第33話:休日出勤とセキュリティホール ~サポート切れ間近のOSを、ネットに繋がないでください~
本日一話目の更新。
「……よし。今日のコーヒーは完璧な抽出だ」
日曜日の午前10時。
俺、佐藤航は、学生寮の自室で至福の時を過ごしていた。
窓の外は快晴。絶好の行楽日和だが、俺にとっての休日は外に出ないことと同義だ。
なぜなら、俺の精神年齢は35歳。平日の学園生活(という名の激務)で擦り減ったSAN値を回復させるには、引きこもるに限る。
デスクの上には、ジャンク屋で拾ってきた魔導具の基板と、俺が勝手に構築した学園ダンジョン管理システム・ミラーリング監視用モニタ(非公式)が並んでいる。
画面には、現在のダンジョン内の魔力流量、入場者数、エラーログなどがリアルタイムで流れている。
これを眺めながらコーヒーを飲むのが、元・エンジニアとしての密かな楽しみだ。
「エラーログなし、サーバー応答速度正常。……平和だ」
この世界――あるいは「神のシステム」は、基本的には優秀だ。
だが、たまに仕様の穴や、理不尽な仕様変更を行ってくる。
その最たるものが、22歳の断絶だ。
一般的には「22歳の誕生日に魔法が消える」と言われているが、俺の解析によれば、それは厳密ではない。
正しくは、22歳前後の数ヶ月間(±3ヶ月)に発生する、接続不安定期間だ。
さらに、魔法を無駄に酷使した者ほどその劣化は早く始まり、18歳頃から徐々に制限がかかり始める。
サーバー側がそろそろこの端末は契約切れだなと判断し、徐々に通信帯域を絞り始めるのだ。
その結果、魔法の発動にラグが生じたり、威力が低下したりする。
いわゆる「おま環(お前の環境だけ回線が遅い)状態」である。
昨日の夕方、一条先輩に行ったフィルター掃除も、あくまで一時的な対処療法に過ぎない。
回線そのものが細くなっている以上、彼女が焦る気持ちも分からなくはないが……。
「ま、休んでれば多少は回復するだろ」
俺は他人事のように呟き、マグカップを傾けた。
その時までは、そう思っていた。
◇
同時刻。女子寮の一室。
一条葵は、悪夢にうなされて飛び起きた。
「はぁッ……はぁ……!」
夢を見た。
魔法を使おうとした瞬間、指先から砂のように崩れ落ちていく夢。
「アクセス権限がありません」という無機質な声が響き、世界から弾き出される感覚。
全身が冷たい汗で濡れている。
昨日の夕方、佐藤くんのおかげで体は楽になったはずだ。
でも、あの時の魔力が薄くなった感覚が、どうしても拭えない。
(試さなきゃ……)
彼女は震える手で杖を握りしめた。
(寮の訓練場じゃダメ。もっと実戦形式で、強い負荷をかけないと……本当の状態は分からない)
焦りが、冷静な判断力を奪っていく。
彼女は制服に着替えると、ふらふらと部屋を出た。
「ごめんなさい、佐藤くん。……少しだけ、確認するだけだから」
それは、自分への言い訳だった。
彼女は寮を飛び出し、休日で人の少ないダンジョンの中層エリアへと向かってしまった。
◇
「ぶっ!!」
俺は口に含んだコーヒーを、盛大にモニターへ吹きかけた。
「……はあ!? なんだこの警告灯!」
平和だったはずの監視モニターが、どぎつい赤色に染まっている。
表示されているアラートは、俺が独自に設定した検索フィルタに引っかかったものだ。
『Alert: Legacy Device Detected in Sector 10.』
(警告:第10階層にて、サポート対象外になりかけのデバイスを検知)
「第10階層……中層かよ! しかもこのID……一条先輩!?」
俺は慌ててキーボードを叩き、詳細ログを表示させる。
画面上の彼女のステータスは、目を覆いたくなるような有様だった。
【Connection: Unstable(接続不安定)】
【Packet Loss: 35%(パケットロス発生中)】
【Ping: 4500ms(深刻なラグ)】
「馬鹿な人だ……! 回線が細くなってるのに、高画質動画を再生しようとする奴があるか!」
パケットロス35%。
これは、魔法を10回撃ったら3〜4回は不発になるということだ。
しかも応答速度が遅すぎる。敵を認識してから魔法が出るまでに4秒以上のタイムラグがある。
命取りだ。
中層の魔物は、そんな待ち時間を許してはくれない。
「くそっ、これだからワーカーホリックは!」
俺は舌打ちしながら、椅子の背にかけてあった現場用ベストを引っ掴む。
休日は働かない?
