衣織の物語89「synchronicity(シンクロ)」22 舞台打合せ会議1
春季発表会の舞台打合せ会議・通称リハは、本番の1週間前に行われた。そこでは、会館側の音響・照明スタッフとの打ち合わせと、きっかけの確認が主になる。「きっかけ」というのは、芝居のタイミングのことで、音響も照明も、役者の動きとぴたりと合わせなければならない。これがずれると、芝居は一気に間抜けになる。
先日の生徒理事会で決まった通り、私の学校のリハーサルは、リハ日程の一番最後に行われた。初めて参加するリハに私の胸は高鳴ったけど、まだ1年ボーだし、多少の失敗はご愛敬ということで許されるだろうと、甘く算段していた。そこが私のいいところでもあり、悪いところでもある。それは自分でも自覚している。しかし、悪い部分を直そうとはしないところが、私たるゆえんだろう。めんどくさいのだ。
高校の隣町にあるホールは、駅から徒歩10分ほどの所にあった。このすぐそばに野馬追で有名な神社があり、そこは私も幼い頃、初詣に行ったことがある。馬に縁がある神社だけに、境内には絵馬がたくさん飾られている。
電車から降り、震災以降、どこか息をひそめたようなこの町を先輩方と歩いて行くと、こじんまりとした会館の建物が見えてきた。消防署が南側にあり、後ろに森を抱えている、薄いピンク色の外壁。変な言い方だけど、淋しい町にぴったりなたたずまい。あたりはしんとしていて、前の道路をたまに車が通るだけだ。周辺の空間からは、この近くまで津波が押し寄せたとは思えない落ち着きが感じられた。静けさが、初めてのリハーサルを迎える私の胸をちょっとだけざわつかせた。
もともとこのあたりは、人通りが少なかった気もする。なにせ幼少の頃の淡い記憶なので、確かではないけれど、でもそんな感じがする。家並が低いので、空がとても広い。このあたりはどこもそうなのだが、今日は特にそれを感じた。高校に入学し、未体験だった演劇部に入り、そうして初めてのリハーサル。人の心と周りの景色はリンクしているものなのだろう。薄い空の青が、私の心にも染み渡る。
私が周囲をキョロキョロ見回しているのに対し、先輩方は落ち着いたものだった。先頭を行く部長さん。その後に続く副部長さん。ふたりは時々会話を交わすだけで、のんびり歩いている。
影山「遠藤、俺、今日、テンション上がってるかも」
遠藤「うるさい。ほら、もっと早く歩けって」
遠藤先輩と影山先輩は、いつもの通りじゃれ合っている。平常心とはこのことか。わずか1年の経験の差は、これほどまでの風格の差となって表れるものか。あの余裕が、いつか自分にも身につくのだろうか。そんなことを思いながら、しんがりを歩く私。……まあ、しんがりが似合うのは昔からだけど。
わずか5人の隊列は、知らぬ他人が見たら、ピクニックの感があるだろう。
会館の入り口に、顧問の先生が待っていた。私たちに向かって手を振っている。ちょっと照れくさい気がしながら、私たちも手を振り返した。特に副部長さんの「デレ」はレアだ。ちょっと得した気分。
小さい頃、ママとよく買いに行ったケーキ屋さんを横目に、いよいよ会館の入口に進んだ。
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