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第49話:暴走する番人(物理) ~魔法が効かないなら、解体すればいいじゃない~

油の撤去の手間は本当に地獄です。

ゴオォォォッ!!


広場を揺るがす排気音と共に、第15階層の守護者ミスリル・ガーディアンが、その巨大な鉄拳を振り上げた。

狙いは、床にへたり込んだまま動けないレオだ。


「あ……あぁ」


レオは反射的に杖を掲げる。普段なら、無詠唱で光の盾(シールド)が展開されるはずだった。だが、今の杖はただの木の棒だ。何の守りも生まれない。

圧倒的な質量が、頭上から迫る。


ガキィィィィィン!!


凄まじい金属音が鼓膜を裂いた。


「ぐっ……! 重いな……! 強化なしでこれを受けるのは骨が折れるよ!」


レオが目を開けると、そこには剣一本で巨大な鉄拳を受け流す(パリィする)カイの姿があった。

魔法の火花はない。ただ、剣の角度と足捌き、そして重心移動だけで、数トンはある衝撃を横へ逸らしたのだ。


ズドォォン!!

逸らされた拳が床を砕く。


「カイ!? 無事か!」

「なんとかね! でも次は無理だ! こいつ、硬すぎる!」


背後から帝国生徒たちが杖で殴りかかったり、残った魔力を絞り出した微弱な魔弾を撃ったりするが、守護者の装甲には傷一つ付かない。カキン、カキンと乾いた音がするだけだ。


「駄目だ! ミスリル装甲だぞ!? 魔法なしでどうやって倒すんだ!」

絶望的な悲鳴が上がる中、一人だけ冷静に敵を見上げている男がいた。



「……ふん。なるほど」


航はヘッドライトでゴーレムの全身を舐めるように照らしていた。

彼が見ているのは「敵の強さ」ではない。「構造」だ。

同時に、『保全管理の眼』を起動し、巨人の内部構造を透過スキャンする。


> [TARGET] ミスリル・ガーディアン(暴走状態)

> [ANALYSIS] 装甲強度:計測不能インビンシブル

> [WEAK POINT] 右膝関節部:油圧パッキン劣化(耐久値:12%)

> [ADVICE] 推奨打撃点:胸部第3装甲板(接合ボルト緩みあり)


「関節部は油圧――いや、魔力液シリンダー駆動か。ここが脆いな」

航は頷き、インカムのマイクを叩いた。


「総員、注目。これより作業を開始する」

「作業? 戦闘じゃなくて?」カイが剣を構え直しながら問う。


「ああ。倒すんじゃない。解体するぞ」


航はまるで朝礼のように、手際よく指示を飛ばした。


「凛は足元だ。摩擦係数をゼロにしろ。カイは膝裏の継ぎ目(ジョイント)を狙え。葵先輩は、ハンマーで装甲を剥離。俺がトドメを行う!」

了解ラジャー!」



「優雅ではありませんが……転んでくださいまし!」


最初に動いたのは凛だった。彼女がリュックから取り出したのは、魔法のスクロールではない。ホームセンターで買ってきた、四角い金属製の合成潤滑油だ。

彼女は蓋を開けると、躊躇なくゴーレムの足元へぶちまけた。


バシャァッ!!


低粘度のサラサラとした液体が、水のように石畳の上を一瞬で広がる。そこへ、カイを追撃しようとしたゴーレムが大きく踏み込んだ。


ツルッ。


「グルァッ!?」


物理法則は絶対だ。摩擦係数を極限まで奪われた床の上で、数トンの巨体が制御を失う。姿勢制御ジャイロ(平衡感覚)が追いつかず、巨体が大きく後ろへ傾く。


「なっ、油だと!?」レオが目を剥く。

「硬いなら、柔らかい所(関節)を狙う。動くなら、滑らせる。物理の基本だろ?」


航が冷淡に解説する間にも、次の作業員が動いていた。


「そこだッ!」


バランスを崩し、無防備になったゴーレムの膝裏へ、カイが滑り込む。狙うのは、装甲の隙間からわずかに覗く、シリンダーの継ぎ目(ジョイント)


ザシュッ!!


魔法の輝きはない。だが、職人のように正確な一撃が、ゴム製のパッキンと固定ボルトを断ち切った。


プシュゥゥゥ!!


