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第46話:ブラックアウト(魔力消失) ~魔法使いが「ただの人」に戻る時~

物理の世界でサバイバル生活!

世界から、音が消えた。


それまで常にダンジョンの奥底で響いていた「ブーン……」という重低音――地脈サーバーの駆動音が、唐突に途絶えたのだ。

同時に、壁面の発光苔も、天井の魔石灯も、そしてレオが展開していた極大魔法の輝きも、全てがプツリと消滅した。


完全なる闇。

自分の手のひらさえ見えない、濃密な漆黒がそこにあった。


「……っ、う……」


シルヴィアは、硬い岩肌の上で意識を取り戻した。

一瞬、自分が失明したのかと思った。だが違う。肌にまとわりつく空気が、あまりにも冷たく、淀んでいる。


「レオ様? 皆、どこ?」


彼女は震える声で呼びかけた。

返ってきたのは、パニックに陥った仲間たちの悲鳴だった。


「み、見えない! 何も! ライト! 誰か照明ライトを!」

「だ、駄目だ! 魔法が出ない! 魔力が練れないぞ!?」

「火を点けろ! マッチはないのか!?」

「持ってるわけないだろ! 我々は魔法使いだぞ!」


暗闇の中で、エリートたちが無様にぶつかり合い、転倒する音が響く。

魔法という文明の利器を奪われた彼らは、ただの怯える子供だった。


(落ち着いて……光源を確保しなきゃ……)


シルヴィアは必死に自分を律し、懐の魔導端末タブレットを探った。

だが、画面は真っ暗なままだ。魔力駆動式の電子機器も死んでいる。


「そんな……本当に、全てが落ちたの……?」


絶望が胸を締め付ける。

この深層で、明かりも武器も失うことの意味。それは死と同義だ。


その時だった。


カチッ。


硬質なスイッチ音が、静寂を切り裂いた。



バッッッッ!!


強烈な光の束が、闇を切り裂いた。

それは魔法の柔らかな光ではない。

直進性が高く、目が眩むほどに白い、人工的なLED(発光ダイオード)の輝きだ。


「うわぁっ!?」

「め、目がぁ!」


帝国の生徒たちが手で顔を覆う。

その光の源――4つの強力なヘッドライトを装着した集団が、カツカツと足音を立てて近づいてくる。


「生存確認。……意識レベルよし。外傷、軽微」


光の中心から、淡々とした声が聞こえた。

佐藤航だ。

彼はヘルメットに装着した工業用ヘッドライトで周囲を照らしながら、インカムに向かって呟いた。


「想定通り。サーバーが落ちた。これより事業(B)継続(C)計画(P)モードに移行する」

了解ラジャー。……本当に落ちるとはね」


彼の隣で、カイが剣を抜き放つ。その刀身には魔力光はないが、研ぎ澄まされた鋼の冷たさが光っている。


「状況報告。攻撃魔法、全滅エラー。結界、展開不能。……完全にオフラインだね」

「身体強化はどうだ?」

体内循環ローカルのみ辛うじて有効。ただし、効率は最悪だ。いつもの3割も出ないよ」

「3割あれば十分だ。葵先輩、調子は?」


航が背後の葵に光を向ける。

彼女は巨大な鉄パイプ(足場材)を、まるで小枝のように片手でブンブンと振っていた。


「ん、ちょっと体が重いけど、これくらいなら平気♡ 体の中だけで魔力を回せばいいんでしょ?」

「その通りです。外部放出は遮断(ジャミング)されますが、体内回路は生きています。筋力増強のみにリソースを割いてください」

「了解、マスター」


航は頷き、呆然としているシルヴィアたちに光を向けた。


「お迎えにあがりましたよ。CDSです」


その姿は救世主というより、冷徹な事故処理班のように見えた。

作業着、ヘルメット、そして腰に吊るされた無骨な工具たち。

魔法が死んだ世界で、彼だけが機能していた。



「き、貴様ぁッ!」


目が慣れてきたレオが、ふらつきながら航に掴みかかろうとした。


「何をした! なぜ魔法が使えん! 私の魔導書はどうなったんだ!」


レオの手にある禁断の魔導書は、ただの古びた紙束になり果てていた。


「何をした、じゃないですよ」


航はレオの手を軽く払いのけ、冷たく言い放った。


「あんたが『禁断の魔法』なんて高負荷プログラムを走らせるから、ダンジョンの安全装置ブレーカーが落ちたんだ」

「ブ、ブレーカーだと……?」

「過負荷によるシステムダウン。セーフモードへの移行。呼び方は何でもいいですがね」


航は周囲の暗闇を指差した。


「現在、この空間における外部への魔力放出は全て遮断ジャミングされています。照明も、空調も、エレベーターも停止しました」


彼は酸素缶を一口吸ってから、残酷な事実を告げた。


「つまり、ここは今、ただの深くて暗い地下穴です。換気ファンも止まりました。モタモタしてると酸欠で窒息するか、暗闇に適応した『何か』に食われて終わりですよ」

「な……ッ」


レオが言葉を失う。

魔法使いから魔法を取り上げれば、ただの無力な人間。

その事実を突きつけられた瞬間、暗闇の奥から「グルルル……」という獣の唸り声が聞こえた。



ギャウッ! ギャウッ!