知るか。目の前で労働災害が発生しそうなのに、見過ごせるほど俺は図太くない。
俺はスマホを取り出し、短縮ダイヤルを押した。
「凛、カイ、起きろ! 緊急出動だ!」
『えっ、今日は休みじゃ……』
「休日出勤手当は生徒会費からふんだくる! 5分で準備しろ、現場へ急ぐぞ!」
俺はポケットに、いつもの工具セットに加え、机の引き出しから「黒いUSBメモリのような魔石」を放り込んだ。
「……チッ。面倒くさいが、違法改造キット持ってくか」
◇
「現場まで最短ルートで行くぞ」
俺は現場用ベストのファスナーを一気に引き上げ、瞬時に仕事モードへと切り替える。
休日の惰眠を貪る時間は終わった。今は一人の作業員の命がかかっている。
「凛、カイ。状況確認と危険予知活動を行う」
俺は走りながら、インカム越しに二人に指示を飛ばす。
『了解ですわ!』
『状況は?』
「対象は第10階層、湿地エリア奥の袋小路。一条先輩が孤立している。
現状、サーバーからの接続拒否(通信断絶)により魔法使用不可の可能性が高い」
俺は脳内でダンジョンの構造図を展開し、最適解を弾き出す。
「【作業内容】:壁面爆破によるショートカットおよび緊急救助。
【危険のポイント】:爆破時の破片による要救助者の負傷。および、突入後の敵ヘイトの分散。」
俺は走りながら、腰の道具袋から指向性爆薬(および魔導起爆札)を取り出す。
「【対策】:凛は爆破と同時に突入し、先輩に『対物理結界』を展開。二次災害を防げ。
カイは『音響弾』で敵のヘイトを俺たちに向けろ。
俺は……ハッキングツールで『場の固定』を行う」
『了解!』
「よし。――ご安全に!」
◇
ダンジョン第10階層『湿地エリア』。
湿った空気が肌にまとわりつく中、一条葵は杖を構えていた。
「はぁ……はぁ……」
まだ、戦える。
さっきのマッド・リザードは倒せた。
魔法の威力は落ちている気がするけれど、テクニックでカバーできている。
(大丈夫。私、まだ枯れてない)
そう自分に言い聞かせた、その時だった。
ズズズ……。
泥の中から、巨大な影が這い出してくる。
硬質の甲羅と、鋭いクチバシを持つアーマード・タートルの群れ。
物理防御が高く、魔法以外では倒しにくい難敵だ。
「っ……! フレイム・アロー!」
葵は反射的に杖を振るう。
いつもなら、コンマ1秒で炎の矢が生成され、敵を貫くはずだった。
しかし。
ブツン。
嫌な音が頭の中で響いた。
杖の先に集まりかけた赤い光が、まるでノイズの走った映像のように乱れ、四散する。
「え……?」
魔法が、出ない。
魔力はある。イメージも完璧だ。
なのに、世界が『408 Request Timeout(応答なし)』を返してくる。
「嘘……なんで……?」
目の前で、亀の魔物が大きく口を開ける。
鈍い捕食者の目が、動けない獲物を捉えた。
「嫌……アクセスできない……魔法が、私のことを拒絶してる……!」
視界に、砂嵐のようなノイズが走り始める。
それは、彼女が恐れていた「断絶」の先触れ。
世界からログアウトさせられる恐怖に、葵はただ立ち尽くすことしかできなかった。
「あ――」
亀が飛びかかってくる。
その牙が喉元に迫った瞬間。
壁の向こうから、冷静かつ明瞭な「確認呼称」が聞こえた。
「爆破範囲、要救助者クリア。……発破、スイッチよし!」
ドオオオオン!!
指向性の爆風が壁を正確に穿つ。
飛び散る瓦礫。だが、それらは一条葵に当たる直前で、滑り込んだ凛の多重結界によって完全に防がれていた。
「ギャオッ!?」
さらに、カイが投げ込んだ音響手榴弾が炸裂し、亀たちが怯む。
粉塵が舞う中、開いた大穴から一人の男が踏み込んでくる。
口元をマスクで覆い、鋭い眼光で周囲を一瞥する姿。
そこには一切の油断も、眠気もなかった。
彼は安全靴で地面を踏みしめると、懐中電灯で葵の顔を照らし、事務的に告げた。
「怪我なし、意識レベルよし。……お待たせしました、カレッジ・ダンジョン・サービスです」
彼は工具箱を置くと、煤けた手袋を締め直した。
「レッカー移動にしますか? それとも、ここで修理します?」
夕方に二話目の更新します。




