見るが良いぞ!」
リビングにのダイニングテーブルの上には、ハピネたちが持ち寄った銀魚の香草焼き、巨大な霜降りキノコのソテー、そしてオークや獣の肉料理が所狭しと並べられていた。
コルネリアは、少し鼻の頭に煤をつけ、エプロン代わりの布を誇らしげに揺らしながら、俺の反応を待ち構えている。
「……どれ。じゃあ、いただくよ」
俺が一切れの肉を口に運ぶと、一同に緊張が走る。じわりと広がる肉汁と、適度な塩加減。不器用ながらも、教えた手順を守って一生懸命作ったことが伝わってくる味だった。
「……美味いな。初めてにしては上出来すぎるくらいだ」
俺がそう告げた瞬間、「「「わぁぁぁぁっ!!」」」と、家が揺れるほどの歓声が上がった。 コルネリアも、最初は「ふん、当然じゃ!」と虚勢を張っていたが、隠しきれない喜びで黄金の翼が細かく震えている。
「ふ、ふふん! わらわたちが手間を掛けて作ったのじゃ。当然じゃ!ほれ、皆も食べるが良い! 」
そうして、今日も賑やかな昼食が始まった。
賑やかな昼食が一段落し、娘たちが「お腹いっぱい!」と満足げにリビングのソファや床でくつろぎ始めた頃。
それまでの「宴会」のような浮かれた空気は、コルネリアの真剣な一言でふっと消えた。
「……ラルフよ。少し、良いか」
彼女の声は低く、そして驚くほど静かだった。七色の美しい翼を小さく畳み、真っ直ぐに俺を見つめるその瞳には、いつものようなふざけた様子など微塵もない。女王としての重圧を感じさせるほどの真剣な面持ちだった。
コルネリアの眼差しに促され、俺はリビングの奥にある寝室へと案内された。 扉を開けた先、清潔なシーツの上に大切そうに並べられていたのは、なんと二十個ほどのソフトボールほどの大きさがある、真珠色に輝く卵だった。
「これは……?」
「わらわたち一族の、次代を担う卵じゃ。……いや、わらわの娘たちと言った方が早いかの」
「…………これ全部が陛下の? 凄いですね……」
俺が率直な驚きを漏らすと、コルネリアは少しだけ口角を上げ、首を振った。
「阿呆。わらわが生んだ卵ではないぞ。我ら一族の誰が生んだ卵であっても、その全てがわらわの娘よ。女王とはそういうものじゃ。」
なるほど。ハーピーが卵生であることは驚きだが、フィアやミィアたちがコルネリアを「お母様」と呼び、彼女が娘たちを慈しむ理由がようやく腑に落ちた。血縁を超えた一族の絆、その象徴がこの卵たちなのだ。
「……それで、この大切な一族の宝をどうしろと?」
「うむ。これからしばらく、わらわたちの拠点周辺の『大掃除』をしようと思ってな。少々騒がしくなりそうなので、その間、ここで預かって欲しいと思って、ここまで運んできた」
「そんな大切な物をここで? 責任を持ちかねますね。万が一のことがあれば、俺一人では抱えきれない」
俺が慎重に言葉を返すと、コルネリアは一歩歩み寄り、俺の手を包み込むように握った。
「勿論、我らからも番を出す。お主に全ての苦労を掛けるつもりは無いし、何かあってもお主を責めることは無いと約束もしよう。ただ、できれば……」
彼女はそこで言葉を切り、並んだ卵たちに愛おしそうな視線を向けた。
「お主のその潤沢な魔力を、ほんの少量で構わぬ。この子らに注いでやってはくれまいか。お主の魔力は温かく、そして底知れぬ力に満ちておる。それを吸って育てば、この子らはきっと、今までよりも強く健やかに孵ることができるはずなのじゃ」
それは、女王としてではなく、一人の「母」としての切実な願いだった。 俺は、手の中に伝わるコルネリアの真摯な想いと、二十個の卵が放つ静かな命の鼓動を感じ取った。
「……わかった。俺にできることなら協力しよう。掃除が終わるまで、俺ができる限りのことはしよう。それでいいか?」
