衣織の物語85「synchronicity(シンクロ)」18
先生「辛い話が続いたけど、みんな、大丈夫?」
私は青い顔をしていたかもしれない。
先生「当時は想起しなかったんだけど、演劇部のプレハブが倒れずに残っていたのを見た時は、あのひどい揺れによく耐えたなって思った……そういうことなので、部室に入る時には、みんな気を付けてね」
先生の軽い冗談に、部員のみんなは乾いた笑いで返した。
影山「揺れによる骨組みの金属疲労が心配ですよね」
遠藤「一度ぶつけたヘルメットは、使わない方がいいっていうし」
部長「ホントは立入禁止なのではないですか?」
普段は真面目な部長さんが、先生にちょっかいを出した。
先生「そーだな。でもお前たちは気に入ってるだろう? 秘密基地みたいで」
部員たちはみな、結構強めにうなずいた。
先生「もうすぐ日が暮れそうだし、今日はここまでとするか」
全員「ハイ」
部長「挨拶して終わろう」
全員「ハイ」
部長「これで今日の演劇部の活動を終わります。ありがとうございました」
全員「ありがとうございました」
先生はちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。このあとでもそうだったのだけれど、震災時の体験を話すとき、先生は私たちに誠実に向き合うと同時に、いつも何か照れくさそうな顔をする。自身の記憶と感情をそのまま吐露する恥ずかしさなのか。でも、私もその気持ちはなんとなくわかる。同じ辛い目にあった私たちだからこそ、より深く相手の思いを感じ、受けとめることができるように思う。
つらい経験は、当事者しか本当には理解できないのかもしれない。もしそうだとすると、この思いを、震災を経験していない観客がいたら、どう伝えたらいいんだろう。もしかしたらそこにもまた別の難しさがあるのかもしれない。
震災の話は、さまざまな人たちの心と物語が交錯する。私はキャストとして、それをどう伝えていけばいいのだろうか。
帰り道の自転車は、デコボコの砂利道を不安定に走っていた。背中に重い鞄を背負ったままの走行は、なかなか大変だった。私は片方のペダルに全体重を乗せ、自転車を左右交互に傾けながら踏みしめ、前に進んだ。
家に着くころには、背中にべっとりと汗が染みているのが分かった。これではお気に入りの制服も台無しだ。早く脱いで洗濯しなきゃ。ママがやってくれると楽なんだけど。
玄関わきに自転車を止め、私は家の中に飛び込んだ。「ただいまー」という挨拶に、ママはすぐに「おかえりー」と返してくれた。
ママ「すごい汗! シャワー浴びて、着替えたら?」
私「御意!」
ママはきれい好きなので、汗臭いのが大嫌いだ。洗面所もいつも清潔に整えられている。心で感謝し、言葉にはせぬ。それが私の流儀。
熱めのシャワーがかえって心地いい。シャワーの温度の違いもちゃんと味わえる年齢になったものだと、ひとり悦に入る私。
部屋の中ではTシャツと短パンで過ごせる季節へと移った。炭酸を片手に、もう一方ではうちわであおぐ。今日は早めに帰宅していたパパが、「オヤジの貫禄が醸し出されてるなー」と、テレビを見ながら要らぬことを言う。「オヤジはお前だ」と心で呟きつつ、炭酸をグビッといただく。至福とはこのことを言うのだろう。
パパ「最近、学校はどうなの?」
毎晩お酒をたしなむパパの今日のお供はビールのようだ。
私「『どう』とは?」
パパ「あなたは会話が単語でできている。文章にせよ」
私「部活も楽しー。勉強はボチボチ」
パパ「それは良かった。楽しいんであれば。なあ、ママ」
ママ「演劇が面白いみたいよ。初めたばかりだけど」
パパ「そーか。俺も大学時代、演劇部の友人がいた」
初耳である。ちょっとビックリ。私の多少の興味を感じたらしく、パパは続いて話しだした。
パパ「同じ科の女子が、大学の演劇部で役者をやってた。だから時々、見に行った。あんまり話したことはないけど」
それは「友人」の名に値するのだろうかという疑念を抱きつつ、パパがまったく演劇に縁がないわけでもないことを知り、ちょっとうれしかった。
パパ「それから、他の演劇も見るようになった。アングラとかも」
私「アングラ?」
パパ「薄暗い劇場で行われる怪しい演劇」
ママ「その説明、あってるのかなー?」
パパ「中らずと雖も遠からず」
私はのちほど検索することにした。パパの説明は、いつも簡潔すぎて要領を得ない。私が単語で会話するのも、遺伝と考えられる。
パパ「それにしても、中学ではパソコン部だったのに、急に演劇部に入ったから、驚いた」
私「……」
ママ「何かに魅かれたんでしょ」
正解である。動物的な勘が働く人である。でもまさか、壊れかけのプレハブに魅かれたとは言えない。「危険」という名目で、ふたりから退部を命ぜられる恐れがある。
その夜、私は布団の中で思っていた。活動は楽しくも、深刻なテーマの演劇活動。それをバカ話で癒してくれる家族たち。どちらも私という存在の心の平衡を保ってくれる、得難い存在だ。
(先日、三陸沖で大きな地震がありました。被害に遭われた方々へ、お見舞い申し上げます)
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