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衣織の物語  作者:
76/89

衣織の物語74「地区演劇生徒理事会」14

 その後、交流会は中休みに入り、私は、気になる上遠野さんを探すため会場内を回遊した。先ほどまで他人だった者たちが、目を輝かせて談笑している。非常なる通行の妨げだが、これは若者の特権だろうと大目に見ておいた。

 それにしても上遠野さんはどこにも見当たらない。トイレかなと思って廊下に出ると、行き止まりのスペースに彼女の後姿が見えた。

 私は驚いた。彼女が泣いていたから。明らかにではないけれど、でも人に知られぬように泣いていた。いったいどうしたんだろう?


 その手にはスマホが握られていて、誰かと話をしているようだった。小声なので、相手や内容は解らない。うつむく後ろ姿が、小刻みに震えている。表情がうかがえない。でも、交流会を抜け出し、小声で話しているからには、何かの事情があるはずだ。

 遠目に眺めながら、私は勝手な想像を巡らせていた。ご家族が事故にでも遭ったのか?  彼との別れ話? いずれにしても「不幸」が彼女を襲っている。彼女は悲しみの中にいる。もしそうだとしたら、寄り添い慰めたい。でも、こっちは既に親友のつもりでも、彼女にとって私は見知らぬ怪しい高校生女子演劇部員。いきなり肩を抱くこともできない。

 でもとても気になる。どうしよう。


 やがて彼女はひとつ小さくうなずき、スマホを下におろした。その手のひらには力がこもり、スマホを握りしめている。おでこのあたりに手を添えた次の瞬間、振り向いた彼女の顔は、いつもの表情に戻っていた。私はまるでドラマの一場面を見たかのようなある感動を覚えた。悲しみの演技と回復の演技を見たようだった。それは真実なのだろうけど、でもどこか架空の物語のような気がした。もしかしたら彼女は、そういう世界に住んでいるのかもしれないという、とても不可思議な感覚。廊下を一歩進むごとに微笑がさらに回復していくスローモーションが、私の記憶に残った。

 まだ子どもの私にはうかがい知れない世界がある。そうして、上遠野さんはそこにいて、一人寂しく悲しみと孤独を抱えている。

 私がその深淵に触れるのは、まだ早いような気がした。


 表現できない深い感慨に包まれたまま、私は生徒理事会の会場に戻った。


 会場はさらにざわついており、連絡先を交換する者がたくさんいた。SNSは便利だけど、フォローとフォローが勝手につながってしまう所が困る。みんなはそのあたりをあまり気にしない。私はとっても気になる。だからうかつにつながれない。従って私のSNSはフォローする人が厳選されている。厳選されすぎて、いまだに十数人だ。でもそれによる不利益はこうむっていない。だからこれでいいのだと思っている。毎日会う人とSNSでつながる必要はない。


 自分たちの交流グループに戻ろうとしたら、その通り道に例の中学時代の同級生・「ほし・けーすけ軍団」がいた。スマホを手にもち、その雰囲気から私とSNSでつながらんとしているようだったが、無視しておいた。


 その後の交流会は、お互いの学校の部活動の活動状況についての連絡会みたいになった。学校によって、それぞれ事情が違っている。

 学校から支給される部活動予算もさまざまで、それに伴い、個人支出の部費も違っている。中には毎月1万円の所もあった。これは、道具、衣装、遠征費などを、毎月積み立てているそうだ。演劇部も、結構お金がかかるものだ。

 活動時間も、毎日17時で終わるところ。19時までやるところ。週に3日のところ。土日も必ず活動するところと大会前だけのところ。

 何があっても創作脚本を上演するところ。ネットからよさそうなものを探すところ。


 うちの学校は、良く言えばメリハリがついている。基本的に毎日練習があるけれど、通院や体調不良の時には休めるし、それをとがめない。大会前は土日も練習があるけど、それは完成に至るために仕方がない。学校の予算が少ないところだけが困ったところだ。衣装は基本的にキャストが自分で準備する。購入する場合は自費で、上演後はもちろん自分のものになる。傾きかけた部室があり、過去の遺産が残っている。(処分すべきものもたくさんある)

 なにより先輩方がありがたい。上下関係が体育部ばりに厳しいところもあるけど、うちはとてもフランクで、新入生の私にも気を遣ってくれる。顧問の先生も多少変わり者だがいい人だ。高校で私は人に恵まれた。これ以上の幸福は無いだろう。相手に言葉で伝えることは気恥ずかしくてできないけどね。


#小説

#高校生

#東日本大震災

#演劇部

#浪江町

#南相馬市





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