第51話:強制冷却(水冷式) ~メルトダウンを阻止せよ~
野生の●●が飛び出した!
「あ、熱い……。肌が焼けるようですわ!」
凛が悲鳴を上げ、顔を覆った。サブ制御室内の温度は既に摂氏50度を突破。中央に鎮座する階層制御用サブコアは、今や巨大な熱の塊へと変貌していた。脈動するたびに、物理的な重圧を伴う熱波が室内に放射される。
「冷却魔法! 頼む、少しでも冷えてくれ!」
帝国の生徒が絞り出した氷の礫は、コアに触れるどころか、その周囲の熱気に触れた瞬間に「シュン」と虚しく蒸発した。
「無駄だ。コップ一杯の水で火事場を消そうとするな」
航はタブレットを叩き、天井の構造図を指し示す。
「この5メートル上に地下水脈がある。天井を爆破して、数万トンの冷水を直接ブチ込む。水冷式・強制冷却だ」
同時に、航の『保全管理の眼』が、暴走するコアの致命的な数値を視界に投影する。
> [CRITICAL ALERT] サブコア熱暴走進行中
> [TEMP] コア表面温度:1200℃(上昇中)
> [STATUS] 冷却システム:完全停止
> [SOLUTION] 緊急冷却推奨:180秒以内に200℃以下へ
◇
「作業開始だ! 葵先輩、爆薬を!」
「任せてっ!」
葵が動いた。彼女は助走をつけると、垂直の壁を駆け上がり、天井の岩盤へと飛びついた。
「はっっ!」
驚くべきことに、彼女は魔力で強化した指先を硬い岩盤へと突き立て、そのまま指をフックにして天井を掴んだ。さらに体を大きくしならせると、強靭な脚力で天井の亀裂に爪先を叩き込み、完全に体を固定する。
「……あいつ、天井に刺さって作業してやがる」
レオが呆然と呟く。
逆さまの状態で人間クランプと化した葵は、航が指示した構造的弱点へ、笑いながら手際よく成形炸薬を貼り付けていく。それは脳筋という言葉では足りない、野生の重機のような光景だった。
航はインカム越しに、彼女の設置作業をリアルタイムで解析する。
> [CONSTRUCTION] 成形炸薬設置:80%完了
> [TARGET] 天井岩盤(厚さ4.5m)
> [CALCULATION] 爆破衝撃:水脈到達に十分(確実)
「設置完了! 逃げるよっ!」
葵が天井から引き抜けるように着地すると、航は全員を隣接する前室へ突き飛ばした。
「扉を閉めろ! 防護壁越しに耐衝撃姿勢だ!」
航が厚い金属扉を閉め、気密を確認した直後、起爆スイッチを押した。
「3、2、1……起爆!!」
◇
ドォォォォォン!!
爆音と共に床が激しく突き上げられる。直後、扉の向こうから「ゴォォォォォ!!」という、怪物の咆哮のような落水音が響き渡った。
ズドォォォォォォォン!!
