ロドリス家の長男の誕生
今回のお話は誕生から5歳までです。
ぜひ読んで頂けると幸いです!
豪華な装飾が施された寝室の扉の前で、一人の男が落ち着きなく歩き回っていた。
南部をまとめる侯爵家の当主、バルト・フォン・ロドリスである。戦場や政敵を前にしても動じない豪胆な男が、今は部屋から聞こえる妻の苦しげな声に、拳を握りしめて冷や汗を流している。
やがて、静寂を切り裂くように元気な産声が響き渡った。
「侯爵様、どうぞお入りください!」
産婆の声に弾かれたように入室したバルトは、まず汗に濡れた髪をかき上げ、疲れ果てた表情で微笑む妻、エレーナのもとへ駆け寄った。
「よく頑張ってくれた、エレーナ。ありがとう!そしてお疲れさま。」
「ふふ、バルト……アレンの顔を見てあげて」
エレーナの傍らでスヤスヤと眠る、燃えるような黒い髪の赤ん坊。バルトはその小さな命を覗き込み、威厳ある顔をだらしなく綻ばせた。
「初めまして、アレン。私がパパだよ……」
震える手でそっと抱き上げた瞬間、それまで眠っていたアレンが火がついたように泣き出した。
「わわっ! こ、これはどうすればいいんだ!? エレーナ、アレンが嫌がっているぞ!」
「もう、バルト。抱き方が硬すぎるのよ。先が思いやられるわね」
情けない声を出す南部最大の侯爵の父と、それを笑う母。
「アレン・フォン・ロドリス」の人生は、この上ない祝福とともに始まった。
それから五年の月日が流れた。
「アレン様! お待ちください、そんなに走っては危ないですよ!」
領都アズールの活気ある街並みを、一人の少年が風のように駆け抜けていく。その後ろを、世話係の女性ミラが必死の形相で追いかけていた。
アレンが育ったロドリス領は、王国の最南端に位置する。
青く輝くサファイア海に面した港街アズールは、海洋貿易の拠点として栄え、市場には新鮮な魚や見たこともない異国の品々が並んでいる。
一方で、川で区切られた北東西の三方は魔物が棲む広大な森に囲まれており、モンスターのレベルも違うため、初級から上級までの冒険者がそこから得られる素材を求めて多く集まる、富と活気に満ちた土地だった。
「よう、アレン坊っちゃん! 今日も元気だな!」
「アレン様、このリンゴ食べてくかい!」
「みなさん、おはようございます!わぁ、美味しそうなリンゴ!」
街の人々は、若き後継者であるアレンを我が子のように可愛く思っていて、アレンもまた、屈託のない笑顔でそれに応えていた。ただ純粋に、家族を愛し、領民を想う次期領主として成長していた。
アレンは街に出ると決まって行くところがある。
一際賑わっている建物。冒険者ギルドだ。
まだ子供のアレンは中に入ることは出来ないが、屈強な男達や冒険者が持ち帰ってくるモンスターの素材を目を輝かせながら眺めていた。
「いつか僕も冒険者になりたいなぁ」
「アレン様は将来、このロドリス領の領主になるお方です!冒険者なんて野蛮な事はしなくて大丈夫です!」
「ミラ、そんな言い方してはいけないよ。この街は冒険者のおかげでこれだけ活気のある街になっているんだから!」
その話を周りで聞いていた冒険者たちも
(そうだ、そうだ!)
(さすが、坊ちゃん!わかってらっしゃる!)
と、口々にアレンを褒め称え、ミラが"キィー"と怒る。
そんないつもの流れを終えて帰路に着くのだった。
父バルトは、普段は優しい父親だが南部貴族を束ねる厳格な統治者でもある。
「アレン、力なき者を守るのが貴族の義務だ。困っている人がいれば助けてあげるんだよ」
そう説く父は、困窮した領民や南部所属の貴族がいれば自ら馬を走らせ助けに向かう情の厚さを持っていた。しかし、その正義感ゆえに甘い汁を吸いたい腐敗貴族や裏社会の組織からは煙たがられる存在でもあった。
一方、母エレーナは、普段は聖母のように温厚だ。しかし、アレンが悪さをしたり、危険な場所に一人で行こうとすれば、空気が凍りつくような凄みを放つ時がある。
「アレン。お母さんとの約束、忘れてないでしょうね……?」
その瞬間、なぜか屋敷の精鋭騎士たちですら直立不動になるという。
父のバルトでさえエレーナには頭が上がらない様子で、この家の長は母ではないかと思うほどだ。
「にーちゃ! まって!」
屋敷に帰れば、二歳になる妹のリィナが短い足でトコトコと駆け寄ってくる。
「リィナ、ただいま」
アレンが頭を撫でると、リィナは嬉しそうに彼の服の裾をギュッと掴んだ。
家の中でも外でも、アレンは常に誰かに愛され、いつも側には家族がいる。
そんな幸せな中心にいた。
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