第13話 二軒目
「お、お兄さん! 見て見て、これっ! 今日はすっごく大きいのが獲れたんだよ!」
「わらわも、自ら翼を振るってこれを仕留めてきたぞ。ほれ、褒めても良いのじゃぞ?」
夜明け前だというのに、俺の拠点の周りは昨日以上の熱気に包まれていた。目の前には、誇らしげに胸を張るコルネリアと、昨日より立派な銀魚や、見たこともない巨大な霜降りキノコを大事そうに抱えたハピネたちが集結している。
キラキラと朝露のように輝く彼女たちの瞳。それは「昨日のおじさんの料理、すごかった! 今日もやってくれるよね?」という、純粋すぎて断りづらい期待に満ちていた。
まるで、夏休みに遊びに来た親戚の姪っ子たちの集団に囲まれている気分だ。
「……おはよう。みんな、朝から元気だな。でもな、俺も今日はやりたいことがあるんだ。一日中コンロの前に立ってるわけにはいかないんだよ」
「な、何だと……!? お主、わらわたちを見捨てるというのか!」
コルネリアがショックを受けたようにガタガタと震え出す。背後の娘たちも「えぇ~、お魚食べられないのぉ?」「お肉は~?」と、今にも泣き出しそうな声を上げた。
(……くっ、そんな顔をされると弱いんだよな)
俺は胃のあたりをさすりながら、妥協案を提示した。
「……わかった、わかった。じゃあ、お前たち用の家を用意してやるから、それ使って自分たちでなんとかしてくれ。」
俺がそう提案すると、コルネリアは意外そうな顔をして、それからニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ふ、ふん! 何を言うかと思えば……。わらわたちを阿呆な鳥とでも思っておるのか?試そうというのか? 家なぞ、そう簡単にできる訳無かろうよ。」
腰に手を当て、勝ち誇ったように鼻で笑うコルネリア。確かに、普通は家なんかそう簡単に建つもんじゃないわな。
「……いいだろう。じゃあ、あそこにあるのと『同じ家』をもう一軒用意したら、ちゃんと自分たちでやるんだぞ?」
「フワ~ハハハッ! お主、寝ぼけておるのか? そんなことが今すぐできるわけなかろうに! もしそんな魔法のようなことができたなら、このわらわが責任を持って、一族すべての調理を仕切ってやろうではないか!」
「……二言はないな?」
「コルネリア28世の名にかけて二言などないわ! ほれ、早くして見せよ!」
高笑いしながら、コルネリアは自慢の翼を大きく広げ、俺を見下すように優雅に空へと舞い上がった。朝日に照らされ、七色の羽根を輝かせながら旋回するその姿は、一瞬だけ「さすがは女王」と思わせる気高さがあった。
「ほれ、早くして見せよ! ほれほれ!」
空中で不敵に挑発してくる彼女を見上げ、俺は内心で「よし、乗ったな」とほくそ笑みながら、建築コマンドを開いた。狙うのは、俺の自宅のすぐ隣。昨日から大勢のハピネたちが歩き回って、すっかり踏み固められてしまった土の地面だ。
俺がそこにスッと手をかざした、その瞬間――。
「なっ!? な、な、な……なのわあああああ~~~~っ!?」
激しい魔力の奔流が渦巻き、轟音と共に大地が盛り上がった。基礎が打ち込まれ、光の粒子が猛烈な勢いで建物の形を成していく。わずか数秒。朝の光の中に、俺の家と瓜二つの「二軒目の住宅」が、土煙を上げて忽然と姿を現した。
そのあまりに非常識な光景を、空中で、しかも特等席で目撃したコルネリアは、驚愕のあまり翼を動かすことさえ忘れてしまった。
「なっ……!? 建物が、生え……っ!?」
絶叫を上げながら、華麗に舞っていたはずの女王様が、まるで撃ち落とされた鳥のようにバラバラと体勢を崩し、そのまま地面へと転げ落ちた。
「ぶ、ぶもっ!?」
