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『スナッチ・オブ・ザ・ダーク 〜強奪スキルで異世界を支配する〜』  作者: みちお


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晩餐会③

大広間に響き渡る厳かなファンファーレ。

 群衆が左右に割れ、壇上へと進み出たのは、現国王アルバート・フォン・グランゼリアと、その傍らに並ぶ王女シシルであった。

 王たる威厳を纏うその姿に、広間の貴族たちが一斉に深く頭を下げる。


(やはり王妃は姿を見せていないな。身体が弱く、最近は社交の場にほとんど出てこないと聞いていたが、本当のようだ。だからこそ、王女が若くして母君の代わりに王宮の顔として矢面に立っているわけか)


 国王アルバートが、集まった貴族たちへ向けて歓迎と洗礼の祝辞を威厳たっぷりに述べると、大広間には拍手を残して歓談の時間へと移り、晩餐会の通例通り、上位貴族から順に壇上の王族へと挨拶に赴く流れとなった。


 南部の筆頭貴族であるロドリス侯爵家は当然、最上流の順番だ。バルトに連れられ、アレンは王族の前へと歩を進めた。


(国王にも【鑑定】を掛けてみるか?)

 一瞬、そんな思考がアレンの脳裏をよぎったが、すぐに思い直して踏みとどまる。


 自分の魔力は規格外の『S』。ルーク所長のような例外を除けば、並の人間相手なら気付かれるはずもない。だが、眼前にいるのは一国の王だ。どんな未知の魔道具を身に着けているか分からず、万が一にも感知された際のリスクが大きすぎる。


(ここは自重しておくのが正解か。あの所長みたいに国王に鑑定をかけているのがバレれば、どうなるかわかった事じゃないな)


 冷静にリスクを弾き、アレンはバルトの斜め後ろで完璧な臣下の礼をとった。


「ロドリス侯爵バルト、ならびに嫡男アレン。陛下とシシル王女殿下におかれましては、本日の佳き日に拝謁の栄を賜り、至上の光栄に存じます」


 バルトが侯爵としての見事な挨拶を述べると、国王アルバートは先日の謁見の際にも見せた、親しみやすく温厚な笑みを浮かべた。


「堅苦しい挨拶は抜きだ、バルト。先日も謁見の間で話したばかりではないか。今日は子供達の門出を祝いに来たのだ。……相変わらず、アレンは八歳とは思えんほど所作が洗練されているな。やはりお前の不器用さは微塵も遺伝していないようだ」


「陛下、それは先日も申しましたが、私の前で言うことでは……」


「ははは! 冗談だ。アレンよ。改めて洗礼の儀、大義であった。噂ではスキルを三つ授かったと聞いたぞ。滅多にないことで王国の宝だ。まだ自分でもよく分からないこともあるだろうが、大いに励むが良い」


「勿体なきお言葉、深く胸に刻みます」


 アレンは健気で愛らしい少年の笑顔で頭を下げながら、その脳内では猛烈な勢いで思考を巡らせていた。

(……なるほど。あえて具体的なスキル名は口にしなかったが、俺がどんなスキルを得たのか、何かしらのルートですでに把握しているということか。まあ、国家を統治する最高権力者だ。俺だけでなく、すべての子供の洗礼データが直後に国王の元へ入ると考えた方が自然だな。むしろ、本当の切り札である【スナッチ】が『詳細不明のスキル』として処理されているのは、好都合と言うほかない)


 外面は無邪気な子供を演じながら、アレンは国家の管理システムの輪郭を冷徹に掴んでいく。


「バルトよ。……やはり、シシルとアレンの婚姻の件、前向きに考えねばならんな。まだ3歳と幼いが、リアムもいる事だ。それに私もまだ若い。これから子もまだ出来るであろう。これほどお似合いの二人もそうはおるまい。2人が夫婦となり非凡な才能とスキルで国を影で支えてくれれば、次の代も安泰であろう」


リアム王子はシシルとは腹違いの側室の子であると、セバスとの座学の際に聞いていた。生誕のお祝いにバルトが王都へ赴いていた記憶がある。


「陛下、そのお話はまだ早すぎます。いくらリアム王子が居られるからと言ってもまだ3歳。シシル王女とアレンが将来、学園を卒業してからでも遅くないのでは?」


 バルトが苦笑しながらも、父親としての引き締まった目で国王に応じる。アレンは「よく分かっていない子供」の表情のまま照れたように頬をかいてみせた。


(なぜか、あの王女には惹かれるところがあるがアレンの感情に引っ張られているのか?正直、俺としては王女を嫁にもらうなんて面倒で仕方ないんだが。まぁまだまだ先の話みたいだ。今は深く考える必要もないか)