赤熱したコアに数万トンの冷水が激突し、爆発的な水蒸気が発生した。防護壁越しでも伝わる凄まじい振動と圧力。扉の隙間から、熱を帯びた白い蒸気が猛烈な勢いで吹き出してくる。
「熱いっ!」「扉がひしゃげるぞ!」
蒸気の噴出音が耳を塞ぎ、前室すら一瞬で真っ白な霧に包まれる。だが、その激しい反応こそが、コアから熱を奪っている確かな証拠だった。
航の視界には、凄まじい勢いで低下していく温度グラフが表示されていた。
> [EVENT] 水蒸気爆発検知
> [TEMP] コア表面温度:800℃... 600℃... (急降下中)
> [STATUS] 熱交換効率:最大(MAX)
> [WARNING] 内圧上昇:危険域(排気口へベント中)
◇
数分後、水音が落ち着いたのを見計らい、航は扉を蹴り開けた。
防護壁が開き、溜まっていた熱湯が足元を洗い流していく。
「ゲホッ……水は引いたが、部屋の中はまだ水浸しだぞ!」
カイが咳き込みながら叫ぶ。室内は足首まで水が残り、天井からは未だに雨漏りのように水が滴っていた。
航は真っ先に、部屋の奥にある巨大なコンソール(制御盤)へ駆け寄った。
コンソールの下半分――通常、人が座って操作する高さにあるメイン基盤やスイッチ類は、先ほどの濁流を被り、完全に水浸しになっていた。
「航! 駄目だ、今電源を入れたらショートして全壊するぞ!」
レオの制止の声が響く。
「分かってる! だから下半身は切り捨てる!」
航は迷わず、コンソール下部にあるメインブレーカーを物理的に引っこ抜き、水没した回路をシステムから完全に切り離した。
ショートする原因そのものを排除したのだ。
「水没した基盤は乾くまで使い物にならん。……だが、上は生きてる!」
航はコンソールの上部――頭上の高さにある『非常用バイパス端子盤』を見上げた。ここは水位が届かず、直接の被水は免れている。
だが、蒸気による結露でびっしりと水滴がついていた。このまま電気(魔力)を通せば、やはりショートする。
航はリュックからスプレー缶を取り出した。
「こいつは工業用絶縁・速乾洗浄剤だ。水分を瞬時に弾き飛ばして絶縁膜を作る。……浸水現場じゃ常識だぞ!」
航は背伸びをし、上部のバイパス端子盤に向けてスプレーを猛烈に噴射した。
シュワァァッ! という音と共に、端子に付着していた結露が一瞬で揮発し、保護膜が形成される。
さらに、持参した予備の防水ケーブルを素早く端子に繋ぎ、システムを立ち上げるための仮設回路を組み上げた。
「水没基盤の切り離しよし! バイパス回路、絶縁・防水接続よし! ……仮設再起動!!」
航が上部の非常用レバーを叩き落とした。
ズゥゥゥゥン……。
ダンジョン全体が深く長い振動を上げた。
水没した下部コンソールは沈黙したままだが、上部バイパス回路を経由して、コアへの魔力供給が再開されたのだ。
直後、カチ、カチと順々に音が響き、天井の魔導照明が一つ、また一つと点灯していく。
完全な「闇」が終わり、光が世界を取り戻した。換気ファンが回り始め、澱んでいた蒸気が一気に吸い込まれていく。
航の視界に、待ち望んだ緑色の文字が浮かび上がる。
> [SYSTEM] 再起動シーケンス(Reboot Sequence)開始
> [POWER] メインジェネレーター:オンライン
> [COOLING] 水冷システム:稼働中(安定)
> [STATUS] オールグリーン(正常)
「システム・オールグリーン。全階層、電力復旧」
航はコンソールに背を預け、泥と水にまみれたまま座り込んだ。そこには、蒸気を上げながらも「青色」に鎮まった、安定状態のコアが静かに輝いていた。
「……明るい」
シルヴィアが、眩しそうに天井を見上げた。
レオは、折れた剣を鞘に納め、航を見た。魔法を失った極限下で、指先で天井を掴み、火薬で水を呼び、スプレー一本で機械を蘇らせたこの男を。
「航。貴様は、いったい何者なんだ」
航はヘルメットを脱ぎ、溜まった水を捨てながら、疲れた顔で笑った。
「ただの現場監督ですよ。さて、レオ様。約束通り『荷物持ち』やってもらいますよ? これだけの機材と爆薬代……高くつきますからね」
そう言って航は、水没した部屋の惨状をぐるりと見渡した。
「あーあ。神具を水浸しにして天井までぶち抜いたなんて、インシデントレポートにどう書けばいいんだ。始末書何枚書かされるか分かったもんじゃないぞ……」
魔法が消えた長い夜が明け、現場監督の新たな悩み(事後処理)が幕を開けた。
本日も一日ご安全に!




