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衣織の物語  作者:
86/89

衣織の物語84「synchronicity(シンクロ)」17

先生「3月11日の地震の時、先生は、この高校で6時間目の授業をしていた。午後2時46分発災だから、授業終了の3時まで、あと15分ほどというところだった。教室のあちこちから、次々に何かの音が鳴り始めた。次の瞬間、大きな揺れが学校を襲った。さっきの音は、緊急地震速報の警戒音だったとその時に気づいた。巨大な何者かが両手で校舎を鷲づかみにし、縦に横にガシャガシャゆする。その力のあまりの大きさに、こんなに重い校舎を軽々と持ち上げることができる存在があるのかと感じた。縦揺れとか横揺れとか定まらない、とにかくメチャクチャに校舎がゆすぶられている。ガラスの割れる音、柱や壁のゆがみきしむ鈍い音、生徒たちの叫び声、外の地鳴りの音、それらが混じって世界が揺れていた。

 ふつうに立っていることもできない非現実感。開けたドアを手で押さえていたのは、通路の確保と自身の自立のためだった。サーフボードの上に立っているような感覚。不快感と現実感の無さがないまぜになり、それは、「大丈夫」という根拠のない確信を抱かせ、また私の顔に笑みを浮かばせた。あまりにもひどい状況に、私は笑ってしまっていた。教師の笑顔は生徒を安心させるだろうというとっさの思いもあった。

 しかし、とにかくここで耐えなければならない。今、避難のために動くことは、かえって危険だ。私はそう思いながら足を突っ張り立っていた」


 先生は、当時を思い出しながら、訥々(とつとつ)と語った。その表情は意外に静かで、過去を一つずつ確認しながら言葉にしているようだった。


先生「その晩、浪江町にある妻の実家に避難した私たち家族は、翌日の朝、妻の両親と一緒に避難することになった。脚本にもある通り、朝から防災無線が繰り返し聞こえてきた。そのセリフも脚本の通りで、『総理大臣から、避難命令が出されました。至急避難してください』というものだった。一旦、原発に甚大な事故が起こると、こんなことになる。こんな目に合う、と思い知った」


 先生は一つ息をついた。


先生「脚本には、『役所が用意したバス』とあるけど、私たちは自家用車二台に分乗して、浪江町の北西にある津島へ向かって避難を始めた。移動手段のない人たちは、町が用意したバスに乗り込み、避難した。津島へ向かう国道114号線はひどい渋滞で、なかなか前に進めない。その間にも、自分たちの後ろから、放射性物質が襲ってくるのではないかという恐怖が、強く重くみんなの心を圧していた。時々、がら空きの反対車線を浪江方面に向かう車と出会った。この状況で原発に近づく危険を冒すのはいったい何者だろうと思ってよく見ると、車の中に乗っている人は皆、防塵マスクと白いタイベックスを着ていた。それを見て、放射能の恐怖がさらに増した。絶対に安全だと聞かされていた原発が、まさかこんなことになるなんて」


 先生は、しばらく言いよどんだ。


先生「続くセリフは、津島の避難所になった集会所で、他の避難者たちが話しているのを聞いた内容だ。それぞれの場所から避難してきた人たちが、誰ともなく話している。近所の海岸の漁港は津波につぶされ、家も橋も電柱も、すべてが波にさらわれた富岡町の人。がれきの下から助けを求めるうめき声が聞こえてきたという浪江町の人。大きな余震は、二日目も避難所となった集会所を揺らし続け、そのたびに人々は天井を見上げた。だからこのあたりのセリフはみな、先生が実際に経験した内容なんだ」


 うつむいたままそう言うと、先生はふと私たちに視線を移して言った。


先生「みんなもそれぞれ辛い体験をしたと思う。思い出させてごめん」


 私も、当時のことを思い出していた。ママに抱かれておじいちゃんの家から飛び出したこと。ママが、片手で庭の植木に(つか)まり、もう一方の手で私をしっかり抱きしめていたこと。遠く海の方から何度も聞こえてくる地鳴りの音。私は耳を両手でギュッとふさいでいた。その上から、瓦が落ちる音が聞こえた。目を開けると、おじいちゃんの家が大きく揺れ、二階がちぎれ落ちそうだった。そばに停めていた車に、瓦が降り注いだ。


 ……先輩方の表情は沈んでいた。誰も言葉を発しない。それぞれの体験を思い出しているのだろう。


私たちの周りは、既に赤い夕闇が包んでいた。

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