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第43話:サバイバル・レース開始 ~F1カーで山道を走るのはやめてください~

行きはよいよい、帰りはこわい。よくできた歌ですよね?

翌朝。

昨夜の豪雨が嘘のように、山岳演習場は快晴に恵まれた。

鳥のさえずりが響く中、管理棟前の広場には、全校生徒が集結していた。


「……ふん。昨夜は機材トラブルがあったが、今日の実戦こそが本番だ」


帝国の生徒会長レオは、予備の純白の制服に袖を通し、昨夜の屈辱を振り払うかのように胸を張っていた。

その顔には洗浄(クリーン)魔法を使ったのか、疲労の色は見えない。プライドの高さだけはS級だ。

対して、俺たちCDS側は、いつもの作業着姿だ。


「それでは、本日のメインイベント『学校対抗・深層到達訓練サバイバル・レース』を開始する!」

ロイド教諭が拡声器で告げた。


今回の演習は、全校生徒が一斉にダンジョンへ入るわけではない。

自然型ダンジョンの道幅と崩落リスクを考慮し、「3チームによる対抗戦」形式が採用された。


現在、戦績は1勝1敗。俺たちは、この雌雄を決する最終戦のエントリーメンバーだ。


「本来なら上級生だけで固めるのが定石ですが……」

カイが眼鏡を光らせて補足する。

「生徒会長の一条先輩が『航くんと一緒じゃなきゃヤダ!』とゴネて、僕と凛が巻き込まれた形ですね。実質、航チームです」


「責任重大だな。俺たちが負けたら、クラス全員の夏休みが補習で消えるわけか」

「そういうことだね。……分かっているね、航。絶対に負けられないよ」


全校生徒の視線が俺たちに注がれている状態だ。


「よし、全員集合。朝礼のTBM-KYツールボックスミーティングを始めるぞ」


俺はスタート直前、メンバーを集めて円陣を組んだ。


「本日の作業内容:地下15階層への資材運搬および到達。

危険予知(KY):足元の崩落、魔物の飛び出し、および熱中症。

対策:相互の声掛け、水分補給、安全通路の確保」


俺はヘルメットのあご紐を締め、指差呼称を行う。


「服装よし! 装備よし! 顔色よし! ……今日も一日、ご安全に!」

「「「ご安全に!」」」


凛とカイ、そして葵までもが、条件反射で復唱する。完全に現場の空気に染まっていた。



「スタート!!」


合図と共に、帝国チームは猛スピードで飛び出した。


「行くぞ! 加速魔法(ヘイスト)!」


レオたち4人は風を纏い、正規ルートの大通りを疾走していく。まるでF1カーだ。

その先には、オークやゴブリンの群れが待ち構えているが、彼らは止まらない。


「雑魚が! 消し飛びなさい、爆炎球(ファイア・ボール)ッ!!」


ドォォォン!!


派手な爆発音が響き、火の玉が魔物の群れに着弾する。

速い。そして強い。だが。


燃費(コスパ)が悪すぎる」


俺はその背中を見送りながら呟いた。あんなペースで魔法を使えば、第5階層あたりでガス欠になるぞ。


「さて、俺たちも行くか」

「航くん、あっちの道?」

葵が正規ルートを指差すが、俺は首を振った。


「いいえ。あんな渋滞した道(敵だらけ)を行く必要はありません」


俺はスタート地点のすぐ横にある、苔むした岩壁の前に立った。

そして、懐から例の黒い箱――マルチテスター(地脈探査モード)を取り出し、壁に当てる。

同時に、『保全管理の眼(システム・デバッグ)』を起動し、岩盤の奥にある構造を透過する。


> [SCANNING] 岩壁内部構造解析中...

> [RESULT] 空洞検知:深度2.5m地点

> [OBJECT] 天然通気孔(ナチュラル・ダクト):直径1.8m

> [ROUTE] 第3階層直結(敵性反応なし)


ピピピ……ピーッ。


「やはりな。図面通りだ」

「何をしているんですの?」

凛が不思議そうに覗き込む。


「このダンジョンは自然の洞窟を利用してますが、構造的に脆い部分があります。テスターの反響音によると、この壁の向こうは空洞……かつての天然通気孔(ナチュラル・ダクト)です」


俺は壁にチョークで×印をつけた。


「正規ルートは遠回りして地下へ降りてますが、このダクトを使えば直通で第3階層までショートカットできます。……葵先輩、お願いします」

「ん、任せて!」


葵は嬉々として前に出ると、身体強化でパンパンに張った太ももを踏ん張り、巨大なウォーハンマー(物理)を構えた。


「航くんの指示通りに壊すの……ストレス解消になって楽しいッ♡」


ズドォォォォォンッ!!