幼いアレンの記憶にも、前世の感覚でも貴族社会の婚姻の重要さがいまいち理解出来ていないアレンであった。


 ひとしきり公式の挨拶が終わり、王族への謁見が一通り落ち着いた頃。夜会はそれぞれの貴族たちが自由に歓談する時間へと移っていた。

 バルトが他の高位貴族たちと政治的な話を始めたのを見計らい、アレンが少し息を抜いていると、不意に背後から声をかけられた。


「アレン様。少し、二人でお話ししませんか?」


 振り返ると、そこにはいつの間にかバルトたちの輪から離れた王女シシルが立っていた。周囲を気遣うような、少しはにかんだ可愛らしい笑顔を浮かべている。

 王女からの直々の誘いを断る理由などない。「はい、喜んで」と応じたアレンは、彼女に案内されるまま、大広間から続く静かなテラスへと出た。

 夜風が心地よく吹き抜け、大広間の喧騒が遠ざかる。


 誰もいないテラスに出た瞬間、シシルは「ふう……」と小さくため息をつき、背筋を伸ばしていた王女としての緊張を少しだけ緩めた。そして、少し悪戯っぽく微笑みながらアレンを振り返る。


「アレン様、これからは王女としてではなく同じ8歳の友人としてお話ししませんか?先ほど、お父様達が婚姻の話をしていた事ですし、まずはお友達として接していただきたいです.....」


「はぁっ?子供がなにいっ.....。いや、友人と言う事でしたらもちろん喜んでなりますが、婚姻の話はまだ子供なのでもう少し後でもよろしいのでは.....」


8歳で結婚の話など、前世の感覚では考えられないアレンは、つい素の反応をしてしまい、慌てて取り繕うのだった。


「ふふふっ。アレン様、貴族社会では幼少時に婚約者が決まる事は、珍しくありませんわ。産まれた時からの許嫁という事もあるくらいですので。でも、アレン様の意外な一面が見れて嬉しいです」


シシルの屈託のない笑顔に断りきれず「分かりました」と答えざるを得ないアレン。


 気遣いのできる彼女らしい、距離を縮めるための可愛らしい提案。シシルはバルコニーの手すりに小さく身を寄せると、夜空を見上げながら、今度は少し寂しげにぽつりと呟いた。


「……実は、アレン様。ううん、アレン君。私も、今日の洗礼の儀で、スキルを三つ授かったの」


「えっ……! シシル様も、三つですか!?」


 アレンは目を見開き、完璧に「初めて聞いて驚いた子供」のリアクションを取ってみせた。もちろん昼間に【鑑定】で確認済みだが、ここで知っている素振りを見せるのは、鑑定の露見に繋がる致命的なミスだからだ。


「ええ。周囲からは『素晴らしい快挙だ』『さすがは王女殿下』って、たくさん褒めていただけるのだけれど……。本当はね、その言葉が大きくて、プレッシャーに押し潰されそうになってしまうの。だって、周囲の期待に応えられるような立派な王女になれるか、私、まだ自分に自信が持てなくて……」


 ドレスの裾を少し握りしめ、不安を打ち明けるシシル。

 それは大広間での完璧な王女としての仮面を外した、年相応の可愛らしい女の子としての、本当の素顔だった。同じく「三つ持ち」という稀有な境遇を持つアレンだからこそ、彼女もこうして心を開いて不安をこぼせたのだろう。

前世で幾多の修羅場をくぐり、人の心理を扱い慣れているアレンにとって、少女のこうした不安を和らげるなど容易いことだった。アレンはふっと表情を和らげ、優しく語りかける。


「シシル様。そんなに一人で抱え込まないでください。僕だって、希少なスキルを三つも授かって、本当は今も緊張で足が震えそうなんです。でも……僕には南部の仲間たちがいます。そして、シシル様には僕がいます」


「アレン君……?」

シシルが驚いたように美しい瞳を丸くする。アレンはまっすぐ彼女を見つめ、爽やかで頼もしい笑みを浮かべた。


「さきほど、陛下とお父様が婚姻のお話をされていましたが、そんなことは関係ありません。僕たちが将来どうなるにせよ、同じ時代に三つのスキルを授かった同士です。学園に入ったら、お互いに助け合いましょう。僕も南部の皆も、全力でシシル様の力になります。二人で力を合わせて、この王国をさらに良くしていけばいいんです」


アレンのその真っ直ぐで優しい言葉は、シシルの張り詰めていた心を温かく解きほぐしていった。シシルは一瞬呆然としたあと、今度は仮面ではない、心からの嬉しそうな笑顔を咲かせた。


「ふふ、アレン君って、本当に不思議……。少しだけ、心が軽くなりました」


「お役に立てたなら嬉しいです、シシル様」


「ええ。学園でアレン君と会えるのが、今から本当に楽しみ。その時は……私のこと、シシルって呼んでね?」


「.....わかりました、シシル。僕も楽しみに待っています」


シシルは愛らしくクスリと笑うと、アレンに向けて小さく手を振る。先に大広間へと戻っていった彼女の可憐な後ろ姿を見送りながら、アレンは夜風に吹かれ、外面の笑顔の裏で今後のプランを確固たるものへと修正していく。


(……うん、完璧だ。一瞬驚いて素が出てしまったが、あれだけの強力なスキルを持つ王女の信頼をこの段階で確保できたのは、今後の色んな局面で生きてくるだろう)


アレンは歪な笑顔をしている自分の顔を、ロドリス家の嫡男としての愛らしい笑顔に作り替え、会場へと戻るのだった。

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