自分でも、つくづく「チョロい男だ」と思わずにはいられない。
だが、ハーピーの女王に恩を売っておくのは、俺が覇王への道を歩む上で決して悪い話ではない。将来的に彼女たちを味方につければ、強力な航空戦力を手に入れたも同然だ。そんな冷徹な打算も、確かに俺の頭の片隅には存在していた。
しかし、今日のコルネリアには、単なる打算だけでは割り切れない何かがあった。
煤だらけになって料理を振舞っていた先ほどまでの無邪気な姿は消え、そこには種族の存亡と「娘たち」の未来を双肩に担う、女王としての凄烈な覚悟が宿っていた。その瞳に込められた真摯な光と、静かに放たれる圧倒的な迫力。それに気圧されたというわけではないが、彼女の覚悟を前にして「NO」と言えるほど、俺は無粋な男でもなかった。
「……かたじけない。恩に着るぞ、ラルフ」
俺の言葉を聞き、コルネリアが安堵の息を漏らして微笑んだ。 その笑顔は、さっきまでの張り詰めた女王の顔ではなく、一人の「母」としての柔らかな温もりに満ちていた。
(……やれやれ。出会って間もないというのに、これだけの信頼を預けられたんだ。それ相応の仕事はしてやらないとな)
「それじゃ、またね〜♪」
「バイバイ、お兄さん〜♪」
食事を終えて、手を降りながら次々と大空へ羽ばたいていくハーピー達を見送る。
日もまだ高いが、今日はやけにあっさりだな?やはり、コルネリアが言っていた大掃除ってのが関係しているのか?
かといって部外者が口出しすることじゃないな。
さて、俺は⋯⋯片付けでもするか。
俺のマイホームの惨状に一人で溜息を付きながら、俺は一人で片付けをはじめるのだった。
賑やかな食事会を終え、新居の温もりを背に受けながら、コルネリアたちは住処である北の森の岩山へと向かって悠然と空を舞っていた。
先ほどまで食卓を囲んで笑い転げていた、あの温い雰囲気はもうどこにもない。 黄金の陽光をその翼に弾きながら飛翔する彼女たちの横顔には、部族の安寧を守り抜く勇敢な戦士としての鋭い光が宿っていた。
ここ数日、オークに不審な動きあり。近い内にオークの大規模侵攻が始まる。それが、彼女達の共通認識だ。
「お母様……。やはり、あのお兄様……ラルフ様に手伝ってもらった方が良かったのでは? 」
側を飛ぶフィアが、不安を隠しきれない様子で問いかけてきた。無理もない、この娘はオークの恐ろしさを身を持って味わったのだ。その気持ちは判るが…
しかし、コルネリアは前を見据えたまま、低く、重みのある声でそれを一喝した。
「戯けが。我らは誇り高きハーピーの一族ぞ。忘れたか?」
彼女の翼がひときわ大きくはためき、周囲の空気を震わせる。
「我らは既に、あの男に一族の者の命を救われ、果ては次代を担う卵まで預けた。これ以上、奴の厚意に甘え、戦いまで肩代わりさせるなど……そんな情けないことが、このコルネリア28世にできると思うか?」
コルネリアの脳裏には、先ほど卵を預けた際にラルフが見せた、呆れながらも力強い眼差しが浮かんでいた。
「空を征する我等が、オーク如きに遅れをとる事などあり得ぬ。攻め寄せる下郎どもの軍勢を叩きのめし、我等の里を護るは我等の努めよ!」
「……はい、お母様!」
母の、そして女王の揺るぎない覚悟に触れ、フィアとミィアの瞳にも戦士の火が灯る。
「者共、聞けい! 我等の里を汚す不浄の徒に、死の羽音を聞かせてやれ!空の覇者の恐ろしさを刻み込んでやるぞ! 」
「「「おおおおおっ!!」」」
岩山へと向かう彼女たちの背中には、先程までの賑やかさも華やかさも無かった。
そこにあるは愛する一族とその誇りを護る為に戦う、誇り高き勇敢な戦士達の軍勢の姿であった。




