第49話:暴走する番人(物理) ~魔法が効かないなら、解体すればいいじゃない~
油の撤去の手間は本当に地獄です。
ゴオォォォッ!!
広場を揺るがす排気音と共に、第15階層の守護者ミスリル・ガーディアンが、その巨大な鉄拳を振り上げた。
狙いは、床にへたり込んだまま動けないレオだ。
「あ……あぁ」
レオは反射的に杖を掲げる。普段なら、無詠唱で光の盾が展開されるはずだった。だが、今の杖はただの木の棒だ。何の守りも生まれない。
圧倒的な質量が、頭上から迫る。
ガキィィィィィン!!
凄まじい金属音が鼓膜を裂いた。
「ぐっ……! 重いな……! 強化なしでこれを受けるのは骨が折れるよ!」
レオが目を開けると、そこには剣一本で巨大な鉄拳を受け流すカイの姿があった。
魔法の火花はない。ただ、剣の角度と足捌き、そして重心移動だけで、数トンはある衝撃を横へ逸らしたのだ。
ズドォォン!!
逸らされた拳が床を砕く。
「カイ!? 無事か!」
「なんとかね! でも次は無理だ! こいつ、硬すぎる!」
背後から帝国生徒たちが杖で殴りかかったり、残った魔力を絞り出した微弱な魔弾を撃ったりするが、守護者の装甲には傷一つ付かない。カキン、カキンと乾いた音がするだけだ。
「駄目だ! ミスリル装甲だぞ!? 魔法なしでどうやって倒すんだ!」
絶望的な悲鳴が上がる中、一人だけ冷静に敵を見上げている男がいた。
◇
「……ふん。なるほど」
航はヘッドライトでゴーレムの全身を舐めるように照らしていた。
彼が見ているのは「敵の強さ」ではない。「構造」だ。
同時に、『保全管理の眼』を起動し、巨人の内部構造を透過スキャンする。
> [TARGET] ミスリル・ガーディアン(暴走状態)
> [ANALYSIS] 装甲強度:計測不能
> [WEAK POINT] 右膝関節部:油圧パッキン劣化(耐久値:12%)
> [ADVICE] 推奨打撃点:胸部第3装甲板(接合ボルト緩みあり)
「関節部は油圧――いや、魔力液シリンダー駆動か。ここが脆いな」
航は頷き、インカムのマイクを叩いた。
「総員、注目。これより作業を開始する」
「作業? 戦闘じゃなくて?」カイが剣を構え直しながら問う。
「ああ。倒すんじゃない。解体するぞ」
航はまるで朝礼のように、手際よく指示を飛ばした。
「凛は足元だ。摩擦係数をゼロにしろ。カイは膝裏の継ぎ目を狙え。葵先輩は、ハンマーで装甲を剥離。俺がトドメを行う!」
「了解!」
◇
「優雅ではありませんが……転んでくださいまし!」
最初に動いたのは凛だった。彼女がリュックから取り出したのは、魔法のスクロールではない。ホームセンターで買ってきた、四角い金属製の合成潤滑油だ。
彼女は蓋を開けると、躊躇なくゴーレムの足元へぶちまけた。
バシャァッ!!
低粘度のサラサラとした液体が、水のように石畳の上を一瞬で広がる。そこへ、カイを追撃しようとしたゴーレムが大きく踏み込んだ。
ツルッ。
「グルァッ!?」
物理法則は絶対だ。摩擦係数を極限まで奪われた床の上で、数トンの巨体が制御を失う。姿勢制御ジャイロが追いつかず、巨体が大きく後ろへ傾く。
「なっ、油だと!?」レオが目を剥く。
「硬いなら、柔らかい所を狙う。動くなら、滑らせる。物理の基本だろ?」
航が冷淡に解説する間にも、次の作業員が動いていた。
「そこだッ!」
バランスを崩し、無防備になったゴーレムの膝裏へ、カイが滑り込む。狙うのは、装甲の隙間からわずかに覗く、シリンダーの継ぎ目。
ザシュッ!!
魔法の輝きはない。だが、職人のように正確な一撃が、ゴム製のパッキンと固定ボルトを断ち切った。
プシュゥゥゥ!!
