帰路道中③
バルトとガイアスの二人が、激しい焦燥を顔に張り付かせて馬車へと滑り込んできた。そのわずか数秒前――アレンの目の前に現れたスキルを奪う選択肢。
(……当然、『はい』だ)
『どちらを奪いますか? 速剣/身体強化』
(なるほど、都合良く全部奪える訳ではないのか。ならここはこっちだな)
【スナッチLv.1】
「身体強化Lv.1」「空き」
先ほどまでイゴールが持っていた【身体強化】がスナッチの空きの欄の1つを埋める。しかし、奪ったスキルは相手が持っていたレベルのままではない。他人が積み重ねてきた技術の「核」だけが、レベル1の初期状態となってアレンのスキルへと上書き・インストールされていく。
(今はまだ色々な制限はあるが、やっぱり人から何かを奪う背徳感が最高すぎるわ)
内側から込み上げてくるゾクゾクするようや嬉しさと歪な悦びに、アレンは口元が引きつるのを抑えきれなかった。だが、馬車の扉の向こうからバルトたちの気配が迫る。
アレンは一瞬で前世の牙を隠し、思考を切り替えた。
(さてーー上手く演技しないとな)
アレンは笑いを堪えるために深く俯き、肩を小刻みに震わせた。数瞬の後、バルトが馬車のなかに飛び込んできた丁度のタイミングで、完璧な「恐怖と必死さでボロボロになった子供」の表情を作り、顔を上げた。
アレンの目元には、じわりと本物の涙が浮かんでいた。
「お、お父様……っ!」
「アレン!!」
バルトは息を呑み、即座にアレンの小さな身体を強く抱きしめた。
目の前には、胸を深く刺されて絶命しているイゴールの死体。そして、アレンの手には血濡れた剣。爽やかな美貌を真っ青に染めたバルトは、我が子の無事を確かめるようにその背を何度もさする。
「よく無事でいてくれた……すまない、私が不覚を取ったばかりに、こんな怖い思いをさせた……!」
「お父様、ボク……怖くて、無我夢中で魔法を使い、剣を引き寄せて前に突き出したら……刺さって、しまって……っ、う、うああん!」
アレンはバルトの胸に顔を埋め、声を上げて泣きじゃくった。
その様子を後ろで見守っていたガイアスも、痛ましげに表情を歪める。八歳の幼い子供が、賊の襲撃を受けて目の前で人を殺めざるを得なかったのだ。その精神的ショックは計り知れない。ガイアスはアレンの冷徹な感情など当然知る由もなく、ただただ、馬車内で幼い主の身に起きたあまりにも残酷で辛い出来事に、胸を痛めて拳を握り締めることしかできなかった。
「アレン様……よくぞご無事で。バルト様、ひとまずは残党の処理を」
「……ああ。生き残りがいたら、一人残らず捕縛しろ」
バルトはアレンを抱きしめたまま、低く怒りのこもった声で支持を出した。
しばらくして、アレンが「泣き止んだ」のを見計らい、バルトたちは馬車の外へと出た。
ロドリス騎士団の圧倒的な武力の前に、三十人強いた盗賊どもは総崩れとなり、大半が物言わぬ肉塊へと変わっていた。アレンはバルトの背後に隠れて怯えるふりをしながら、地面に転がっているイゴールの死体へ、そっと【鑑定】の視線を向けた。
(……ほう、やっぱりな)
脳裏に浮かんだイゴールのステータスからは、先ほどまで存在していた【身体強化】の項目が完全に消え去っていた。ただの『ロスト(喪失)』ですらない、最初からそんなものは持っていなかったかのような不自然な空白。
(奪われた側は、スキルを完全に失う。文字通り強奪だな。発動条件は「悪人」な事と、「自分で倒した」この二点か。まだまだ検証が必要だが、自分で倒す事が条件なら、この一件でより難しくなりそうだ。犯罪者や魔物を殺すだけの簡単な話なのにな)
アレンが内心でそんな冷酷な確認を行っていると、前方からガイアスが、数人の騎士に拘束された盗賊の生き残りを引きずってきた。
「バルト様、こいつがリーダーの側近だったようです。今回の襲撃について、少々面白いことを吐きました」
ガイアスに鋭く睨まれ、組み伏せられた男はガタガタと激しく震えながら命乞いを始めた。
「た、助けてくれ! 俺たちは何も知らないんだ! 崖崩れの準備も、この迂回路への誘導も、全部イゴールに指示を受けて動いてたんだ!でも、イゴールが数日前に酒場で自慢してた……!『良い仕事の依頼があった。ロドリス家のガキを始末するか拉致すれば、一生遊んで暮らせるほどの美味い仕事が入った』って……! 本当にそれだけなんだ、信じてくれ!」
「一生遊んで暮らせる、だと……?誰からの依頼だっ!?」
「本当に何も知らないんだ!イゴールが全てやり取りしていたし、貴族相手、しかも侯爵家を襲うなんて、怪しい依頼やめた方が良いって止めてたくらいなんだ!」
バルトの爽やかな顔から、完全に笑みが消え失せた。そこにあるのは、優しい父親ではなく、南部領を統べる統治者(ロドリス侯爵)としての、鋭く尖った眼光だった。
「崖崩れによる正確な誘導の手回しの良さ、そしてただの盗賊団にそれほどの報酬を支払える財力。行きずりの犯行などでは断じてない。明確にロドリス家――いや、アレンを狙った、大掛かりな暗殺か誘拐の依頼だ」
バルトの脳裏に、王都での洗礼の儀、そしてあのきらびやかで腹の探り合いばかりだった夜会の光景がよぎる。ロドリス家の台頭をよく思わないどこかの貴族の仕業か、あるいは、王都の闇に巣食う裏組織が動いたのか。どちらにせよ、一刻も早く領地に戻り、本格的な調査を始める必要があった。
「ガイアス、これより警戒を最大に引き上げる。急ぎ領地へ戻るぞ」
「はっ!」
厳戒態勢のなか、再び動き出した馬車の席で、アレンはバルトに寄り添いながら、静かに黒い思考を巡らせていた。
(俺を狙った依頼主、ねえ……。貴族だろうが、裏の組織だろうが関係ねえよ。前世の俺の組織に手を出したアホどもが、どんな終わり方を迎えたか……この世界の大物たちにも、たっぷりと教えてやる必要があるみたいだな)
アレンは窓の外を流れる薄暗い森を見つめながら、新しく手に入れたスキル【身体強化】の感覚を、自分の肉体に馴染ませるように、静かに魔力を循環させ始めた。




