衣織の物語81「synchronicity(シンクロ)」14
ユウを探すアオイの声がしばらく続いて聞こえてくる。
上手からアオイ走って来る。
アオイ あいつ、いったいどこに行ったんだ?
アオイは肩で息をしている。疲れた表情で座る。頭を抱える。
下手からライトの点滅が漏れ出てきて、やがて消える。そこにユウ、下手から静かに歩いて登場。
アオイ(立ち上がり)いったいどこに行ってたんだ、ユウ! 必死に探したんだぞ!
ユウ無言。アオイ、ユウが手に持っているものに気づき、
アオイ それは何? どうしたんだ?
ユウ 浜辺で……見つけた……拾ったんだ……(手にはきれいな貝殻)
アオイ 外に出たのか? 勝手に出ちゃだめじゃないか! 高線量被曝をしたら、どうするんだ!
ユウ (貝を見つめ)今朝、窓から見えたんだ。朝日に光ってた……ここに、こうして、じっとしていると、息がつまる……息が苦しくなって(ハァハァ)心臓が、まるで別の生き物のように動き出す……(胸を両手で押さえる)……この海には、まだ、こんなにきれいなものがある……(ハァハァ)それを僕たちが壊してしまった……ニンゲンが汚してしまった……(ハァハァ)もう元には戻らない……
アオイが背中をさすり、なだめると、ユウはやがて落ち着きを取り戻す。 (「シンクロ」より)
私「「ユウを探すアオイの声がしばらく続いて聞こえてくる」というところは、実際は、どうやるんですか?」
部長「アオイが舞台袖にはけてから、幕の中であちこちの方向に向かって「ユウ、ユウ」って呼び続ける」
副部長「そうすると、客席には、まるでアオイがユウを探し回ってるように聞こえる」
私「なるほどです」
遠藤「今回は2人芝居だけど、以前上演した時にはキャストが4人だったんだ。だから、みんなでそれぞれがユウを探してる雰囲気がとてもよく出てた」
私「4人の芝居だったんですか?!」
副部長「そう。それぞれの事情を抱えた登場人物の関係性が、より複雑に描かれてたよ」
影山「俺みたいな天才肌の科学オタクもいた。ほんとはその人物が、放射能無毒化の研究をしてる設定だった」
遠藤「俺はお前を無毒化したい……」
影山「今日は毒は無いだろ」
遠藤「まあ、許容範囲か?」
影山「許容範囲とは」
遠藤「みんなにまだあまり迷惑が掛かっていないという意味」
影山「いつもは迷惑なのか?」
遠藤「大丈夫。他の人との間に俺が身を挺して入っているから、そこで若干防がれてる」
影山「俺は邪魔者なのか……」
副部長「そんなことないよ。みんな、あなたを認めてる」
影山「……」
副部長「遠藤くん、そんなに追い詰めないの。ちょっと言い過ぎよ」
遠藤「……すまん」
部長「影山はうちの部活の大事な戦力だと思ってる。から、安心しろ」
影山「部長……」
部長「練習を続けよう。副部長、上手から走ってきて」
副部長さんは、「ハイ」と返事をし、上手に移動した。そこで、足をバタバタさせている。それを見て、私は思わず、「何やってるの?」とつぶやいてしまった。そのしぐさが、ちょっとかわいかったから。すると、それを聞きとがめた遠藤先輩が、「走り回って一生懸命ユウを探してる感を出そうとしてるんだ」と言った。副部長さんの呼吸が次第に荒くなってきた。そうして、副部長さんは走って登場した。
副部長「あいつ、いったいどこに行ったんだ?」
副部長さんは肩で息をし、疲れた表情で座り、頭を抱えた。
次は私の番だ。私は、下手から静かに歩いて登場した。
副部長「(立ち上がり)いったいどこに行ってたんだ、ユウ! 必死に探したんだぞ! (私が手に持っているものに気づき) それは何? どうしたんだ?」
私「浜辺で……見つけた……拾ったんだ……(貝殻を忘れちゃったから、ポケットに入ってたペンで代用。副部長さんも笑いをこらえてる)」
副部長「ユウ、外に出たのか? 勝手に出ちゃだめじゃないか! 高線量被曝をしたら、どうするんだ!」
すぐに役に戻るのがサスガだ。私も負けてはいられない。一つ息をついて、
私「(貝ならぬペンを見つめ)今朝、窓から見えたんだ。朝日に光ってた……ここに、こうして、じっとしていると、息がつまる……息が苦しくなって(ハァハァ)心臓が、まるで別の生き物のように動き出す……(胸を両手で押さえる)……この海には、まだ、こんなにきれいなものがある……(ハァハァ)それを僕たちが壊してしまった……ニンゲンが汚してしまった……(ハァハァ)もう元には戻らない……」(このレベルのセリフでも、まだなかなか覚えきれない汗)
副部長さんは私に寄り添い、やさしく背中をさすってくれた。その手から、彼女の体温と気持ちが伝わってくる。私は本当に落ち着きを取り戻すことができた。
私「母のような温かさと安らぎを感じました」
副部長「エッ、なに?」
私「副部長さんが、本気でユウを心配している、本当のアオイのように感じました」
副部長さんは、ちょっと赤くなった。
副部長「ありがと」
影山「副部長は役が憑依するからな。天性のものだ」
遠藤「エラそうだね」
影山「ほめてんだけど」
副部長「ありがと」
彼女は照れると言葉が短くなるんだと知った。
私「この場面も、観客にはわかりにくいですね」
部長「そだね。物語が観客には閉じられているから。観客は、外に出ることがどうしてそれほど危険なのかがわからない。セリフから、どうやら外の世界は、高線量で覆われているようだけど、その理由もわからない。だから、アオイの緊迫感に共感できない。でも、最後には理解できるから、キャストはそれを信じて演じるしかないという場面だね。従って、役者はより緊迫感を強く出さないといけない。たとえば、「被曝をしたら、どうするんだ!」のセリフは、強く叱責する感じで」
私「それと、ユウの、「今朝、窓から見えたんだ。朝日に光ってた」のセリフも、恍惚感というか陶酔というか、な感じを出した方がいいと思ってやったんですけど、どうでしたか?」
副部長「そだね。ユウは外の世界にとても憧れを持っている。たとえそれが、高濃度の放射性物質が降り注いだ後だとしても」
遠藤「続く、息が苦しいシーンは、良かったと思うよ」
私「ホントですか! ありがとうございます!」
影山「俺もそー思った」
私「私、いま、心臓が、まるで別の生き物のように動き出してます!」
一瞬、その場は凍った。私は自分の失態を、光よりも早く悟った。聖書には、『試すなかれ』という文言があるそうだけど、これがそうなのだろう。私の危機を救ってくれたのはやはり、部長さんだった。その方法は、軽くスルーするというものだった。
部長「次の、「この海には、まだ、こんなにきれいなものがある」の部分も良かったと思う」
副部長「愛惜していたものが、ある日突然簡単に奪われてしまった苦悩……私たち自身、みんなそれぞれ大切にしていたものを、震災によってたくさん失ったから……」
その時私は、置き去りにされて亡くなった愛犬を思い出していた。地震、津波という自然災害と、原発事故という人的災害の三重苦。何が日常を壊し、故郷を汚してしまったのか。もう二度と元には戻らないという重い十字架を背負って、人は生きていかなければならない。
#小説
#高校生
#東日本大震災
#原発事故
#演劇部