「グオォォォッ!?」
切断面から、青白い魔力液が霧のように噴出する。魔力圧を失ったゴーレムの右足が、ガクンと折れ曲がり、機能停止した。
「右舷シリンダー、切断確認! 姿勢崩れました!」
「よし、葵先輩投入!」
◇
「葵先輩、工具交換! 鉄パイプじゃ軽すぎる!」
航がリュック(拡張鞄)の口を広げる。そこから取り出したのは、柄の長い、巨大な大型スレッジハンマーだ。
「わあ、素敵なプレゼント♡」
葵は鉄パイプを放り捨て、ハンマーを受け取った。ずしりとした重量感が、彼女の手に馴染む。
「ん、これならイケるわね」
彼女は身体強化を最大出力まで練り上げ、全身のバネを使ってハンマーを振りかぶった。
「開・け・ゴ・マッ!!」
ドォォォォン!!
凄まじい衝撃音が広場に響く。フルスイングされたハンマーが、ゴーレムの胸部装甲に直撃した。いかにミスリルといえど、一点に集中した数トンの衝撃には耐えられない。
ベッコォォォン!!
分厚い装甲が内側にひしゃげ、ひび割れ、剥がれ落ちる。その奥から、赤く明滅する動力炉が露出した。
「装甲剥離! コア露出!」
「仕上げだ! 先輩、こいつをコアに叩き込んでください!」
航が最後に投げ渡したのは、武骨な機械。建設現場で使う火薬式鋲打機を、航が独自に改造した怪物工具。
携行式・杭打機だ。
先端には、魔物の甲殻すら貫く極太のミスリル杭が装填されている。
「了解!」
葵はハンマーを捨て、空中でその重い機械をキャッチすると、そのまま倒れ込むゴーレムの胸に着地した。そして、露出したコアに先端を垂直に押し付ける。
「さようなら♡」
葵がトリガーを引く。
(ああ……魔力を全く使わないのに、この圧倒的な破壊の予感と反動……! 航くんの指示通りに動くだけで、私は最強の重機になれる。彼の道具として使われるの……たまらないわ♡)
内部で強力なカートリッジが炸裂した。
ズドォォォォォォォン!!
砲撃のような爆音が広場を揺るがす。火薬の爆発力で射出された杭が、音速を超えてコアを貫いた。
パリーン!!
硬質な破砕音が響き渡る。赤い光を放っていたコアが粉々に砕け散り、同時にゴーレムの赤い目から光が消えた。
ズゥゥゥン……。
巨体が完全に崩れ落ち、動かなくなる。沈黙。残ったのは、硝煙の匂いと、余熱でチリチリと音を立てる杭だけだった。
◇
「ふぅ。作業終了」
航はヘルメットの位置を直し、鉄屑となったゴーレムの横で淡々と言った。「お疲れ様でした。……分別は後でいいか」
「床が油まみれですわ……後で掃除するのはわたくしなんですのよ?」
凛がハンカチで顔を拭きながら文句を言う。
「やっぱり、火薬の反動って最高ね♡」
葵はニコニコしながら、熱を持ったパイルバンカーを撫でている。
一方、その光景を見ていた帝国チーム――レオとシルヴィアたちは、口を開けてポカンとしていた。
彼らが知っている戦闘ではない。ただ、油を撒き、管を切り、火薬で杭を打ち込んだ。それはまさに、巨大建造物の解体工事そのものだった。
「消えない……?」
レオが震える声で呟いた。通常、魔物は倒せば黒い霧となって消滅し、魔石を残すだけだ。だが、このゴーレムはその場に残骸として横たわっている。
「当然ですよ」
航が答えた。彼の目には、残骸から立ち昇るシステムログが見えている。
> [TARGET] 古代警備兵器
> [STATUS] 全機能停止
> [TYPE] 機械式ゴーレム(非魔法生物)
> [MATERIAL] 純度99.9% ミスリル合金(極上品)
「こいつは魔法生物じゃない。古代人が作った『自律駆動式警備ロボット(物理)』だ。動力が止まれば、ただの鉄屑としてそこに残る。……ま、いい素材にはなりますけどね」
(こいつら……本当に人か? ……いや、業者か?)
レオは恐怖と畏敬の混じった目で、鉄屑の山を見つめた。魔法を失った世界で、彼らはあまりにも強すぎた。
本日も一日ご安全に!




