第45話:参謀シルヴィアの解析 ~あなたが持っているのは地図ではなく、設計図(ブループリント)です~
役割分担って大切ですよね!
地下13階層。
重く淀んだ空気が支配する岩窟の一角に、帝国チームは簡易結界を張って身を潜めていた。
「う……ぐぅ……」
結界の奥から、苦しげな呻き声が聞こえる。
帝国の生徒会長レオは、携帯用寝袋にくるまり、脂汗を流して震えていた。魔力欠乏とポーションの副作用による激しい吐き気。
「計算が、合わない」
参謀役のシルヴィアは、そんなレオを横目で見つつ、手元の魔導端末を叩いていた。
彼女が行っているのは、ここまでの戦闘データの解析だ。画面には、レオと佐藤航、それぞれのエネルギー消費曲線が表示されている。
「レオ様の魔力総量は、佐藤君の約50倍。出力に至っては100倍以上の差がある。スペック上は、負ける要素なんて一つもないはずなのに」
だが、現実は惨敗だった。レオのグラフは垂直に落下している。対して、佐藤航のチームは――。
「……何これ。全員が定格運転じゃない」
航だけではない。前衛のカイ、中衛の凛、後衛の葵。全員のバイタルと魔力消費が、まるで機械のように一定に保たれている。
魔物との遭遇ログを見ても、彼らは戦っていなかった。カイが事前に進路上の罠を解除し、凛が環境を制御し、どうしても避けられない壁だけを葵が焼く。そして航が、その全てを統括している。
「彼らはパーティじゃない。……一つのシステムだわ」
シルヴィアは端末を閉じた。彼が見ているのは、目の前の敵ではない。もっと根本的な――このダンジョンの法則そのものだ。
「……確かめなきゃ」
彼女は立ち上がり、白いハンカチを掲げて陣地を出た。
◇
帝国のキャンプから数百メートル離れた地点。
岩陰に隠された小さな空洞に、佐藤航たちのチームは野営していた。
シルヴィアは、岩陰からその光景を覗き見て、息を呑んだ。
(何、あの完璧な陣地構築は)
そこには、極限状態の深層とは思えない快適な空間が広がっていた。
まず、北条凛。
彼女は四隅に魔石を配置し、特殊な結界を展開している。
防御のためではない。環境制御だ。結界内部の湿度と温度を一定に保ち、深層特有の瘴気をフィルターのように濾過している。おかげで、彼らはマスクもせずにリラックスして呼吸していた。
次に、東条カイ。
彼は剣を抜き、入口付近の地面に何かを描いている。物理的な警戒線と、音響増幅用の集音管の設置だ。魔力を使わず、アナログな手法で周囲100メートルの足音を拾っている。
そして、一条葵。
彼女は甲斐甲斐しく、航の工具や装備を布で磨いていた。まるで熟練の整備士のように、彼の道具の状態を把握している。
最後に、佐藤航。
彼は中央でコーヒーを淹れながら、タブレット端末で全員のバイタルをチェックしている。
「……誰か来てるよ」
カイが静かに告げた。集音管が足音を拾ったのだ。
「ああ。帝国の参謀さんだ。招き入れろ」
航は顔も上げずに言った。
◇
「帝国の……何の用ですの?」
凛が結界の一部を解除し、通り道を作る。
「情報交換よ。それと、これの支払いもね」
シルヴィアは懐から、先ほど航に渡された請求書を取り出した。計2万円。
「おや、素早い対応ですね。どうぞ。コーヒー、インスタントで良ければ一杯いかがですか?」
シルヴィアは差し出されたコーヒーを受け取り、単刀直入に聞いた。
「佐藤航。あなたたち、何者? ただの学生パーティじゃないわよね」
「しがない設備屋チームですよ」
航は肩をすくめた。
「俺が現場監督。カイが職長。凛が衛生管理者。そして葵先輩が重機オペレーター。適材適所でしょう?」
「設備屋が、どうして深層の魔物の動きを完璧に予測できるの? さっきのフレイム・ギガント戦だって、あなたは巨人が現れる前から全員に配置を指示していた」
「ああ、あれですか。予測じゃありません。見ていたんですよ。これを」
航がテーブルに置いたタブレット。そこに表示されていた画面を見て、シルヴィアは目を見開いた。
「これは地図?」
いや、違う。そこに映っているのは、無数の線と数値だった。
等高線、酸素濃度分布、岩盤のストレス係数。そして、赤く点滅するいくつもの円。
「赤い円は、魔物の湧きポイントの予測範囲です」
航は淡々と説明した。
「魔物はランダムに湧いているわけじゃありません。地脈の淀み、魔素の吹き溜まり、空気の流れ。それらが特定の条件を満たした場所に、カビが生えるように発生するんです」
「それを解析して、僕が安全ルートを引きます」とカイ。
「わたくしは、そのルート上の環境ノイズを消しますの。匂いや音を遮断すれば敵に感知されませんわ」と凛。
「で、どうしても通れない壁があったら、私が壊すの♡」と葵。
シルヴィアは戦慄した。
航という「目」が構造を見抜き、カイという「脳」がルートを決定し、凛という「盾」が環境を整え、葵という「矛」が障害を粉砕する。
「彼が見ているのは敵じゃなくて道。……いいえ、ダンジョンの設計図そのものね」
「まあ、似たようなものです。店舗設計と同じですよ」
シルヴィアの背筋に、冷たい汗が流れた。
「……佐藤君。あなたたち、帝国に来なさい。将軍級の待遇を約束するわ」
しかし、航の返答は即座だった。
「お断りです。俺の夢は、定時で帰って、録画したアニメを見て、ふかふかの布団で寝ることなんです。帝国の軍人なんてブラック企業じゃないですか」
「なっ……ブラック!?」
全員がこの奇妙な職場環境を選んでいる。シルヴィアは思わず笑い出してしまった。
◇
その時だった。
ピーーー……ガガッ……。
航の黒い箱が、不快な電子音を立て始めた。同時に、タブレットの画面にノイズが走る。
「風が止まりましたわ」
凛が鋭く反応した。環境制御結界が、外部からの圧力で軋んでいる。
「魔物の反応が消えた?」
カイが集音管を見る。
「おい。今の振動、地震じゃないぞ」
航はテスターを手に取り、険しい顔で数値を読み取る。
「地脈の処理落ちだ。……誰かが、このダンジョンの許容量を超える負荷をかけている。シルヴィアさん。まさか、レオ君が何か持ってきてませんか?」
「えっ? レオ様は……まさか禁断の魔導書!?」
「急げ!」
航が叫ぶと同時に、シルヴィアは走り出した。
数分後。帝国キャンプ。
そこでは、レオがふらふらと立ち上がり、どす黒い光を放つ古びた書物を握りしめていた。
魔導書から伸びる黒い触手が、彼の腕に絡みつき、強制的に魔力を吸い上げている。
「Fランク如きに……情けをかけられたままでは終わらん! 見せてやる……これが、帝国の最終兵器だ!」
「やめて! レオ様!」
シルヴィアが叫ぶが、遅かった。
「深淵より来たりて、全てを無に帰せ!虚無の崩壊!!」
レオが最後の言葉を紡いだ瞬間。
世界の色が、反転した。
ブツン。
唐突に。
ダンジョンの照明も、魔石の光も、レオの魔法も。
そして、シルヴィアの意識さえも。
全ての「電源」が落ちたかのように、世界は完全な闇へと叩き落とされた。
本日も一日ご安全に!




