第32話:その「限界突破(オーバードライブ)」は、ただの整備不良車の暴走です
本日二話目の更新です。
「……おいおい、どこの解体現場だ?」
放課後の演習場から響く轟音を聞いて、俺は思わず眉をひそめた。
ドオオオオオン!!
ズガガガガッ!!
まるでダイナマイトの発破作業だ。
鼓膜を揺らす爆音と、周囲に漂う焦げ臭い匂い。
「ああ……やっぱりやってるね。あそこ」
隣を歩く親友の東条カイが、やれやれと眼鏡の位置を直しながら指差した。
その指の先――第3演習場の中心で、見覚えのある「青白い髪」の女子生徒が荒れ狂っていた。
「はああああッ!!」
彼女が杖を振るうたび、赤黒い炎の塊が射出され、標的の岩を粉砕する。
いや、粉砕というより爆散だ。
「一条葵先輩。この学園の高等部3年生……つまり、生徒会長であり、全学年の首席だよ」
カイの説明を聞きながら、俺は溜息をついた。
「知ってるよ。……先日、地下実習棟で会った」
「え? 航が一条先輩と?」
「ああ。エレベーターの前でうずくまってたから、地上に追い返したんだが……」
俺は目を細めて彼女の様子を観察した。
地下で会った時よりはマシだが、相変わらず「燃焼効率」が悪すぎる。
俺の視界には、彼女の身体から立ち昇る魔力の流れと共に、真っ赤な警告ログが表示されていた。
> [TARGET] 一条葵(魔導師ランクS)
> [STATUS] 魔力回路温度:480℃(レッドゾーン突入)
> [WARNING] 排熱処理失敗:内部圧力上昇中
> [DIAGNOSIS] 魔力伝達管:煤詰まりによる閉塞率85%
「……全然冷静になってないな。むしろ悪化してる」
俺の『保全管理の眼』には、彼女の背中から黒い煙が漏れ出しているのが見えた。
あれは、整備不良のトラックが黒煙を上げながら、アクセルベタ踏みで暴走しているようなものだ。
俺の忠告を無視して、無理やり出力を上げようとしている。
「彼女はまだ18歳だから、完全な22歳の断絶まではあと4年あるはずなんだ」
カイが声を潜める。
「でも、魔法の使い方が荒い人ほど、18歳を過ぎたあたりから徐々に『劣化』が始まるって噂がある。最近、彼女の不調の噂をよく耳にするんだ。彼女は今、その前倒しでやってきた枯渇に直面して焦ってるのさ」
なるほど。
才能の枯渇という名の通信タイムアウトか。
地下で彼女が言っていた「時間が終わる」とは、このことだったのか。
ドオオオン!!
一条先輩が、さらに大きな炎を生み出す。
今度は手元で圧縮しすぎたらしい。制御しきれていない火花が、彼女自身の髪や肌を焼こうとしている。
「くっ……まだ、まだ足りない……! あの時の人が言った通り、詰まっているだけなら……力で押し通せば!!」
彼女の悲痛な叫びが聞こえた。
どうやら俺の言葉を曲解して、詰まりを水圧で無理やり押し流そうとしているらしい。
馬鹿か。そんなことをすれば配管が破裂するぞ。
「……はあ」
俺は深く溜息をつき、飲みかけの缶コーヒーをカイに押し付けた。
ついでに、カバンから愛用の耐熱防炎手袋(アラミド繊維製)を取り出す。
「航? どこ行くんだい?」
「ちょっと現場監督の仕事をしてくる」
「現場監督?」
「ああ。――労働災害の防止だ。前回の点検の続きをやる」
◇
「燃え尽きなさい……プロミネンス・バーストッ!!」
一条葵は、自身の全魔力を込めた極大魔法を放とうとしていた。
(お願い、通って……! 私の回路!)
地下で会った彼は言った。「枯れていない、詰まっているだけだと。」
なら、全力で流せば開通するはず。
たとえ、この腕が壊れても――!
「いっけえええええええッ!!」
彼女が杖を振り下ろそうとした、その瞬間だった。
ペチッ。
「……え?」
気の抜けるような音がして。
私の杖が、誰かの手によって軽く押さえられた。
暴走寸前の炎が、まるでガス栓を閉められたコンロのように、シュン……と消滅したのだ。
「な、何っ!?」
私は呆然と顔を上げる。
そこにいたのは、作業着のようなベストを着た、死んだ魚のような目をした男子生徒。
見覚えがある。
薄暗い地下通路で、淡々と電球を替え、エレベーターを直した――あの「彼」だ。
「あ……貴方は、地下の……!」
「先輩。俺、言いましたよね?」
彼は、私の最強魔法を素手(正確には耐熱手袋)で握り潰したまま、心底面倒くさそうに言った。
「『冷静になってから』って。……こんな高圧で流したら、配管が破裂して廃車になりますよ」
「……っ!!」
「ボンネットから白煙を吹いてる車を、アクセル全開で走らせることを努力とは言いません。それはただの整備不良です」
彼の言葉は、地下で聞いた時よりもさらに冷たく、しかし的確に私の胸を貫いた。
「で、でも……私には時間がないのよ! 無理やりにでも通さないと……!」
「だから、無理をする必要はないと言ってるんです」
彼はため息をつき、耐熱手袋越しに私の肩に手を置いた。
彼の視線が、私の体の内側にある何かを冷徹に見透かす。
> [ACTION] メンテナンスモード起動
> [TARGET] 吸気バルブ(右肩甲骨付近)
> [PROCESS] カーボン除去:開始
> [TIME] 完了まで:3.5秒
「吸気バルブが煤で詰まってるだけだ。……じっとしてろ。フィルター掃除してやる」
「え……?」
ドクン。
彼の手から、不思議な波動が流れ込んでくる。
それは魔力ではない。もっと異質な、まるで錆びついた歯車に油を差されたような感覚。
私の体の中で凝り固まっていた何かが、音を立てて剥がれ落ちていく。
「……よし、通った」
彼が手を離した瞬間。
堰を切ったように、澄んだ魔力が体中を巡り始めた。
重かった体が、嘘のように軽い。熱暴走していた回路が、急速に冷却されていく。
「な、何をしたの……?」
「言っただろ。掃除だ」
彼は汚れた手袋をパンパンと払い、あくびを噛み殺した。
「とりあえず今日は帰って寝てください。これ、是正勧告書なんで」
私の手元に、殴り書きのメモが押し付けられる。
『・魔力過多による熱暴走の疑いあり
・冷却期間の取得を推奨
・次回、同様の違反があった場合は現場出入り禁止とする
担当:佐藤』
「さ、定時だ。帰ろ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 佐藤くん!?」
私が呼び止める声にも彼は足を止めず、ひらひらと手を振って去っていく。
呆然と立ち尽くす私。
体は軽い。魔法もスムーズに出る気がする。
でも……。
(……軽いけど、薄い)
私は自分の手のひらを見つめた。
詰まりは取れた。でも、流れる魔力の総量が、以前より確実に減っている。
まるで、太いパイプが細いストローに変わってしまったような感覚。
「掃除しても……やっぱり、劣化は止められないの?」
夕日に照らされた彼の背中を見つめながら、私の胸の奥に、新たな不安が芽生え始めていた。
これは修理じゃない。ただの延命措置だ。
(確かめなきゃ。本当に、これで戦えるのかを)
その焦燥が、私を突き動かそうとしていた。
GWまで後4日!




