晩餐会②
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グロスタ親子がそそくさと去り、周囲の貴族たちがアレンの対応を賞賛する声が小さく響く中、バルトが愉快そうにアレンの肩を叩いた。
「上手くあしらったな、アレン」
「お父様の顔に泥を塗るわけにはいきませんから」
アレンがそう言って微笑み合っていると、次に一組の親子が近づいてきた。東部で広大な農地を治める農業貴族、ハルスト子爵とその息子だ。
「ロドリス侯爵殿、お久しぶりでございます。本日は御子息が素晴らしいスキルを授かったとお聞きしました。おめでとうございます」
「おお、ハルスト卿!久しぶりだね!全く、神官達の口の軽さは相変わらずだな。でも、ありがとう。紹介するよ、アレン」
「はい!初めまして、ハルスト子爵。アレン・フォン・ロドリスでございます。祝意のお言葉、感謝致します」
アレンの子供とは思えない完璧な挨拶に例の如く目を見開き驚く。
「さすがはロドリス家の神童でごさいますな!我がハルスト家も、本日無事に息子が【土魔法】を授かりましてな。代々の家業を継がせられると、私も安堵しております。ユーリ、ご挨拶なさい」
「はい!お初にお目にかかります、ユーリ・フォン・ハルストです!初めまして、ロドリス侯爵閣下、アレン君!」
(東部の子供が全員エリックみたいな奴ではないんだな)
元気よく子供らしく接してくるユーリにアレンも
「こちらこそ、ユーリ君!」
と、笑顔を返した。
「とても元気があって素晴らしいね!ユーリ君もおめでとう!ハルスト家の【土魔法】による農地開拓は、東部のみならず王国の要だからね」
バルトが応じる中、アレンはさりげなく親子を【鑑定】した。確かに二人とも【土魔法】の文字がある。このハルスト家が代々「土魔法」を受け継ぎ、それを農業に活かして地位を築いているのは社交界では周知の事実だった。アレンが愛想よくハルスト親子と会話を交わす横で、バルトが少し声を潜めてハルスト子爵に語りかける。
「しかし……東部も、上があれだと大変だね」
その言葉に、ハルスト子爵は苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。
「まあ、あの方の目立ちたがり屋には困ったものですが……。幸い、オルフェウス公爵閣下がその辺りにはしっかりと目を光らせてくれていますので、私ども下々の者は救われておりますよ」
(……オルフェウス公爵。確か、陛下のご叔父にあたるこの国唯一の公爵家か。東部の暴走を抑えている重鎮だな)
アレンは笑顔を貼り付けたまま、東部の勢力図を脳内のデータシートへと書き加えていく。
そこへ、ハルスト子爵と入れ替わるようにして、一人の女性が歩み寄ってきた。艶やかなドレスを完璧に着こなした、誰もが振り返るほどの可憐で瑞々しい美女。経営手腕は南部で右に出る者は居ないと噂される「メルローズ商会」の若き商会長、クロエ・メルローズだった。
「ロドリス侯爵殿、ご無沙汰しております。アレン様、洗礼の儀、心よりお祝い申し上げます」
「おお、クロエ! 君も来ていたか。いつも南部の流通を支えてくれて感謝しているよ」
バルトからの信頼も極めて厚い彼女は、大人の男たちを相手に一歩も引かずに渡り合ってきた本物の「やり手」だ。クロエは親しみやすい笑顔を浮かべ、アレンを見つめた。
「ありがたきお言葉、ひとえにロドリス侯爵のお力添えのおかげでございます。アレン様が希少なスキルを授かられたと聞き、我がことのように嬉しく思います。改めて近日中に、お祝いの品を持って領地へご挨拶に伺わせていただきますね」
「ありがとうございます、クロエさん。楽しみに待っていますね」
アレンは完璧な少年の笑顔で応じつつ、彼女にも【鑑定】をかけた。
【クロエ・メルローズ】
商計(算術の上位スキル、商売と交渉の計算に特化した算術。お金の流れを見抜き、利益を最大化するような派生スキルを覚えることができる。)
審美眼(価値や本質を見極めるスキル)
(ほう……)
アレンの口元が、外面の笑顔の裏でわずかに釣り上がった。
男社会の商売界を若い身空で、しかもこの美貌だけでのし上がったわけではない。この最高峰のスキル構成こそが彼女の真の武器だ。
(この女、使えそうだな。前世の知識……この世界にはまだない物を革新的なアイデアとして彼女に売り込めば、莫大な利益を生む。子供の身分でありながら、独立した資金源を確保するための最高の『駒』になってくれるはずだ)
アレンが未来の利権に目を細めていると、一人の若い男が近づいてきた。
30代半ばほど、少し猫背で眼鏡をかけた、いかにも冴えないオタク風の風貌。だがその纏う空気は異質だった。男の名はルーク・フォン・アインハルト男爵。王立魔法・魔道具研究所の所長を務める男だ。
爵位こそロドリス侯爵家より遥か下だが、魔法や魔道具の知識・研究に関しては国内で右に出る者がおらず、その異常なまでの執着と実力から爵位を授かり、王家や貴族から一目置かれている「魔法オタク」の天才だった。
「ロドリス侯爵殿、少しよろしいかな」
「これはアインハルト所長。今夜はお会いできて光栄です」
挨拶を交わす二人を見ながら、アレンは何気なくそのルーク所長にも【鑑定】を試みた。
――だが、その瞬間。
(……っ!?)
