第12話 キング
「きゃ〜っ! このお魚、ピリピリしてて最高に美味しい〜♪」
「お兄さん! こっち、オーク肉の焼肉大盛りでお替わり〜!」
「あ〜っ、私も! 私もお肉追加でお願いしま〜すっ♪」
庭に並べられた簡易的なテーブルを囲むハーピーたちは、まるで放課後のファミレスに集まった女子高生のようなテンションで、ピーチクパーチクと賑やかに騒ぎ立てている。
俺? 俺はひたすら彼女たちに肉を焼く役回りです……………………。
「おい、お主ら! 女王であるわらわを差し置いて、そんなにがっつくでないわ! ……おい、ラルフ! わらわの肉はまだか!? 早く焼かぬか!」
「はいはい、今焼いてますから! 陛下、あんまり羽ばたかないでください。埃がたちますよ、埃が!」
なに、この理不尽な状況?
結局、全員が家の中には入りきらないということで、リビングの掃き出し窓を全開にし、テラスと庭を繋げた「青空大食事会」へと発展した。
もともとは彼女たちが持参した食料を焼くはずだったのだが、そんなものは俺が一口も食す間もなく、瞬く間に彼女たちの強靭な胃袋へと消え去った。 それでも足りないと催促され、結局、俺のオーク肉まで引っ張り出す羽目になっている。
「お兄さーん! この白い粉(砂糖)、もっと紅茶に入れてもいい!?」
「あ、私お酒追加で!」
なに、この理不尽な状況?(二回目)
俺は女子高の修学旅行の引率教師になった覚えはないぞ。
てか、その童顔で酒は不味いだろ! まさか異世界にまで来て、食欲旺盛な「女子高生ノリ」のハーピー集団相手にトングを振るい続けることになるとは……。
「順番だと言ってるだろ! 砂糖も酒も貴重品なんだ。 大切に味わえ! てか、勝手に棚から俺の酒を持ち出したのはどこのどいつだ!」
俺の叫びも、彼女たちの「きゃぴきゃぴ」とした嬌声に、虚しくかき消されていく。
「ふむ。……この肉の柔らかさと脂の乗り、そして絶妙な塩加減に焼き加減……認めぬわけにはいかん。お替りじゃ!」
(そんなもん認めんでいいから、お前の娘たちをなんとかせんかい!)
肉を頬張り、口の周りを脂でテカテカに光らせたコルネリアが、尊大に言い放つ。その手はすでに次の一皿を狙って、当たり前のように俺に向かって皿を突き出していた。
ピーチクパーチク。 ピチピチ、キャハハハハ。
「………………はぁ。」
俺は遠い目をして、ひたすら肉を返し続ける。 いつのまにやら陽は中天を過ぎ、今やテラス一帯は、香ばしい肉の煙と女子高生ノリの熱気に完全に支配されていた。 これ、いつ終わるんだ?
俺の魔力……いや、精神的なキャパシティが尽きる方が先な気がしてきた。
「うむ。わらわは満足じゃ。お主の働きに感謝しておるぞ。……ふぅ、これほどまでに腹が膨れたのは、生まれて初めてかもしれぬな」
夕刻。 西の空が燃えるような朱色に染まり始めた頃、ようやく俺にとって嵐のような宴が幕を閉じた。
コルネリアは、ソファに深く沈み込んでいた体をようやく起こすと、膨らんだ腹を愛おしそうにさすりながら、満足げに目を細めた。
「また寄ってやろうぞ。これから隣人として、何かあれば、このわらわを頼るが良い。……うむ、苦しゅうない」
「お兄さん、すっごく美味しかったよ! ごちそう様~♪」
「ありがとね〜! また遊びに来るから~♪」
庭では、満足しきったハーピーたちが、手を振りながら、一羽、また一羽と空へ舞い上がっていく。 中には酒が回ったのだろう、たどたどしくフラフラと高度を上げている個体もいた。
(……二度と、来ないでください。いや本当にお願いします)
俺は、精根尽き果てた顔で彼女たちを見送りながら、心の中で切実に呟いた。
結局、俺が一口も口にできなかった最高級の魚も、オークの肉も、そして俺のなけなしの平穏も、すべては彼女たちの胃袋と騒ぎの中に消えた。
