第31話:その「忍び寄る闇」は、寿命切れの蛍光管による点滅現象です
後書きに告知事項があります。
カツン、カツン……。
静まり返ったコンクリートの通路に、安全靴の硬い足音が響く。
ここは学園の地下深くに広がる実習用ダンジョン。
表向きは古代遺跡を模した迷宮ということになっているが、俺から見ればただの巨大な地下ピットだ。
「湿度がひどいな。……換気ファンが死んでるのか?」
俺は剥き出しのコンクリート壁を指でなぞった。指先に水滴がつく。
天井には、無骨な金属配管が這い回り、そこから吊り下げられた直管型魔石灯が、寒々しい白い光を落としている。
魔素を流体として循環させる古いタイプか。
こんな高湿度の環境だ。端子が錆びて接触不良を起こすのは時間の問題だろう。
チカ……チカッ……。
前方の照明が、不規則に点滅している。
LEDのように徐々に暗くなるのではない。点いたり消えたりを繰り返す、あの不快なフリッカー現象だ。
「あーあ。……やっぱり点灯管がいかれてる。管理ランク『D』だな」
俺はため息をつき、マジックバッグから脚立を取り出した。
学園長からの業務命令は照明とエレベーターの点検。
魔物退治ではない。地味な保守作業だ。
◇
その時だった。
通路の奥から、激しい破裂音と、少女の荒い息遣いが聞こえてきた。
「はぁ……はぁ……! くっ……!」
俺は脚立を持ったまま、そっと角を曲がった。
そこは少し開けた広間になっており、数匹の清掃用魔獣が這い回っていた。
本来なら、初等部の生徒でも倒せる雑魚モンスターだ。
だが、それと対峙している少女は追い詰められていた。
腰まで届く青白い髪。透き通るような白い肌。
高等部3年生の制服を身に纏った彼女は、学園でも有名な紅蓮の魔女こと、一条 葵先輩だった。
「出て……! 私の炎槍……!」
彼女が悲痛な声を上げ、杖を振るう。
だが――遅い。
杖を振ってから魔法が発動するまでに、致命的な遅延がある。
パキィン……。
ようやく空中に形成された炎の槍は、以前のような熱と鋭さを失っていた。
スライムに当たる前に、線香花火のように虚しく散ってしまう。
「また……! なぜイメージ通りに固定されないの……!?」
彼女の声には、焦燥と恐怖が滲んでいた。
かつて学園最強と呼ばれた天才の面影はない。
◇
悪いことは重なるものだ。
彼女の頭上にあった魔石灯が、寿命を迎えて激しく点滅し始めた。
バチッ、バチッ!
暗闇と光が、激しいストロボのように入れ替わる。
スライムの影が伸び縮みし、まるで巨大な怪物が迫ってくるように見えたのだろう。
「ひっ……!?」
葵先輩が悲鳴を上げ、その場にうずくまった。
「やだ、消えないで……! 私の光まで消えないで!」
彼女の瞳孔が開いている。過呼吸だ。
精神的に極限まで追い詰められている彼女には、単なる照明の不具合が、自分を飲み込もうとする闇の干渉に見えているらしい。
「そこね! 私の才能を喰らう闇の精霊……! 消えなさい!」
彼女は錯乱し、杖を天井に向けた。
魔力を暴走させ、照明器具そのものを吹き飛ばそうとしている。
◇
「おい、やめろ!」
俺はとっさに飛び出した。
スライムなど無視して、彼女の細い腕をガシッと掴む。
「きゃっ!? だ、誰……!?」
「設備を壊すな! 天井に向けて魔法を撃つ奴があるか!」
俺は彼女の手を強引に下ろさせた。
「ガラス管が割れて破片が降ってきたらどうする! 保護メガネもしてないのに、失明するぞ!」(もっとも、俺は保護メガネをしているがな)
「は……? 破片……?」
葵先輩は、焦点の合わない目で俺を見た。
「い、いいえ、あれは闇の干渉よ! 私の魔力を吸い取ろうとして……」
「違う。……どいてろ」
俺は彼女を押しのけ、手早く脚立を立てた。
そして、壁に設置されていた照明のスイッチを「切」に叩き落とす。
通電したまま作業して感電でもしたら、労災ものだからな。安全第一だ。
「こいつの寿命だ」
俺は脚立に登り、点滅していた魔石灯のソケットを回転させて外す。
腰袋から新品の管球を取り出し、カチッ、カチッとソケットにはめ込んだ。
そして、横にある古びた点灯管も新品に交換する。
こいつが劣化すると、放電が安定せずにチカチカするんだ。
俺は脚立から降りて、壁のスイッチ・オン。
パァッ!