「グオォォォッ!?」

切断面から、青白い魔力液が霧のように噴出する。魔力圧を失ったゴーレムの右足が、ガクンと折れ曲がり、機能停止(ロック)した。


「右舷シリンダー、切断確認! 姿勢崩れました!」

「よし、葵先輩(重機)投入!」



「葵先輩、工具交換! 鉄パイプじゃ軽すぎる!」


航がリュック(拡張鞄)の口を広げる。そこから取り出したのは、柄の長い、巨大な大型スレッジハンマーだ。


「わあ、素敵なプレゼント♡」


葵は鉄パイプを放り捨て、ハンマーを受け取った。ずしりとした重量感が、彼女の手に馴染む。


「ん、これならイケるわね」


彼女は身体強化ブーストを最大出力まで練り上げ、全身のバネを使ってハンマーを振りかぶった。


「開・け・ゴ・マッ!!」


ドォォォォン!!


凄まじい衝撃音が広場に響く。フルスイングされたハンマーが、ゴーレムの胸部装甲に直撃した。いかにミスリルといえど、一点に集中した数トンの衝撃には耐えられない。


ベッコォォォン!!


分厚い装甲が内側にひしゃげ、ひび割れ、剥がれ落ちる。その奥から、赤く明滅する動力炉コアが露出した。


「装甲剥離! コア露出!」

「仕上げだ! 先輩、こいつをコアに叩き込んでください!」


航が最後に投げ渡したのは、武骨な機械。建設現場で使う火薬式鋲打機を、航が独自に改造した怪物工具。

携行式・杭打機(パイルバンカー)だ。


先端には、魔物の甲殻すら貫く極太のミスリル杭(パイル)が装填されている。


「了解!」


葵はハンマーを捨て、空中でその重い機械をキャッチすると、そのまま倒れ込むゴーレムの胸に着地した。そして、露出したコアに先端を垂直に押し付ける。


「さようなら♡」


葵がトリガーを引く。


(ああ……魔力を全く使わないのに、この圧倒的な破壊の予感と反動……! 航くんの指示通りに動くだけで、私は最強の重機になれる。彼の道具として使われるの……たまらないわ♡)


内部で強力なカートリッジが炸裂した。


ズドォォォォォォォン!!


砲撃のような爆音が広場を揺るがす。火薬の爆発力で射出された杭が、音速を超えてコアを貫いた。


パリーン!!


硬質な破砕音が響き渡る。赤い光を放っていたコアが粉々に砕け散り、同時にゴーレムの赤い目から光が消えた。


ズゥゥゥン……。


巨体が完全に崩れ落ち、動かなくなる。沈黙。残ったのは、硝煙の匂いと、余熱でチリチリと音を立てる杭だけだった。



「ふぅ。作業終了」


航はヘルメットの位置を直し、鉄屑となったゴーレムの横で淡々と言った。「お疲れ様でした。……分別は後でいいか」


「床が油まみれですわ……後で掃除するのはわたくしなんですのよ?」

凛がハンカチで顔を拭きながら文句を言う。


「やっぱり、火薬の反動って最高ね♡」

葵はニコニコしながら、熱を持ったパイルバンカーを撫でている。


一方、その光景を見ていた帝国チーム――レオとシルヴィアたちは、口を開けてポカンとしていた。

彼らが知っている戦闘ではない。ただ、油を撒き、管を切り、火薬で杭を打ち込んだ。それはまさに、巨大建造物の解体工事そのものだった。


「消えない……?」

レオが震える声で呟いた。通常、魔物は倒せば黒い霧となって消滅し、魔石を残すだけだ。だが、このゴーレムはその場に残骸として横たわっている。


「当然ですよ」


航が答えた。彼の目には、残骸から立ち昇るシステムログが見えている。


> [TARGET] 古代警備兵器ガーディアン

> [STATUS] 全機能停止シャットダウン

> [TYPE] 機械式ゴーレム(非魔法生物)

> [MATERIAL] 純度99.9% ミスリル合金(極上品)


「こいつは魔法生物じゃない。古代人が作った『自律駆動式警備ロボット(物理)』だ。動力が止まれば、ただの鉄屑としてそこに残る。……ま、いい素材スクラップにはなりますけどね」


(こいつら……本当に人か? ……いや、業者か?)


レオは恐怖と畏敬の混じった目で、鉄屑の山を見つめた。魔法を失った世界で、彼らはあまりにも強すぎた。

本日も一日ご安全に!

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