表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
衣織の物語  作者:
87/89

衣織の物語85「synchronicity(シンクロ)」18

先生「辛い話が続いたけど、みんな、大丈夫?」

 私は青い顔をしていたかもしれない。

先生「当時は想起しなかったんだけど、演劇部のプレハブが倒れずに残っていたのを見た時は、あのひどい揺れによく耐えたなって思った……そういうことなので、部室に入る時には、みんな気を付けてね」

 先生の軽い冗談に、部員のみんなは乾いた笑いで返した。

影山「揺れによる骨組みの金属疲労が心配ですよね」

遠藤「一度ぶつけたヘルメットは、使わない方がいいっていうし」

部長「ホントは立入禁止なのではないですか?」

 普段は真面目な部長さんが、先生にちょっかいを出した。

先生「そーだな。でもお前たちは気に入ってるだろう? 秘密基地みたいで」

 部員たちはみな、結構強めにうなずいた。

先生「もうすぐ日が暮れそうだし、今日はここまでとするか」

全員「ハイ」

部長「挨拶して終わろう」

全員「ハイ」

部長「これで今日の演劇部の活動を終わります。ありがとうございました」

全員「ありがとうございました」


 先生はちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。このあとでもそうだったのだけれど、震災時の体験を話すとき、先生は私たちに誠実に向き合うと同時に、いつも何か照れくさそうな顔をする。自身の記憶と感情をそのまま吐露する恥ずかしさなのか。でも、私もその気持ちはなんとなくわかる。同じ辛い目にあった私たちだからこそ、より深く相手の思いを感じ、受けとめることができるように思う。


 つらい経験は、当事者しか本当には理解できないのかもしれない。もしそうだとすると、この思いを、震災を経験していない観客がいたら、どう伝えたらいいんだろう。もしかしたらそこにもまた別の難しさがあるのかもしれない。

 震災の話は、さまざまな人たちの心と物語が交錯する。私はキャストとして、それをどう伝えていけばいいのだろうか。


 帰り道の自転車は、デコボコの砂利道を不安定に走っていた。背中に重い鞄を背負ったままの走行は、なかなか大変だった。私は片方のペダルに全体重を乗せ、自転車を左右交互に傾けながら踏みしめ、前に進んだ。


 家に着くころには、背中にべっとりと汗が染みているのが分かった。これではお気に入りの制服も台無しだ。早く脱いで洗濯しなきゃ。ママがやってくれると楽なんだけど。

 玄関わきに自転車を止め、私は家の中に飛び込んだ。「ただいまー」という挨拶に、ママはすぐに「おかえりー」と返してくれた。

ママ「すごい汗! シャワー浴びて、着替えたら?」

私「御意!」

 ママはきれい好きなので、汗臭いのが大嫌いだ。洗面所もいつも清潔に整えられている。心で感謝し、言葉にはせぬ。それが私の流儀。

 熱めのシャワーがかえって心地いい。シャワーの温度の違いもちゃんと味わえる年齢になったものだと、ひとり悦に入る私。


 部屋の中ではTシャツと短パンで過ごせる季節へと移った。炭酸を片手に、もう一方ではうちわであおぐ。今日は早めに帰宅していたパパが、「オヤジの貫禄が醸し出されてるなー」と、テレビを見ながら要らぬことを言う。「オヤジはお前だ」と心で呟きつつ、炭酸をグビッといただく。至福とはこのことを言うのだろう。


パパ「最近、学校はどうなの?」

 毎晩お酒をたしなむパパの今日のお供はビールのようだ。

私「『どう』とは?」

パパ「あなたは会話が単語でできている。文章にせよ」

私「部活も楽しー。勉強はボチボチ」

パパ「それは良かった。楽しいんであれば。なあ、ママ」

ママ「演劇が面白いみたいよ。初めたばかりだけど」

パパ「そーか。俺も大学時代、演劇部の友人がいた」


 初耳である。ちょっとビックリ。私の多少の興味を感じたらしく、パパは続いて話しだした。

パパ「同じ科の女子が、大学の演劇部で役者をやってた。だから時々、見に行った。あんまり話したことはないけど」

 それは「友人」の名に値するのだろうかという疑念を抱きつつ、パパがまったく演劇に縁がないわけでもないことを知り、ちょっとうれしかった。

パパ「それから、他の演劇も見るようになった。アングラとかも」

私「アングラ?」

パパ「薄暗い劇場で行われる怪しい演劇」

ママ「その説明、あってるのかなー?」

パパ「(あた)らずと(いえど)も遠からず」

 私はのちほど検索することにした。パパの説明は、いつも簡潔すぎて要領を得ない。私が単語で会話するのも、遺伝と考えられる。

パパ「それにしても、中学ではパソコン部だったのに、急に演劇部に入ったから、驚いた」

私「……」

ママ「何かに魅かれたんでしょ」

 正解である。動物的な勘が働く人である。でもまさか、壊れかけのプレハブに魅かれたとは言えない。「危険」という名目で、ふたりから退部を命ぜられる恐れがある。


 その夜、私は布団の中で思っていた。活動は楽しくも、深刻なテーマの演劇活動。それをバカ話で癒してくれる家族たち。どちらも私という存在の心の平衡を保ってくれる、得難い存在だ。




(先日、三陸沖で大きな地震がありました。被害に遭われた方々へ、お見舞い申し上げます)


#小説

#高校生

#東日本大震災

#演劇部





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