衣織の物語88「synchronicity(シンクロ)」21
アオイ 放射線への耐性を持つ僕たち……そんな僕たちは、今、皮肉なことに、人類の期待を一身に背負う存在になった。あんなに嫌われ、いじめられ、他人に近付くことさえ許されなかった僕らがだよ。
ユウ それは……どういうこと?
アオイ もうわかっているだろう? 今までのトレーニングの目的が。
ユウ アオイ?
アオイ そう。僕たちは、うまくやれば英雄になれるってことさ。熔融した核燃料とシンクロさせ、安定化させることができるかもしれない。それができるのは、僕たちだけだ。
ユウ それは……どういうこと? 僕には意味がわからない。僕たちが融け落ちた燃料を取り出すってこと?
アオイ いや、違う。僕たちの体と核燃料をシンクロさせるんだ。その共時性によって、高熱の燃料を安定化させることができるかもしれない。
ユウ 僕には、アオイが何を言っているのか、さっぱりわからない。
アオイ 僕らの体で放射性物質を低温化させ、無毒化させることも可能かもしれない。
ユウ ……そんなこと、できるわけがないだろう。
石の棺点滅。ふたりは下手を見上げる。
(「シンクロ」より)
「シンクロ」の物語も、終幕が迫っていた。練習も、最後の追い込みだ。実際に、来週には舞台打合せ会議が行われるため、それまでに、脚本全体の確認と練習を、ひと通り終えなければならない。リハーサルと打合わせのためには、照明や音響、道具類を具体的にどう効果的に作用・配置するかを決めておく必要がある。
副部長「僕たちは、人を愛することも、愛されることもできない、いつまでも大人になれない、存在なんだ。そうしてここは、この世から見放された場所だ。高線量のガレキ、ふるさとへの郷愁、そして僕ら……この世のすべてから捨てられたものたちが集まる場所ってことさ……ユウも、うすうす勘付いていただろう? 僕たちの居場所は、あの石の棺の隣しかなかった。僕たちは隔離され、実験室のモルモットのように観察されていた。放射線への耐性を持つ僕たち……そんな僕たちは、今、皮肉なことに、人類の期待を一身に背負う存在になった。あんなに嫌われ、いじめられ、他人に近付くことさえ許されなかった僕らがだよ……」
私「それは……どういうこと?」
副部長さんは、次のセリフを言いよどんだ。
副部長「ゴメン。この場面のセリフがとても悲しくて……」
私は副部長さんの気持ちが痛いほどよくわかった。他の部員たちも同じだろう。みんなこれまで、このセリフと同じような体験をしてきたから。少しして副部長さんは、次の演技に入った。
副部長「……もうわかっているだろう? 今までのトレーニングの目的が」
私「アオイ?」
副部長「僕たちは、うまくやれば英雄になれるってことさ。熔融した核燃料とシンクロさせ、安定化させることができるかもしれない。それができるのは、僕たちだけだ」
私「それは……どういうこと? 僕には意味がわからない。僕たちが融け落ちた燃料を取り出すってこと?」
副部長「いや、違う。僕たちの体と核燃料をシンクロさせるんだ。その共時性によって、高熱の燃料を安定化させることができるかもしれない」
私「僕には、アオイが何を言っているのか、さっぱりわからない」
副部長「僕らの体で放射性物質を低温化させ、無毒化させることも可能かもしれない」
私「……そんなこと、できるわけがないだろう!」
部長「そこまで」
部長さんの合図で、私と副部長さんは、体の力を抜いた。他の部員たちも同じだった。そうして先生が、静かに話し始めた。
先生「この部分のセリフは、みんなにとっても、とてもつらいものだろうと思う。原発事故は、私たちの心を痛めつけた。突然の友人・学校との別れ。複合災害に追いまくられるようなあわただしい日々。身近な他者からの心無い疎外。家族関係の変化。友達を失い、学校や職場を失い、故郷を失った。そんな私たちを、賠償金を羨む声がさらに追いつめる。この喪失感と疎外感は、今でも埋めようがない。自分たちが受けたさまざまな苦悩が、責任を取るべき存在が曖昧なままという状態で、さらに増してしまっている。やるせない思いや何かがおかしいという思いが、どうしても抜けない。そうして危険なものがいまだにどのような状態なのかもわからず、完全な廃炉はいったいいつになるのかもわからない……」
みんなは言葉も無く先生の言葉を聞いていた。
先生「このままでは廃炉など永遠に不可能なのではないかという思いから、私は、この場面のような荒唐無稽な物語を書いた。私自身、どれほどの放射線を浴びてしまったのかがわからない。これからどう体調が変化するかもわからない。放射線を浴びたこの地域の人々がいま、廃炉や除染の作業をしている。それを、原発安定のためにイメージ化したものが、『シンクロ』だ。近未来のSFとして描いた。もちろん、『僕らの体で放射性物質を低温化させ、無毒化させること』など不可能だ。しかし、そんなメルヘンでも期待しなければ、とうてい廃炉は無理だろうという思い……」
私たちの近所の人たちが廃炉や除染に関わっている。廃炉の道は遠すぎる。そんなイメージが、先生にこの物語を書かせたのだろう。
だから、それを感じた私は、この物語に改めて真剣に取り組もうと思った。実際にはありえない、原発と自分の融合。しかしこの物語を演じる上ではそれを心から信じ、空想の原発に立ち向かおう。そう思った。
私「この物語を、最後までやりきりましょう!」
副部長「……そうね。わたしたちにはそれができるわね」
部員たちはみなうなずいていた。
部長「それでは続きをやろう!」
部員たち「ハイ!」
私と副部長さんは、目の前にそびえる石の棺の幻影を見上げた。
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