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第31話:その「忍び寄る闇」は、寿命切れの蛍光管による点滅現象です

後書きに告知事項があります。

カツン、カツン……。


静まり返ったコンクリートの通路に、安全靴の硬い足音が響く。

ここは学園の地下深くに広がる実習用ダンジョン。

表向きは古代遺跡を模した迷宮ということになっているが、俺から見ればただの巨大な地下ピットだ。


「湿度がひどいな。……換気ファンが死んでるのか?」


俺は剥き出しのコンクリート壁を指でなぞった。指先に水滴がつく。

天井には、無骨な金属配管(電線管)が這い回り、そこから吊り下げられた直管型魔石灯が、寒々しい白い光を落としている。


魔素を流体として循環させる古いタイプか。

こんな高湿度の環境だ。端子(ピン)が錆びて接触不良を起こすのは時間の問題だろう。


チカ……チカッ……。


前方の照明が、不規則に点滅フリッカーしている。

LEDのように徐々に暗くなるのではない。点いたり消えたりを繰り返す、あの不快なフリッカー現象だ。


「あーあ。……やっぱり点灯管グローランプがいかれてる。管理ランク『D』だな」


俺はため息をつき、マジックバッグから脚立を取り出した。

学園長からの業務命令は照明とエレベーターの点検。

魔物退治ではない。地味な保守作業(メンテナンス)だ。



その時だった。

通路の奥から、激しい破裂音と、少女の荒い息遣いが聞こえてきた。


「はぁ……はぁ……! くっ……!」


俺は脚立を持ったまま、そっと角を曲がった。

そこは少し開けた広間になっており、数匹の清掃用魔獣(スライム)が這い回っていた。

本来なら、初等部の生徒でも倒せる雑魚モンスターだ。


だが、それと対峙している少女は追い詰められていた。


腰まで届く青白い髪。透き通るような白い肌。

高等部3年生の制服を身に纏った彼女は、学園でも有名な紅蓮の魔女こと、一条 葵(いちじょう・あおい)先輩だった。


「出て……! 私の炎槍フレイムランス……!」


彼女が悲痛な声を上げ、杖を振るう。

だが――遅い。

杖を振ってから魔法が発動するまでに、致命的な遅延ラグがある。


パキィン……。


ようやく空中に形成された炎の槍は、以前のような熱と鋭さを失っていた。

スライムに当たる前に、線香花火のように虚しく散ってしまう。


「また……! なぜイメージ通りに固定されないの……!?」


彼女の声には、焦燥と恐怖が滲んでいた。

かつて学園最強と呼ばれた天才の面影はない。



悪いことは重なるものだ。

彼女の頭上にあった魔石灯が、寿命を迎えて激しく点滅(フリッカー)し始めた。


バチッ、バチッ!


暗闇と光が、激しいストロボのように入れ替わる。

スライムの影が伸び縮みし、まるで巨大な怪物が迫ってくるように見えたのだろう。


「ひっ……!?」


葵先輩が悲鳴を上げ、その場にうずくまった。


「やだ、消えないで……! 私の光まで消えないで!」


彼女の瞳孔が開いている。過呼吸だ。

精神的に極限まで追い詰められている彼女には、単なる照明の不具合が、自分を飲み込もうとする闇の干渉に見えているらしい。


「そこね! 私の才能を喰らう闇の精霊……! 消えなさい!」


彼女は錯乱し、杖を天井に向けた。

魔力を暴走させ、照明器具そのものを吹き飛ばそうとしている。



「おい、やめろ!」


俺はとっさに飛び出した。

スライムなど無視して、彼女の細い腕をガシッと掴む。


「きゃっ!? だ、誰……!?」

「設備を壊すな! 天井に向けて魔法を撃つ奴があるか!」


俺は彼女の手を強引に下ろさせた。


「ガラス管が割れて破片が降ってきたらどうする! 保護メガネもしてないのに、失明するぞ!」(もっとも、俺は保護メガネをしているがな)

「は……? 破片……?」


葵先輩は、焦点の合わない目で俺を見た。


「い、いいえ、あれは闇の干渉よ! 私の魔力を吸い取ろうとして……」

「違う。……どいてろ」


俺は彼女を押しのけ、手早く脚立を立てた。

そして、壁に設置されていた照明のスイッチを「(OFF)」に叩き落とす。

通電したまま作業して感電でもしたら、労災ものだからな。安全第一だ。


「こいつの寿命だ」


俺は脚立に登り、点滅していた魔石灯のソケットを回転させて外す。

腰袋から新品の管球を取り出し、カチッ、カチッとソケットにはめ込んだ。

そして、横にある古びた点灯管グローランプも新品に交換する。

こいつが劣化すると、放電が安定せずにチカチカするんだ。


俺は脚立から降りて、壁のスイッチ・オン。


パァッ!