土煙の上がる新築の玄関前で、尻餅をついて呆然と家を見上げるコルネリア。さっきまでの気高さはどこへやら、砂埃にまみれて口をあんぐりと開けている。
「さあ、完成だ。中には昨日と同じキッチンがある。さらには、お前たちが気に入っていた『風呂』も付いてるぞ。さあ女王様、約束通り、今日一日の調理担当よろしくお願いしますよ?」
「……あ、う……。ゆ、夢を見ておるのか、わらわは……」
コルネリアは砂埃を払うことも忘れ、生まれたての小鹿のようにガクガクと震える足取りで立ち上がった。そして、信じられないものを見る目で、恐る恐る新築の家のドアを開ける。
そこにあったのは、昨日彼女たちを驚愕させた調理場を備えた、我が家と寸分違わぬ光景だった。新品の建材が放つ清々しい木の香りが、鼻腔をくすぐる。
「お母様、すごい! 」
「お風呂! お風呂も入っていいの!?」
はしゃいで突撃する娘たちに囲まれ、コルネリアは冷や汗を流しながらも、どこか誇らしげに
「う、うむ……任せておけ! 今日はわらわが、究極の焼肉を振る舞ってやろうではないか!」
そう言って、拳を握りしめた。
その姿は、欲しかったおもちゃを買い与えられ、好奇心を押さえきれない少女のようで、俺は苦笑いしながらも、なんだか微笑ましい気分になっていた。
「いいか。このつまみを回すと火が出る。右に回せば弱火、左なら強火だ。使い終わったら必ず垂直に戻せよ。火事は勘弁してくれよな」
「う、うむ……案ずるな。このコルネリア28世、一度見たことは忘れぬわ。……ほう、良くできておるの。ふむふむ……」
彼女たちは、意外なほど手先が器用の上に物覚えが良かった。一度実演して見せると、コルネリアたちは真剣な面持ちでコンロを操り、娘たちも教えた通りに野菜を洗ったり、肉を並べたりと甲斐甲斐しく動き始めた。
俺は彼女たちの物覚えの良さに感心しつつ、キッチンの棚にいくつかの生活雑貨や、おやつ代わりの嗜好品を多めに生産して並べてやった。
「よし、一通り使い方は教えたな。俺は外で仕事をしてるから、何かあったら呼べんでくれ」
「うむ! ラルフよ、精が出るのう。わらわたちのことは任せておくが良い。今日はわらわ最高の一皿を完成させておいてやろうぞ!」
女王様が、眼を輝かせてフライパンを握りしめるのを見届け、俺は自分の仕事に取り掛かることにした。
一応は来客中だから、あまり遠出する訳にもいかない。
今日は森へは行かず、建築スキルで拠点の整備を行う事にする。
拠点の整備に取り掛かった俺は、改めてステータスを確認した。一軒目の自宅を建てた頃に比べ、ランクがCまで上がった俺の魔力は、既に当初の魔力の3倍近い2000を超えている。
コルネリアたちのために住宅を建築し、キッチン用品や嗜好品をドカドカと生産した後でも、魔力残量はまだ7割程度。
これなら、更なる拡張も余裕を持って行える。
「……あんなに人数がいるんじゃ、二軒でもまだ手狭かもしれないな」
新築の家から聞こえてくる、キッチンでの賑やかな楽しそうな声に、風呂場で「キャッキャ」とはしゃぐハ-ピ-たちの声。
そんな、彼女たちの楽しそうな気配を感じながら、俺は三軒目となる【住宅】の建築を決定した。
空き地に手をかざすと、三度魔力の奔流が土を巻き上げ、光の柱が立ち並ぶ。ハ-ピ-たちの歓声と同時に、寸分違わぬ住宅がもう一軒、静かに、しかし力強くその地に鎮座した。
これで住宅は三軒。維持費で魔力の消費は掛かるが、魔力が増えた今となってはそのコストもそれ程は気にならない。
「さて、次は食糧問題だな」
いつまでも俺の生産スキルと、狩りだけに頼るわけにはいかない。
自給自足の基盤を作るべく、俺は住宅の裏手に広がる未開拓の土に意識を向けた。
俺は建築スキル、【伐採】【整地】【作付】を行使し、好奇心旺盛なハ-ピ-たちの声援を受けながら、農地の拡張に勤しむのだった。




