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第52話:特異点の帰還

皆様、本日もご安全に!

いよいよ第1学期(ダンジョン実習編)の最終回です。


ガス欠、水没、そしてシステムダウン……。

幾多の労働災害を物理と根性で乗り越えてきたCDSチームも、ついに地上への帰還を果たします。


果たして、航は無事に夏休みを勝ち取れるのか?

そして、帝国のエリートたちが迎えた結末とは――。


最終話『特異点の帰還』、作業開始です!

地上の演習場管理棟に設置された臨時救助本部は、通夜のような沈黙に包まれていた。

魔力供給が復旧してから、すでに一時間が経過している。

本来であれば、階層制御が戻った時点で各フロアの生存確認が取れるはずだった。しかし、最深部である第十五階層からの応答は依然として途絶えたままだ。


「エレベーター、依然として応答なし。第十階層に派遣した先遣隊からも、生存者の報告はありません」


オペレーターの教師が、震える声で状況を伝える。

ロイド教諭は、窓の外で不気味に沈黙するダンジョンの入り口を睨みつけていた。額には脂汗がにじみ、組んだ両手は白くなるほど力がこもっている。


「あり得ん。あのブラックアウトは、明らかに禁断魔法級の過負荷によるものだ。制御を失った魔導炉が熱暴走を起こしていれば、今頃あの一帯は蒸発しているはずだぞ」


ロイドは、自分に言い聞かせるように呟いた。

帝国から派遣された至宝、レオ・バーネット。そして、学院の次期エース候補たち。彼らを一度に失ったとなれば、ロイドの首が飛ぶどころか、国家間の外交問題に発展する。


「あら、心配しすぎよ。ロイド先生」


本部の片隅、最高級のソファーに深く腰掛けたエスティアが、優雅にパフェのスプーンを口に運んだ。この極限状態において、彼女だけがまるでピクニックにでも来ているかのような弛緩した空気を纏っている。


「エスティア様! この状況で何を! 深層には我が校の生徒だけでなく、帝国の特待生もいるのですよ!」


「だから言ってるじゃない。大丈夫よって。あの子――わたるが現場にいるんだもの。あの子は必然以外の結果を許さない男よ。奇跡なんて不確かなものに頼らず、泥臭く、確実に、全員を引っ張って帰ってくるわ」


「佐藤航……? あのFランクが、レオ様を救うと? 冗談も休み休み言ってください!」


ロイドが吐き捨てるように言った、その時だった。


ガコン。


沈黙していたメインエレベーターの制御盤が、突突如として激しい駆動音を上げた。

赤い停止ランプが消え、階数表示が凄まじい勢いで上昇を始める。


「なっ……エレベーターが動いた!? 第十五階層から、直通だ!」

「救助隊、構えろ! 生存者か、それとも暴走した魔物か分からんぞ!」


ロイドの号令で、重武装の教師たちが入り口に殺到する。

やがて、重厚な金属扉が「プシュー」という排気音と共に、左右へと分かたれた。

真っ先に部屋の中に流れ込んできたのは、ひどく泥臭い、そして嗅ぎ慣れない焦げたような匂い――硝煙と、そしてなぜか魚介系の出汁が混ざったような奇妙な異臭だった。


「――ぐ、うう……。私は、もう一歩も歩けん……」


最初に出てきたのは、白かったはずの軍服を黒く染め、幽霊のような足取りで歩く塊だった。

ロイドが、そして周囲の教師たちが絶句する。


そこにいたのは、帝国の象徴であるはずのレオ・バーネット、そしてシルヴィアであった。

だが、その姿はあまりにも無惨だった。

彼らの背中には、現場で急造されたと思われる木材とワイヤーの背負子が括り付けられ、そこには見上げるほどの高さまで魔石の原石と、巨大なミスリルゴーレムの装甲板が積み上げられている。