一瞬のまばたきの後、通路は安定した、清潔な白い光に満たされた。
影は消え、スライムたちは明るさに驚いて物陰へと逃げていく。
闇の干渉は、物理的に消滅した。
◇
俺は埃を払った。
葵先輩は、床に座り込んだまま、安定した光を呆然と見上げていた。
「……直った? 貴方が、闇を祓ったの?」
「管球と点灯管を交換しただけだ。……寿命だったんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の肩がビクリと震えた。
「寿命……」
彼女は自嘲気味に笑った。その笑顔は、泣き顔よりも痛々しかった。
「そうね。……この光も、私と同じ。輝ける時間は終わったのよ」
「……」
「まだ18歳なのに。完全な22歳の断絶を待たずに、私の魔法は枯れたのよ」
彼女は膝を抱え、小さく震え出した。
俺は黙って彼女を見下ろした。
そして、無意識にスキル『施設管理の眼』で、彼女の体内を流れる魔力配管を観察していた。
(……枯れてなんかいない)
むしろ、魔力はダムのように溢れかえっている。
だが、その流れが極端に悪い。
長年の酷使で回路に燃えカスが溜まり、配管が詰まっている状態だ。
PCで言えば、キャッシュが溜まりすぎて動作が重くなっているだけ。
再起動とデフラグが必要な案件だ。
「……ふん」
俺は興味なさげに鼻を鳴らした。
◇
「ここで座り込んでると邪魔だ。……俺は地下10階のポンプ室まで行く。一緒に行くか?」
俺は手を差し伸べず、先へと歩き出した。
葵先輩はしばらく迷っていたが、やがてふらふらと立ち上がり、無言で俺の後をついてきた。
「……私も下層へ行って、もっと強い魔物と戦わないと……感覚を取り戻さないと……」
まだ無理をする気か。
俺たちはエレベーターホールに到着した。
だが、呼び出しボタンを押しても反応がない。
表示パネルには赤く『ERROR』の文字が点滅していた。
「……ダメね」
葵先輩が絶望的な声で呟く。
「やっぱり、道は閉ざされているのよ。……世界が私に『もう終わった』と告げているんだわ」
「閉ざされてない。着床センサーの誤検知だ」
俺は腰袋から、三角形の鍵――非常解錠キーを取り出した。
エレベーターの扉の上部にある小さな穴に、キーを差し込む。
ガチャリ。
機械的な音がして、扉のロックが外れる。
俺は両手で扉を掴み、ググッと左右にこじ開けた。
ガゴォォォォン……!
重い鉄の扉が開く。
そこには、ちゃんと「搬器」が到着していた。
だが、扉が開かなかったのには理由がある。
「……え? 箱がある?」
葵先輩が目を丸くしている。
「よく見ろ。カゴ側の敷居にある、この反射板だ」
俺は指差した。
カゴの足元にある、位置検出用の光電センサーの反射板が、スライムの粘液と泥でベトリと汚れていた。
「こいつが汚れてると、制御盤は『カゴが正しい位置にいない』と判断する。だから安全装置が働いて、扉を開けないようにロックしてたんだ」
俺はウエスを取り出し、反射板の汚れを丁寧に拭き取った。
ピカッと光が反射した瞬間、カゴ内の照明が一段明るくなり、操作盤のエラー表示が消える。
ピンポン。
正常な到着音が響き、今度は自動で扉が全開になった。
「よし、復旧」
俺はエレベーターのカゴを背にして、先輩に声をかけた。
「先輩。……あんたの魔法、枯れたんじゃなくて詰まってるだけに見えるぞ」
「……え?」
「メンテナンス不足だ。……このセンサーみたいに、泥がついて信号が届いてないだけだ」
「詰まって……る? 私の才能が、消えたわけじゃないの?」
彼女の瞳に、僅かな光が戻る。
だが、俺は彼女の手を取らなかった。代わりに、エレベーターの地上行きボタンを押し、彼女の背中をカゴの中へと軽く押した。
「えっ……?」
「俺はこれから地下10階のポンプ室へ行く。あんたは地上へ戻れ」
「ま、待って! 貴方、私の魔法が治るって……!」
彼女が慌てて飛び出そうとするが、扉が閉まり始める。
「今のあんたは精神的に不安定だ。そんな状態で深層に行けば、また幻覚を見て事故る」
俺は閉まりゆく扉の隙間から、彼女を冷徹に見据えた。
「まずは休め。……配管の掃除は、あんたが冷静になってからだ」
「待って! 名前! せめて名前を……!」
ガコン。
無情にも扉は閉ざされ、エレベーターは上昇を始めた。
静寂が戻った地下通路で、俺は一つ息を吐いた。
「……名前なんて名乗るほどのことじゃない。ただの設備点検だ」
俺は工具袋を担ぎ直し、暗い闇の奥へと歩き出した。
修理対象の「仮診断」は完了。
だが、あのポンコツなエリート先輩とは、近いうちにまた会う予感がした。
【佐藤工務店より:GW前の突貫工事(更新ペース変更)のお知らせ】
いつも当工務店の現場(本作品)をご視察いただき、ありがとうございます。
さて、現場監督(作者)よりお知らせです。
当工務店は、来るゴールデンウィーク期間中、法令遵守および作業員の疲労回復のため「完全週休・有給消化(長期休載)」に入らせていただきます。
つきましては、GW前に現在進行中の「一条葵ユニットのオーバーホール工事」を必ず工期内(5/1)に納品(完結)させるため、以下の日程で「1日2話更新(突貫工事・残業)」を実施いたします。
4/27(月):2話更新(早出・残業)
4/28(火):2話更新(早出・残業)
4/29(水):1話更新(休日出勤)
4/30(木):2話更新(納期前日の徹夜作業)
5/1 (金):2話更新(最終検査および引き渡し完了!)
読者の皆様には、急なペース変更(工程の変更)でご迷惑をおかけしますが、無事故での納品(第39話:目撃者たちの報告書)まで、どうかお付き合いください。
それでは、本日も一日ご安全に!




