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第50話:極限の兵站(ロジスティクス) ~乾燥麺は金貨よりも重し~

いつものお約束回です。

カシャン、カシャン。


静まり返った広場で、金属同士がぶつかる無機質な音が響く。航が、鉄屑となったゴーレムの残骸から、金目のパーツを手際よく仕分けている音だ。


「よし、こっちの関節用魔導シリンダーも回収。しかし航くん、このミスリル装甲板、結構な重さですよ?」

「金になるんだから持つに決まってるだろ。凛、リュックに入れろ」


航たちは淡々と戦後処理を進めている。だが、帝国チームはそれどころではなかった。


「はぁ……はぁ……」


レオとシルヴィアは、その場にへたり込んだまま動けない。第13階層でカレーを食べ、一度は人心地ついたはずだった。だが、その後のダクト行軍と暴走ゴーレムの解体作業に無理やり付き合わされたことで、彼らのエネルギーは完全に底をついていた。


航は作業の手を止めず、チラリと彼らの状態をスキャンした。


> [TARGET] レオ・バーネット

> [STATUS] スタミナ残量:5%(枯渇)

> [WARNING] 低血糖症の兆候あり(思考力低下)

> [CAUSE] 寒冷環境下での熱量消費増大


「腹が、減った……」レオが、力なく呟いた。


「さっきカレーを食べたばかりじゃないか、と言いたいところだが……」航がチラリとレオを見る。


「泥まみれでダクトを這いずり回り、死ぬ思いでゴーレムと戦えば、数時間前のメシなんてとっくに使い果たしてるわな。ましてや魔法が使えないこの寒さだ。人間、体温を保とうとするだけで勝手に体力が削られるからな」


そう、ここは第15階層・管理区画。地熱の届かないこの場所は、冷蔵庫のように冷え込み始めていた。



一行は重い足取りで、第15階層の最深部、サブ制御室へと足を踏み入れた。航が手動で重厚な扉を閉めると、外部の音と冷気が遮断され、不気味な静寂が訪れる。


グゥゥゥゥゥ~~~……。


レオの腹が、情けなく鳴った。一度温かい食事を知ってしまった胃袋は、空腹に対して以前よりも敏感に悲鳴を上げていた。


「食料はもうないのか?」レオが部下に問う。

「あ、ありません……ポーションならありますが……」

「ポーションで空腹と寒さは凌げん」


「湯が沸いたぞ」


航は既に部屋の隅に携帯コンロを設置していた。ボコボコと沸騰する音。そして、航がリュックから取り出したのは、意匠の凝らされた円筒形の容器だった。


『海洋深層水仕立て・乾燥海鮮麺(BIG)』。


「カレーは主食だが、こいつは緊急用の燃料だ。塩分、糖分、炭水化物。極限状態の脳と体に最も効率よくブーストをかける」


航は手際よく人数分にお湯を注ぎ、蓋をする。数分後。


プァァァ……ン。


蓋を開けた瞬間、部屋中に広がったのは、フリーズドライ加工された具材が熱湯で一気に復元される、暴力的なまでに食欲をそそる香りだった。凝縮された魚介のエキスが湯気と共に立ち上り、レオたちの鼻腔を直接蹂躙する。


「ごっ……」


レオの喉が鳴る。カレーの時は施しを受けている感覚だったが、今は違う。「これを食べなければ、もう一歩も動けない」という、生物としての生存本能が彼を支配していた。



「ズルズルッ!!」


航たちが、容赦ない音を立てて麺を啜り始めた。


「はぁ~、生き返るわね♡ さっきのカレー、もう使い切っちゃってたわ!」

葵がスープを飲み干し、熱い息を吐く。


「一杯、いくらだ」

レオが、震える声で問う。


「1万円だ。それと帰りの荷物持ち。……カレーの時の借りに上乗せだぞ」

航はニヤリと笑い、まだ開封していない予備のカップ麺を差し出した。


「頼む。食わせてくれ」


レオはもはや、条件に異を唱えなかった。泥だらけの手でカップを受け取り、熱々の麺を口に運ぶ。


「……っ!!」


それは衝撃だった。強い塩気と、脳を突き抜ける旨味。熱いスープが食道を通るたび、凍えていた末端の毛細血管が拡張されていく感覚。


「う……うまい……。カレーよりも、こっちの方が体に、染み渡る……」

シルヴィアも、無言でカップを抱え、最後の一滴までスープを飲み干した。



「いいか。これが兵站ロジスティクスだ」

航が空のカップを片付けながら言った。


「一度メシを食わせたから終わりじゃない。人間は動けば減るし、寒ければさらに消耗する。目的地に着き、無事に帰るまで燃料を補給し続けなきゃいけないんだ。……あんた達の計画には、その継続性が欠けてた」


レオは、痛感した。自分たちは強い魔法を出すことしか考えていなかった。だが、航は活動し続けるための全てを、このリュックに詰め込んでいたのだ。


「完敗だ。胃袋も、頭の中も」

レオは初めて、航に対して敬意を込めた眼差しを向けた。



「よし。燃料補給も済んだ。あとは再起動させて帰るだけだ」


航が立ち上がり、部屋の中央にある階層制御用サブコアへ向かった。先ほど解体したゴーレムの小さな動力源とは比較にならない、部屋の主柱とも言える巨大なクリスタルだ。

だが、その前に立った瞬間、航の足が止まった。


「ねぇ、航? どうしたの?」

葵が不審に思って声をかける。


「……マズいな」

航の声が、これまでにないほど緊張を帯びていた。


「ただの停止システムダウンじゃない。見てみろ」


全員がコアを見つめる。沈黙しているはずの巨大なクリスタルが、ドク、ドクと心臓のように赤く脈動していた。その周囲の空気は、蜃気楼のように激しく歪んでいる。


航が非接触温度計を向け、同時に『保全管理の眼』で内部温度を計測する。視界に、最悪の警告色が点滅する。


> [DANGER] サブコア内部圧力:臨界点クリティカル突破

> [TEMP] 現在温度:842℃(上昇中)

> [PREDICTION] 炉心融解メルトダウンまで:残り180秒

> [RESULT] 推定被害範囲:第13~15階層 完全消滅


「コア温度、摂氏800度を突破。上昇中。禁断魔法の過負荷でシステムが落ちた際に、逃げ場を失った膨大な魔力がコア内部で内部循環を起こしてやがる。放熱が追いついてない」


「それって、どうなるのですか?」凛が不安げに問う。


熱暴走サーマル・ランナウェイだ」


航は温度計をしまい、全員を壁際まで下がらせた。


「このまま放置すれば、再起動どころか炉心融解メルトダウンを起こす。この階層を支える制御基盤そのものが自壊して、魔力爆発を起こすぞ。第15階層ごと蒸発する」


「残り3分切ってるぞ」


空腹を満たした多幸感は、一瞬で吹き飛んだ。目の前にあるのは、今にも爆発しそうな巨大な魔力の発電所だった。


「……物理的に強制冷却(クーリング)するしかない。それも、今すぐにだ」


本日も一日ご安全に!

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