半透明のボードは浮かび上がるどころか、頭の奥にパチンと弾かれるような奇妙な衝撃が走った。情報が何も読み取れない。
アレンが微かに目を見開いたその時、ルークは眼鏡の奥の鋭い瞳をわずかに細め、バルトに聞こえないような声でアレンの耳元に囁いた。
「……鑑定はね、相手の魔力が高かったり、スキルレベルが離れすぎていると弾かれることがあるんだよ。それに、敏感な者なら魔力の流れで『何かされた』と気づいて不快に思われることもある。使いどころには気をつけなさいね、お坊っちゃま」
冴えない見た目の裏に隠された、底の知れない圧倒的な切れ物の気配。
アレンの背筋に、冷たいものが一筋流れ落ちる。
自分の魔力は『S』だ。それを平然と凌駕するほどの圧倒的な魔力、そして技術。アレンはただ、息を呑んで小さく頷くことしかできなかった。
「ところで侯爵殿」
ルークはいつの間にかいつもの冴えないオタクの表情に戻り、バルトへ視線を向けた。
「先日、侯爵殿が王都に入られる際の、貴族門の検閲。あそこで門番がグロスタ伯爵から押収した魔道具の指輪ですがね……。先ほど研究所での詳細な解析がようやく終わりまして。……やはり、たちの悪い『魅了』の効果が付与されていました。非常に危険な代物です」
「『魅了』だって!?はぁ.....。あの男はまた物騒な物を持ち込もうとするなんて」
バルトの目が鋭く細められる。王族や高位貴族が集まるこの王都に、洗礼式を控えた時期に「魅了」の魔道具を持ち込もうなど、国家反逆罪に問われかねない暴挙だ。
「ええ。ですが当の本人は『たまたま流れの商人から購入し、ただの装飾品の指輪だと説明されていた。魅了の魔道具だとは知らなかった』としらを切り通しておりましてね。門の検閲を通過する前だったこともあり、今回は証拠不十分として、厳重注意のみで罪には問われないとのことです。……みなさんが巻き込まれずに済んで、本当に良かった」
「城門の門番に感謝しないとね。あの狸親父、相変わらず油断ならないな。門で引っかかっていなければ、今夜あたりどうなっていたか……」
バルトは不快そうに吐き捨て、呆れたようにため息をついた。
その会話を横で聞いていたアレンは、冷や汗を拭いながらも、急速に冷静さを取り戻していく。
(グロスタ伯爵、あの無能なエリックの父親だけあって、やることも露骨で浅はかだな。しかし、このルークとかいう男なかなかヤバい野郎かもな.....。出来るだけ関わりたくないもんだ)
思考を巡らせていると、大広間の入り口がにわかに騒がしくなった。
ファンファーレと共に、国王陛下と王女シシルが会場に入られる旨のアナウンスが響き渡る。
アレンは冷徹な思考を頭の奥底へと瞬時に隠し、再び、無邪気で聡明なロドリス侯爵家の嫡男としての笑顔をその顔に張り付けた。