凄まじい轟音と共に、厚さ1メートルの岩壁が粉砕された。

ぽっかりと開いた穴の向こうには、埃っぽい風が吹く、人が一人通れるほどの隙間が続いていた。


「よし、開通(ご安全に)。……行くぞ。ここなら魔物は出ない」


俺たちはF1カーのようにコースを走るのではない。

ブルドーザーのように、道を「作って」進むのだ。



一方その頃、帝国チーム。

彼らは第5階層に到達していた。


「はぁ……はぁ……雑魚が、湧きすぎだ!」


レオが肩で息をしながら、杖を振るう。

爆炎が炸裂し、リザードマンの群れを焼き払う。


「レオ様、ペース配分を考えてください! まだ第5階層で、魔力(MP)を3割も消費しています!」

参謀のシルヴィアが悲鳴に近い警告を発した。


「うるさい! タイムボーナスを稼ぐには止まるわけにはいかんのだ!」


レオは懐から高級な魔力ポーションを取り出し、一気に飲み干した。


「コストなど知ったことか! 火力で押し切れ!」


彼らの戦法は、圧倒的な個の力で障害を排除するスタイルだ。短距離走なら最強だろう。

だが、ここは地下15階層というマラソンコースだ。


(……まずい。ポーションへの依存度が高すぎる。これでは深層で魔力酔い(中毒)を起こすわ)


シルヴィアの不安をよそに、彼らは爆音を撒き散らしながら進軍を続けた。

その爆音が、狭いダンジョン内で反響し、さらに多くの魔物を呼び寄せていることにも気づかずに。



同時刻、第7階層。

俺たちは、埃っぽい通気孔を抜け、広大な地下湖のほとりにある安全地帯(セーフエリア)に出ていた。

ここまで、戦闘回数はゼロ。被ダメージもゼロ。ただ、狭い道を歩いただけだ。


「ふぅ……ちょっと休憩(ティータイム)にしましょうか」

俺はそう言うと、リュックから簡易テーブルと椅子を展開し始めた。


「えっ? 佐藤さん、休むのですか? 帝国に先を越されますわよ?」

凛が焦ったように時計を見る。


「急がば回れ、です。それに、ただ休むわけじゃありません。ここで中継基地(補給デポ)を作ります」


俺は手際よく、魔法陣式の簡易コンロを設置し、湯を沸かし始めた。

さらに、予備の酸素ボンベ、圧縮食料、発煙筒などを整理して並べる。

そして最後に、壁に小さな機械――自動マッピング発信機を設置した。


「ここから先は中層エリア。酸素濃度が下がり、道も複雑になります。もし何かあって撤退する場合、ここが命綱になります」


ダンジョン攻略で最も恐ろしいのは、行きはよいよい、帰りは怖いだ。

リソースを使い果たして目的地に着いたとしても、帰還できなければ遭難(デス)である。


「それに、この発信機があれば、後続の他チームや救助隊の誘導もスムーズになります。今回の評価項目にリソース残量がありましたよね? 補給線を確保することは、最大の加点ポイントなんです」

「なるほど……。アマチュアは『進むこと』しか考えないが、プロは『戻ること』を考える、か」


カイが感心したように頷き、俺が入れたコーヒーを受け取った。


「そういうことです。さあ、5分で補給して出発しますよ」


俺たちは温かいコーヒーで英気を養い、万全の状態で再び立ち上がった。

疲労度はゼロ。士気は最高潮だ。



そして、第10階層。

正規ルートと、俺たちが通ってきた裏道(メンテナンスルート)が合流する大広間。

そこへ、帝国チームが飛び込んできた。


「はぁ……はぁ……ぐっ……!」

「レオ様、回復を……!」


彼らの純白の制服は、爆炎のすすと魔物の返り血で薄汚れ、見る影もない。

ポーションの飲み過ぎで顔色は青白く、足取りも重い。

だが、レオは勝ち誇ったように叫んだ。


「見たか……! 我々が一番乗りだ……!」


しかし、その声は虚しく響いた。


「おや、奇遇ですね。ちょうどお茶菓子が余っていたところです」

「……は?」


レオが目を見開く。

広間の中央。そこには、涼しい顔でクッキーを食べている俺たちの姿があった。

汗一つかいていない。服も汚れていない。まるでピクニックの途中だ。


「なっ……貴様ら、いつの間に!? 魔物とは戦わなかったのか!?」


レオが震える指で俺たちを指差す。

俺はレオの姿を『保全管理の眼』でスキャンし、内心で舌打ちした。


> [TARGET] レオ・バーネット(帝国軍士官候補生)

> [STATUS] 魔力残量:12%(枯渇寸前)

> [Warning] 魔力中毒症状:軽度(ポーション過剰摂取による肝機能低下)

> [ITEM] 回復薬残数:ゼロ


「ええ。関係者以外立ち入り禁止の通路を使いましたので」


俺は空になったコーヒーカップを片付けながら、ニッコリと笑った。


「壁を壊して、魔物のいない配管スペースを歩いてきました。戦闘? してませんよ。今回の目的は『到達』ですから」

「ひ、卑怯だぞ! 貴様ら、誇りはないのか!」

「誇りで飯は食えませんし、単位も取れませんよ」


俺は冷徹に言い放ち、彼らのボロボロの姿を一瞥した。


「それにしても……随分と消耗しているようですね。顔色が土気色ですよ?

ああ、もしよろしければ、この回復ポーション、一本5000円(時価)でお譲りしましょうか?」

「き、きさ……ッ!!」


レオが激昂して杖を構えるが、手元が震えて魔力が集まらない。ガス欠だ。

これが「F1カー」と「ブルドーザー」の差だ。速さだけを求めた彼らは、既に限界を迎えている。対して俺たちは、整地しながら進んできたため、まだ余力十分。


「さあ、ここからが深層です。置いていきますよ?」


俺は葵、凛、カイに目配せをし、悠々と第11階層への階段へと足を踏み入れた。

その背中を見送る帝国エリートたちの、絶望に染まった顔といったらなかった。


本日も一日ご安全に!

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