総重量は、少なくとも一人あたり百キロを超えているだろう。

魔力供給は戻っている。本来なら身体強化魔法を使えば、彼らにとってそれは羽毛のような重さのはずだ。

しかし、レオの膝は生まれたての小鹿のようにガクガクと震え、瞳には焦点が合っていない。


「レ、レオ様!? なんというお姿を……今すぐ救護班を!」


ロイドが駆け寄る。しかし、レオはロイドの顔を見る余裕すらない。

彼はエレベーターを出た瞬間に、背負った荷物を「ドサッ」という鈍い音と共に床へ投げ出した。そのまま、糸が切れた人形のように四つん這いで崩れ落ちる。


「燃料、切れだ。魔力を練る……気力さえ、残って……いない」


レオの唇から漏れたのは、帝国のエリートらしからぬ、弱々しい独白だった。

魔法という奇跡に頼り切っていた彼らは、その根源である精神力を極限まで削り取られた時、ただの、肉体的に追い詰められた少年少女に過ぎなかったのだ。


「あー、お疲れ様です。先生。そこ、フォークリフト通るんで退いてもらえます?」


その後ろから、まるで徹夜明けの現場監督のような、ひどく場違いな声が響いた。

ヘルメットを小脇に抱え、片手には地下の自販機で買ったであろう温かい缶コーヒー。

佐藤航が、首をポキポキと鳴らしながらエレベーターから降りてきた。


その後ろを、葵、カイ、凛の三人が続く。

彼らも泥に汚れ、疲労の色は隠せない。しかし、その足取りはレオたちに比べて驚くほどしっかりとしていた。

葵にいたっては、「あー、シャワー浴びたいわね♡」などと、今しがたメルトダウン寸前のコアを応急処置して帰ってきたとは思えない軽口まで叩いている。


「さ、佐藤ぉぉぉッ!! 貴様、特待生の皆様になんという真似をさせているのだ!」


ロイドが血相を変えて航に詰め寄る。だが、航はコーヒーを一口啜ると、面倒くさそうに片目を細めた。


「真似って……ああ、これですか? これは救助費用および物資提供代の対価ですよ。契約書も指印付きで取ってあります。先生、仕事の邪魔しないでください。今、検収作業の最中なんですから」

「救助費用だと!? 生徒同士で何を!」


「待て……ロイド教諭」


床に伏していたレオが、震える腕でロイドの裾を掴んだ。

シルヴィアに肩を貸されながら、レオは屈辱に顔を歪めつつも、ゆっくりと立ち上がる。

その瞳には、先ほどまでとは違う、ある種の悟りにも似た色が宿っていた。


「今回の演習。我々帝国チームは、佐藤航のチームに完全敗北した」

「な……っ!?」


ロイドの顎が外れんばかりに落ちる。周囲の野次馬生徒たちからも、悲鳴に近いどよめきが漏れた。


「彼らがいなければ、我々は今頃、暗闇の中で窒息するか、餓死するか、さもなくば魔力爆発に巻き込まれて蒸発していた。我々の誇った魔法など、一酸化炭素の前では無力であり、水の一滴さえ、適切な場所に呼び出すことができなかった!」


レオは、航に向かって真っ直ぐに歩み寄った。

かつての傲慢な光は消え、そこには一人の敗北者としての、そして生還者としての潔さがあった。


「佐藤航。……礼を言う。命を、救われた。貴様のやり方は野蛮で、下卑ていて、到底理解しがたい。だが、貴様は我々の誰よりも現場を、そして現実を支配していた」


レオが深く、深く頭を下げる。

帝国の次期将軍候補が、日本のFランク生徒に、衆人環視の中で最敬礼を捧げる。

それは、この魔法至上主義の世界において、地殻変動にも等しい衝撃的な光景だった。


シルヴィアもまた、航の前に立ち、凛とした姿勢で一礼した。


「佐藤様。あなたは我が国のどの宮廷魔導師よりも強い人でした。今回の貸しは、いつか必ず別の形でお返しします。……それと、その、乾燥加工麺(カップヌードル)の代金も、後ほどきっちりと」

