衣織の物語77「灯(あかり)という友人」1
崩れかけて傾いた屋根。崩壊寸前の美というものがあるのだとしたら、本校の演劇部プレハブは、その最有力候補の資格を有しているだろう。その入り口に立つとき、私はいつも崩れゆく姿への憧憬を覚える。人が老いるということも、これと同じなのだろうか。
そんなどーでもいーことに思いを巡らせている私の背中をどやしたのは、新しい学校でまだ唯一の友人と言っていい灯だった。ローソクの灯火ではない。人の名前だ。屋根のカケラだけが遠くに見える部室をベランダから眺めていた私を覚醒させてくれた人。
実は彼女には、私にだけ打ち明けてくれた過去がある。学校が始まってまだ間もない時期に転校してくるという離れ業を成し遂げた理由は、まだ誰も知らない。彼女は何と、四国の田舎からはるばるこんなところにまでやって来た。転校するなら入学の時に来ればいーじゃないかと、ふつうは思う。彼女は普通ではない。彼女はしびれを切らせた。中学まで自分にさんざんつきまとってきた男子との、高校入学式での邂逅。その驚きは想像するに余りある。だって、相手は、都市部の高校に入学するという話だったからだ。かつての意気揚々とした心持ちから悲嘆に暮れる日々数日。このままではどうにも我慢ならぬと悟った彼女は、両親に、どーにかならんかと申し出、数度に渡る家族会議の末、遠く離れたこの地にはるばるやって来た。聞けば、父親の故郷だという。そうして、父親と一緒に来たという。「転住」という形式が、これで見事に整えられた。父親の仕事はどーしたんだろうという私の疑念は、「前の仕事を辞めちゃって、なんか、テキトーに働いてる」という彼女の説明で晴れた。無理やり納得させられた感があるけど。家計はホントに大丈夫? 夫婦間に別のトラブルが? などと、要らぬおせっかいの心がむくむくと頭をもたげたが、あえて押し下げておいた。
その男子の「つきまとい」について、彼女は「いじめ」と主張するけど、話の内容から分析すると、彼女への好意であるようだ。気になる異性へのちょっかいは、たとえそれが暴力に近いものでも、これであることが多い。特に、言葉で表現するのが苦手なおバカ男子は、必ずそうなる。女子にとっては厄介な相手だ。
と、いうことで、私のように上品な貴族の相手としてはやや元気すぎる友人・灯なのだが、これも縁だとあきらめた。なぜなら、妙に気が合うから。思慮深い私。考えも無しに行動する彼女。静寂を好む私。げらげら笑い、快活そのものの彼女。対照的だからこそ、プラマイゼロになるのか? この考えは間違い? 異質な存在への興味?
でも、彼女に言わせれば私は、自分に似ているそうだ。おっちょこちょいで甘ったれ。人の話を半分以上聞いていない。どーでもいーことにすぐ感動する。
おかしい。そんなことはない。私は貴族だったはずだ。その優雅さと気品は、言葉を発せずともかぐわしい香りを漂わせ、周囲のものたちを陶酔させる。はずだ。やっぱりおかしい。彼女の認識には誤りがある。
疑問が解けぬ私は、彼女との関係について、演劇部の先輩方にお伺いを立てたことがある。しかし、ニヤニヤするだけで答えをはぐらかすばかり。やっぱりおかしい。
それで、灯の話に戻るけど、彼女は箏曲部に入部した。お琴を演奏する部活動。ひとことで言えば、似合わない。お琴は彼女とは正反対だ。めったやたらにかき鳴らす姿は容易に想像できる。しかし、学校案内のパンフには、麗しい女子たちが並んで座っている画像が掲載されていたはずだ。ためしにその中のひとりの女子を、無理やり彼女に置き換えてみたけれど、やっぱり似合わない。そもそも静かに正座し続けることはできるのか? おとなしい女子たちの中で浮かない?
でも、彼女は楽しいと言う。私に合ってると。
つくづく世の中にはおかしなことがあるものだ。
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