闇の中から無数の赤い目が浮かび上がる。

『ケーブ・ウルフ』。視力を持たず、聴覚と嗅覚だけで獲物を狩る、深層の原生生物だ。


「ひぃっ!? く、来るな!」


帝国の一人が杖を振るう。

「火よ! 炎よ出ろ!」

だが、虚しく杖が空を切るだけだ。火花一つ出ない。


「な、なんでだ!? ブレーカーが落ちたなら、魔物も消えるはずだろう!?」

レオが叫ぶ。確かに、魔素で構成されたスライムやエレメンタルなら霧散しているはずだ。


「勘違いするな」


航が冷静に告げる。


「ダンジョンからの魔力供給は止まった。だから新規発生(ポップ)はない。だが、既に発生(実体化)済みの個体は別だ。こいつらはサーバーから切り離された、独立したインスタンスだ。電源が落ちても、作った製品が消えないのと同じですよ。……むしろ、制御を失って凶暴化している」


ウルフたちが、無防備な肉の塊(エリート)に飛びかかろうとした――その瞬間。


ドォォォォン!!


爆音と共に、先頭のウルフが吹き飛んだ。


「魔法使いは下がれ! 足手まといだ!」


航が叫びながら、左手に持ったマグネシウム発火筒を地面に叩きつけた。


シュボァァァァッ!!


直視できないほどの強烈な閃光と白煙が、広場を埋め尽くす。夜行性のウルフたちが「キャインッ!?」と悲鳴を上げて怯む。


「ここからは物理の時間だ! カイ、やれ!」

「了解!」


カイが飛び出す。身体強化の光は薄い。だが、彼が積み重ねてきた剣技は、魔法がなくとも錆びついてはいなかった。的確にウルフの喉元を突き、急所を切り裂く。


「葵先輩、右舷!」

「任せて!」


葵は巨大なハンマーではなく、取り回しの良い鉄パイプを握りしめていた。

彼女の全身の筋肉が一瞬だけ膨張する。体外への放出はできないが、体内で魔力を循環させる身体強化ブーストだけは生きている。


ゴガッ!!


鈍い音がして、飛びかかってきたウルフの頭蓋骨が粉砕される。鉄パイプがひしゃげるほどの威力だ。


「硬い……けど、これなら十分戦えるわ!」

「凛、背後を守れ! 杖じゃなくてスタンガンを使え!」

「野蛮ですわね! えいっ!」


バチバチッ!


凛が懐から取り出した護身用スタンガンが、忍び寄っていたウルフの鼻先で炸裂する。


魔法などいらない。

光、刃、質量、電気。原始的だが確実な物理法則が、魔法生物を圧倒していく。


レオたちは、その光景を呆然と見つめていた。自分たちが手も足も出なかった魔物を、Fランクたちが道具と身体だけで蹂躙している。



ウルフの第一波を撃退したものの、遠吠えが響き、さらに多くの気配が近づいてくる。


「長居は無用だ。撤退するぞ!」


航が指示を飛ばす。


「このまま広場で戦えば囲まれる。後ろの狭い通路へ移動して、入り口を塞ぐ!」


一行は航の先導で、岩壁の隙間にある細い通路へと逃げ込んだ。ここは人が二人並んで歩くのがやっとの狭さだ。


「よし、ここで食い止める。設営開始!」


航はリュックを開け、中からとんでもない物を取り出した。

灰色の粉末が入った袋と、水筒。そしてグルグル巻きの銀色のテープ。


「そ、それは……?」

シルヴィアが問う。

「速乾セメントとダクトテープだ。人類の発明した最強の修復材ですよ」


航は手際よくセメントを水で練り、通路の入り口に積み上げた岩の隙間に流し込んだ。さらに、ダクトテープで岩と岩を固定し、即席の防壁を作り上げていく。


「帝国組、ボサッとするな! 魔法が使えないなら体を使え!」


航がレオに、泥まみれの岩を放り投げた。


「そこの隙間を埋めろ! 岩を運べ! 働かざる者、助けるべからずだ!」

「な……」


レオが屈辱に顔を歪める。この私が。帝国の次期将軍候補が。土木作業員のように岩を運べだと?


「私は選ばれし魔法使いだぞ……なぜ、こんな石ころを……」

「選ばれし? 今はただの無職だろうが」


航は冷徹に言い放ち、セメントを塗りたくった。


「文句があるなら出て行っていいぞ。外には腹を空かせたウルフが待ってるがな」

「う……ぐぅッ!」


レオは歯を食いしばり、プライドを飲み込んで岩を拾い上げた。泥で純白の制服が汚れる。爪の間に砂が入る。

だが、やるしかなかった。生き残るためには、この現場監督に従うしか。


「シルヴィアさん、そっちの鉄条網を展開してくれ!」

「は、はい!」


数分後。

通路の入り口は、岩とセメント、そして有刺鉄線によって強固に封鎖された。

直後、ウルフの群れが殺到し、防壁に体当たりしてくるが、びくともしない。


「……ふぅ」


航はヘルメットの汗を拭い、LEDライトの光量を「弱」に落とした。

狭く、薄暗い通路の中。そこには、泥まみれになり、肩で息をするかつてのエリートたちの姿があった。


「ようこそ、文明崩壊後の世界へ」


航はリュックから予備の電池を取り出しながら、ニヤリと笑った。


「ここでは偏差値も家柄も役に立ちません。モノを言うのは、腕力と備蓄。……そして『現場力』だけですよ」

本日も一日ご安全に!

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