「乾燥麺の代金?」


ロイドが呆然と呟く。一体地下で何が行われていたのか。彼の常識では、もはや推測すら不可能な領域に達していた。



数時間後。管理棟のオフィス。

航は、デスクの上に分厚い業務報告書と、目玉が飛び出るような額の機材・消耗品請求書を叩きつけていた。


ロイドは震える手で報告書を捲る。そこには、魔法理論の教科書には一行も載っていないような、異質な文字の羅列があった。


・一酸化炭素(CO)濃度上昇に伴う、メンテナンスダクトへの緊急避難

・工業用潤滑油を用いた、物理駆動型ゴーレムの姿勢制御無力化

火薬式杭打機パイルバンカーによる、同ゴーレムのコア(動力炉)の物理解体

・地下水脈の爆破による、第十五階層サブコアの『強制水冷』

・絶縁・速乾洗浄剤を用いた、浸水基盤の緊急リブート作業

・浸水箇所(メイン基盤)の物理的切り離しおよび、上部端子によるバイパス回路構築


「……狂っている。これはもはや、魔法科高校のレポートではない。ダム工事か、あるいは戦災地の復旧記録だ」


ロイドは眩暈を覚えながら、判定印を握りしめた。

認めざるを得ない。結果として、彼は一人の死者も出さずにシステムを復旧させ、特待生全員を生還させ、さらには管理区画のメルトダウンを『物理的』に阻止したのだ。


「本演習の最終評価を決定する。佐藤航チーム。実技評価は、既存の評価基準であるAや特Aを遥かに超越しており、算出不可能につき――『Unknown(測定不能)』とする」


「あざっす。あ、爆薬代と一斗缶のオイル代、経費で落ちますよね?」


「だがなっ!!」


ロイドが机を叩いて立ち上がる。


「独断での地形改変、および他校生徒への過剰な使役、さらには神具である魔導コアを水浸しにした罪は重い! これらは全て教育的観点から著しく問題がある! よって、素行評価は最低のDだ! 夏休み明けに始末書100枚書いてこい!」


「えぇー……命助けて始末書って、この学校ホワイトどころか真っ黒じゃないですか」


航が肩を落とす。だが、その顔にはどこか、大仕事を終えた後の職人のような、晴れ晴れとした満足感が浮かんでいた。



その夜。

帝国大使館の最深部にて、シルヴィアは本国へ送るための極秘報告書をしたためていた。

封蝋には帝国の紋章が刻まれ、その宛先は帝国の魔導元帥直属の部署となっている。


『――結論として、日本には既存の魔導理論を全て無に帰す、歩く『特異点』が存在します。彼、佐藤航を魔法の物差しで測ることは不可能です。彼が手にしているのは魔法ではなく、積み上げられた必然の知識です。帝国は彼との敵対を避け、最大限の友好関係を築くべきであると具申します。追伸:彼のリュックから出てくる食べ物には、魔薬に等しい中毒性があります。注意が必要です』


一方、航の寮。

数日ぶりに自分のベッドに潜り込んだ航は、天井を見つめながら大きくため息をついた。


「あー……やっと有給(夏休み)だ。もう一生、仕事ダンジョンなんて行かねーぞ。……ミスリルの装甲板、いくらで売れるかな……。あ、葵先輩とカイと凛に配分しなきゃ……」


航は意識が遠のく中、明日からの「何もしない夏休み」を夢見て、深い眠りにつこうとした。

だが、その枕元には、いつの間にか一通の黒い招待状が置かれていた。


『夏休み特別企画! 神と魔人と行く、南国無人島サバイバルツアーのご案内♡

 ※不参加の場合、Unknown評価は取り消し、始末書200枚追加。 エスティアより』


「……ブラック企業かよ、この世界」


航の絶叫が夜の寮に虚しく響き渡り、激動の第一学期――「ブラックアウト・サバイバル編」は、ここに幕を閉じた。


【第一部・一学期編 完】

第一章、これにて完結となります!


連載を追いかけてくださった皆様、本当にありがとうございました。

魔法至上主義の異世界で、ひたすら「現場の論理(コストと安全)」を貫く主人公を描きたくて筆を取りました。


帝国のエリート・レオが航に頭を下げるシーンまで書き切ることができ、よかったです。

ですが、航の「定時退勤」への道はまだまだ険しいようです。


次回は『第二章:無人島サバイバル(という名の新規拠点開発)編』を予定しています!

が、別PFの執筆の絡みや本業の都合もありますので、再開するときは活動報告などで告知いたします。

また、皆様とこの作品で再会きることを楽しみにしています。


▼皆様へのお願い▼

もし本作を楽しんでいただけましたら、画面下部にある【☆】をポチッと押して評価*ていただけますと、めちゃくちゃ嬉しいです!


次の章でも、佐藤航の泥臭くも痛快な現場作業をお届けしますので、よろしくお願いいたします。


ご安全に!

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