一瞬のまばたきの後、通路は安定した、清潔な白い光に満たされた。

影は消え、スライムたちは明るさに驚いて物陰へと逃げていく。

闇の干渉は、物理的に消滅した。



俺は埃を払った。

葵先輩は、床に座り込んだまま、安定した光を呆然と見上げていた。


「……直った? 貴方が、闇を祓ったの?」

「管球と点灯管を交換しただけだ。……寿命だったんだよ」


その言葉を聞いた瞬間、彼女の肩がビクリと震えた。


「寿命……」


彼女は自嘲気味に笑った。その笑顔は、泣き顔よりも痛々しかった。


「そうね。……この光も、私と同じ。輝ける時間は終わったのよ」

「……」

「まだ18歳なのに。完全な22歳の断絶(リタイア)を待たずに、私の魔法は枯れたのよ」


彼女は膝を抱え、小さく震え出した。

俺は黙って彼女を見下ろした。

そして、無意識にスキル『施設管理の眼』で、彼女の体内を流れる魔力配管ラインを観察していた。


(……枯れてなんかいない)


むしろ、魔力はダムのように溢れかえっている。

だが、その流れが極端に悪い。

長年の酷使で回路に燃えカス(ログ)が溜まり、配管が詰まっている状態だ。

PCで言えば、キャッシュが溜まりすぎて動作が重くなっているだけ。

再起動リブートとデフラグが必要な案件だ。


「……ふん」


俺は興味なさげに鼻を鳴らした。



「ここで座り込んでると邪魔だ。……俺は地下10階のポンプ室まで行く。一緒に行くか?」


俺は手を差し伸べず、先へと歩き出した。

葵先輩はしばらく迷っていたが、やがてふらふらと立ち上がり、無言で俺の後をついてきた。


「……私も下層へ行って、もっと強い魔物と戦わないと……感覚を取り戻さないと……」


まだ無理をする気か。

俺たちはエレベーターホールに到着した。

だが、呼び出しボタンを押しても反応がない。

表示パネルには赤く『ERROR』の文字が点滅していた。


「……ダメね」


葵先輩が絶望的な声で呟く。


「やっぱり、道は閉ざされているのよ。……世界が私に『もう終わった』と告げているんだわ」

「閉ざされてない。着床センサー(レベルスイッチ)の誤検知だ」


俺は腰袋から、三角形の鍵――非常解錠キーを取り出した。

エレベーターの扉の上部にある小さな穴に、キーを差し込む。


ガチャリ。


機械的な音がして、扉のロックが外れる。

俺は両手で扉を掴み、ググッと左右にこじ開けた。


ガゴォォォォン……!


重い鉄の扉が開く。

そこには、ちゃんと「搬器(カゴ)」が到着していた。

だが、扉が開かなかったのには理由がある。


「……え? 箱がある?」

葵先輩が目を丸くしている。


「よく見ろ。カゴ側の敷居にある、この反射板だ」


俺は指差した。

カゴの足元にある、位置検出用の光電センサーの反射板が、スライムの粘液と泥でベトリと汚れていた。


「こいつが汚れてると、制御盤は『カゴが正しい位置(レベル)にいない』と判断する。だから安全装置が働いて、扉を開けないようにロックしてたんだ」


俺はウエスを取り出し、反射板の汚れを丁寧に拭き取った。

ピカッと光が反射した瞬間、カゴ内の照明が一段明るくなり、操作盤のエラー表示が消える。


ピンポン。


正常な到着音が響き、今度は自動で扉が全開になった。


「よし、復旧」


俺はエレベーターのカゴを背にして、先輩に声をかけた。


「先輩。……あんたの魔法、枯れたんじゃなくて詰まってるだけに見えるぞ」

「……え?」

「メンテナンス不足だ。……このセンサーみたいに、泥がついて信号が届いてないだけだ」

「詰まって……る? 私の才能が、消えたわけじゃないの?」


彼女の瞳に、僅かな光が戻る。

だが、俺は彼女の手を取らなかった。代わりに、エレベーターの地上行きボタンを押し、彼女の背中をカゴの中へと軽く押した。


「えっ……?」

「俺はこれから地下10階のポンプ室へ行く。あんたは地上へ戻れ」

「ま、待って! 貴方、私の魔法が治るって……!」


彼女が慌てて飛び出そうとするが、扉が閉まり始める。


「今のあんたは精神的に不安定だ。そんな状態で深層に行けば、また幻覚を見て事故る」


俺は閉まりゆく扉の隙間から、彼女を冷徹に見据えた。


「まずは休め。……配管ラインの掃除は、あんたが冷静になってからだ」

「待って! 名前! せめて名前を……!」


ガコン。


無情にも扉は閉ざされ、エレベーターは上昇を始めた。

静寂が戻った地下通路で、俺は一つ息を吐いた。


「……名前なんて名乗るほどのことじゃない。ただの設備点検だ」


俺は工具袋を担ぎ直し、暗い闇の奥へと歩き出した。

修理対象(ターゲット)の「仮診断」は完了。

だが、あのポンコツなエリート先輩とは、近いうちにまた会う予感がした。


【佐藤工務店より:GW前の突貫工事(更新ペース変更)のお知らせ】

いつも当工務店の現場(本作品)をご視察いただき、ありがとうございます。

さて、現場監督(作者)よりお知らせです。


当工務店は、来るゴールデンウィーク期間中、法令遵守および作業員の疲労回復のため「完全週休・有給消化(長期休載)」に入らせていただきます。

つきましては、GW前に現在進行中の「一条葵ユニットのオーバーホール工事」を必ず工期内(5/1)に納品(完結)させるため、以下の日程で「1日2話更新(突貫工事・残業)」を実施いたします。


4/27(月):2話更新(早出・残業)

4/28(火):2話更新(早出・残業)

4/29(水):1話更新(休日出勤)

4/30(木):2話更新(納期前日の徹夜作業)

5/1 (金):2話更新(最終検査および引き渡し完了!)


読者の皆様には、急なペース変更(工程の変更)でご迷惑をおかけしますが、無事故での納品(第39話:目撃者たちの報告書)まで、どうかお付き合いください。

それでは、本日も一日ご安全に!

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