それだけではない。 宴の最中、彼女たちは俺の聖域である「浴室」までもを嗅ぎつけ、集団で占拠したのだ。
「壁からお湯が出る!」
「この白い泡、いい匂い!」
「極楽だよぉ~♪」
という黄色い歓声が脱衣所まで響き渡った時は、もう笑うしかなかった。 今、俺の唯一のオアシスだった浴場には、彼女たちが残していった羽毛が、まるで吹雪のあとのように虚しく浮いていることだろう。
「……さて、片付けるか」
嵐が去ったダイニングには、まさに「破綻寸前」と言いたくなるような洗い物の山。 俺は重い腰を上げ、沈みゆく夕日を背に、洗い物の山と格闘し始めた。
「……うん。女子高の教師って、きっと命を削るような仕事なんだろうな」
紫煙を燻らせながら暮れなずむ空を見上げ、俺はふと、そんな現実逃避に近いくだらないことを考えるのだった。
【北の森】
光の届かぬ北の森の最深部。
その切り立った岩壁にぽっかりと口を開けた巨大な洞窟。そこには、どろりと濁った悪意が渦巻いていた。
月明かりさえも拒絶するような巨木の影と、険しい岩肌に囲まれたその入り口。
立ち並ぶオークたちが発する強烈な獣臭と、湿り気を帯びた血生臭い風が洞窟の奥から吹き抜ける中、最深部の広場で巨大な影が石を削り出した玉座にふんぞり返っている。
「ガビルとの連絡ハ……まだつかぬノカ?」
地響きのような低い声を発したのは、オークキング・バガズ。他のオークに比べ2廻りほども大きな 身の丈3メートルを超える巨体。その皮膚は幾多の戦場を潜り抜けた傷跡で覆われ、手にした巨大な大剣には、こびりついた血肉がどす黒く固まっている。
「……鳥共ヲ追跡シタ所マデハ、判明シテオリマスル。……シカシ、ソレ以降……プツリト、途絶エマシタ」
影の中から進み出たのは、四天王の一人、軍師ギルゼだ。枯れ木のような杖を握り、濁った瞳を細める。
「ガビルハ……ジェネラルダゾ。アノ、脆弱ナ鳥共ニ、後レヲ取ルハズガ……ナイ」
キングが不快そうに鼻を鳴らし、周囲の空気を歪ませた。
「ハッ! ガビルの野郎、ハピネ共ノ『巣穴』デ、逆サ吊リニデモ、サレテンジャネエノカ!?」
下卑た笑い声を上げたのは、ガルドンだ。鋼鉄の鎧を無理やり肉体に食い込ませたような巨漢が、巨大な戦斧を地面に叩きつける。
「……アハハ。モシカシタラ、ガビル、バラバラニ、サレチャッタカモ……」
細い声で呟いたのは、ゼノだ。彼は手元で、先ほどまで生きていたであろう獣の死骸を、愛おしそうに切り刻んでいた。
「……オソラクハ、女王コルネリアデモ出張ッテ来タノデショウ。ガビルガ後レヲ取ルトスレバ、ソレ以外ニハ……」
軍師ギルゼが、不気味な笑みを浮かべて推測を口にする。彼らの頭には、ガビルを返り討ちにしたのが「たった一人の人間」だという可能性など、微塵も存在しなかった。
「ヌウゥ……。オノレ鳥共ガ、許セヌ……。我ラニ逆ラエバ、ドウナルカ……身ヲ持ッテ教エテヤロウゾ」
バガズが立ち上がると、その重圧だけで周囲のオークたちが一斉に平伏した。怒りに任せて振り下ろされた棍棒が巨木を粉砕し、凄まじい破壊の音が森に響く。
「……シカシ、王ヨ。アイツラ、直グ空へ逃ゲヤガル。追イ詰メルノハ、骨ガ折レマスゾ」
猪武者のガルドンが、戦斧を担ぎ直しながら忌々しそうに吐き捨てた。地形を無視して空へ逃げるハーピーは、オークにとって最も仕留めにくい獲物だったからだ。
「フフフ……。王ヨ、案ズルコトハアリマセヌ。策ガ、アリマスル」
ギルゼが杖を鳴らし、暗い瞳を怪しく光らせた……………………
……………………
「……良イ。良イゾ、ギルゼ、鳥共ヲ踏ミ潰シ蹂躙スル。ガビルノ仇、我ガ直々ニ喰ライ尽クシテヤロウ。」
オークキング・バガズの顔に、残虐な悦びが広がった。




