帰路道中②【スナッチ】
「アレン、盗賊どもの配置と人数はわかるかい?」
「はい。少し先の茂みに、左右に分かれて隠れています。人数は……だいたい三十人ちょっとです」
対するロドリス騎士団の数は、ガイアスを含めて十人。敵の数は三倍程だ。普通なら冷や汗を流す戦力差だが、バルトは御者台の窓を開け、並走する騎士団長へと視線を向けた。
「ガイアス、聞こえたか? 前方に三十人ちょっとのネズミが潜んでいるそうだ。どうだ? やれるかい?」
バルトは悪戯っぽく口角を上げた。当然、負けるとは微塵も思っていないからこその不敵な笑みだ。
ガイアスもまた、豪快に声を上げて笑った。
「はっはっはっ! バルト様、盗賊三十人程度、私一人でも充分でございます!では、敵に勘付かれないよう他の者に共有してまいります」
「よし、じゃあ任せるよ。いざという時は私も参加させてもらう。アレン、敵が近くなったらガイアスに教えてあげてくれるかい?」
「わかりました、お父様」
馬車がさらに森の奥へと進み、いよいよ赤い光点が近づいてくる。アレンはタイミングを見計らい、窓から身を乗り出して叫んだ。
「ガイアス団長、前方十メートルの深い茂みに、左右に分かれて敵がいます!」
「応ッ! 合わせろッ!」
ガイアスの号令一閃、まずは風魔法を使える騎士団員が先制の一撃を放った。凄まじい風切り音と共に、目に見えぬ刃――【ウインドカッター】が深い茂みを一斉に切り裂く。
「ぎゃあああああッ!?」
「な、何でバレて――」
完璧な奇襲を仕掛けようとしていた盗賊どもは、逆に強烈な先制奇襲を浴びて一瞬で大パニックに陥った。そこへ、抜刀したロドリス騎士団が容赦なく斬り込んでいく。
(……さて、こっちの本命だ)
アレンは馬車の窓から、騎士団と盗賊がやり合っている乱戦の最中を見守っていた。胸中で【スナッチ】の発動を意識し続け、視線を敵へ向けるが特に何も起こらない。やはりある程度近づくか、何らかの条件が必要なのだろう。
そう分析していた時、アレンの脳内マップの死角から、爆発的な速度で接近してくる光点群が映り込んだ。
(……ッ! 別働隊か!?)
「お父様! 団長! 盗賊の別働隊が十人程、高速でこちらに向かっています! おそらく騎乗しています!」
「何だと!?」
アレンの鋭い警告に、バルトが即座に腰の剣を引き抜き、馬車から飛び出した。前方の乱戦を指揮していたガイアスも、目の前の敵を流れるような太刀筋で斬り伏せ、こちらへと引き返してくる。
森の木々をなぎ倒す勢いで突撃してきたのは、馬に跨った十人の男たちだった。その先頭を駆ける、ひと際凶悪な面構えをした男にアレンは鑑定の目を向ける。
【イゴール/盗賊団リーダー】
・スキル:身体強化 Lv.3
(魔力を身体に巡らせることで、一時的に肉体のスペックを底上げする基本スキル。物理・戦闘系において最も汎用性が高い)
・スキル:速剣 Lv.2
(速さと手数の多さに特化した剣術)
(ほぉ……盗賊の分際でスキル二つ持ちか。良いスキルを持ってるじゃないか)
ご馳走を見つけたかのように、アレンの心が冷たく躍った。
リーダーのイゴールは馬を蹴り、凄まじい速度で突進しながら【身体強化】と【速剣】を同時発動。一気にバルトへ詰め寄る。その速度は凄まじく、並走して戻ろうとするガイアスすら間に合わない。
「おおおらぁッ!」
「くっ……!」
バルトは迫り来るイゴールの神速の剣撃を正面から受け止めた。しかし、速度と手数を跳ね上げる二つのスキルを重ねた連撃は凄まじく、バルトは完全に受け流しきれずに後方へと吹き飛ばされた。
「バルト様!?」
ガイアスの叫びが響くが、イゴールは倒れたバルトを追わなかった。彼はギラついた目を、主を失った馬車へと向ける。
(なるほど。お前らの本当の狙いは、侯爵家当主ではなく、俺か)
イゴールが馬車へと歩み寄ってくるのを見ながら、アレンは恐怖するどころか、不敵に笑っていた。
馬車の扉が荒々しく開け放たれる。そこに立つ八歳の子供を見下ろし、イゴールはニヤリと下劣な笑みを浮かべて剣を振り上げた。
「悪いなボウズ。お前に恨みはないが、依頼主からたんまり金を貰ったもんでな。ここで死んでもらうぜ」
振り下ろされる無情の刃。
だが、アレンの瞳には、死に瀕した人間の光など微塵もなかった。
「残念だったな、イゴール」
アレンが冷徹に呟いた瞬間、イゴールの手から、握られていたはずの剣が唐突に消え去った。
【時空魔法】による、刹那の空間移動。
「なにっ――」
次の瞬間には、消えたはずのその剣がアレンの小さな手に握られており、そのままイゴールの無防備な胸元へと深く突き刺さっていた。
「な……ぜ……?」
どくどくと溢れ出る鮮血。何が起きたのかすら理解できぬまま、盗賊団のリーダーは、その場に崩れ落ちて息絶えた。
「アレン様!」
「アレン!!」
向こうから、凄まじい形相でバルトとガイアスの二人が駆け寄ってくるのが見える。
だが、今のアレンにとって、そんな大人たちの心配などどうでもよかった。死体の前に立つアレンの脳裏に、待ち望んでいた『声』と『文字列』が浮かび上がる。
『スキルを奪いますか? はい/いいえ』
(……あはは、本当に奪えるのかよ。最高だな、この世界)
内側から込み上げてくるあまりの嬉しさと歪な悦びに、アレンは口元が引きつるのを抑えきれなかった。周りの大人たちにその狂気的な笑顔を見られぬよう、アレンは必死に俯き、肩を震わせて笑いを堪えるので精一杯だった。




