第24話:その「消えゆく希望の灯火」は、交換部品のない欠陥設備です
囁祈詠念!
……灰になってしまった。
「……チッ。なんだあの明滅は。目に悪いな」
実技試験の合格祝いとして、カイの店『六角堂』で開かれたささやかな祝勝会。
凛やエスティア、リリスたちとカツカレーを囲み、久しぶりにバカ騒ぎをして寮に戻った俺は、窓の外を見て顔をしかめた。
酔いも冷めるような不快な点滅。
学園都市の夜空を照らすシンボル――「大魔導灯」。
高さ50メートルの塔の頂上で、都市全体を覆う「結界」の要として輝いているはずの光が、今夜はどうもおかしい。
ジジッ……チカッ……フッ……チカチカッ。
不規則なリズムで明滅を繰り返し、時折、青白い火花が散っている。
「やっぱりだ。あの点滅リズム、ただの魔力切れじゃない」
俺は腕組みをした。
魔力切れなら、ロウソクが燃え尽きるように徐々に暗くなるはずだ。だが、あれはオンとオフが激しく切り替わっている。
「……トラッキング現象か。端子のサビと湿気で微小なショートが断続的に起きてるな」
その時だった。
バチィィッ!!
塔の頂上で大きな火花が散り、灯火がフッと消えた。
「きゃぁぁぁぁっ!?」
「き、消えた!? 結界が消えたぞ!!」
外から悲鳴が上がる。
同時に、遠くの森から「アオオオオォォン……!」という魔獣の遠吠えが聞こえ始めた。街中がパニックに陥る中、灯火は再びチカチカと頼りなく点灯し始めた。
「……やれやれ。切れかけの蛍光灯かよ」
俺はカーテンを閉めた。
あんなストロボみたいな光を見せられたら、安眠妨害もいいところだ。
◇
翌朝。
学園はハチの巣をつついたような騒ぎになっていた。
大魔導灯のある聖塔の周囲には、物々しいバリケードが築かれ、王宮から派遣された魔導技師団が陣取っている。
「静粛に! 静粛に願いたい!」
拡声魔法の声が響く。
バリケードの前に立ったのは、豪奢なローブを纏った白髭の老人――ガレン主席技師長だ。この国の魔導工学のトップに君臨する権威である。
彼は沈痛な面持ちで、学園長や集まった生徒たちに宣告した。
「残念ながら……大魔導灯の精霊が、寿命を迎えようとしている」
「じゅ、寿命ですって!?」
学園長が顔面蒼白になる。
「うむ。精霊の鼓動が乱れているのが証拠だ。もはや回復の見込みはない」
ガレンは大仰に天を仰いだ。
「再点火の儀式には、国中から『聖油』と『魔石』を集め、清めの祈りを捧げねばならん。……早くて1ヶ月。それまでは、夜間の結界強度は低下するだろう」
「1ヶ月!? その間に魔物が攻めてきたらどうするんですか!」
「私たち死ぬの!?」
生徒たちが絶望の声を上げる。だが、ガレンは首を振るだけだ。
「これも運命だ。……今はただ、祈りを捧げるのだ」
◇
(……祈って直るなら、修理屋はいらねえんだよ)
俺は群衆の後ろで、冷めた目を塔の頂上に向けていた。
スキル『遠見』と『構造解析』を発動させる。俺の目には、精霊の姿なんて見えない。代わりに見えるのは、物理的な現実だ。
「……電極のサビ。配線の被覆劣化。そして、固定ボルトの緩み」
寿命? 笑わせるな。あれはただのメンテナンス不足だ。
「100年もメンテしてない? ……どんなブラック運用だよ。インフラをナメてんのか」
俺はイラ立ちを覚えた。
消える瞬間に見える青い光はアーク放電だ。端子が離れる瞬間に高電圧が空気を絶縁破壊している。このまま放置すれば、端子が溶損して、本当に再起不能になる。
「……あーあ。見てらんねえ」
◇
その日の夕方。
学園側から緊急通達が出た。
『夜間外出禁止令』
『省エネのため、校内の外灯および廊下の照明はすべて消灯する』
「はぁ? ふざけんな」
俺は通達を見て声を荒げた。
ただでさえ夜は暗いのに、廊下の電気まで消すだと?
「真っ暗な廊下なんて、転倒災害の温床だぞ。それに、あの塔がチカチカしてるせいで、部屋の中にいても気が散って眠れん」
俺にとって、これは「世界の危機」ではない。
生活環境の悪化と安全管理上の不備だ。
俺は端末(魔導タブレット)を取り出し、自作の図面フォルダを展開した。
「……あった。これだ」
画面に表示されたのは、大魔導灯・構造図(古代語版)。
以前、暇な時に図書館の地下書庫で見つけたボロボロの古文書をスキャンし、PDF化しておいたものだ。築100年の物件を管理するなら、竣工図書の確保は基本中の基本だ。
俺は画面をピンチアウトし、塔頂部の詳細図を表示させる。
端子の形状、ケーブルの太さ、定格電圧。全て頭に入れた。
「……端子は銅製か。なら、倉庫に在庫があるな」
俺は工具箱を開け、必要な道具を選定し始めた。ただのドライバーやペンチだけじゃ足りない。
・サビ落とし用のワイヤーブラシとサンドペーパー。
・汚れを拭き取るためのウエス。
・そして、最も重要な接点復活剤。
・最悪のケース(断線・端子溶解)を想定し、予備のケーブル、圧着端子、圧着ペンチ、ワイヤーストリッパーも腰袋に放り込む。
「準備8割、現場2割。……現地に行ってから『部品がありません』じゃ話にならんからな」
装備を整えた俺は、ヘルメットを被った。
「電球の交換」の時間だ。
◇
「航くん! 行くのですわね?」
寮の裏口を出ると、凛とカイ、そしてエスティアが現れた。三人は決意に満ちた目をしている。
「街を救うために……! さすが航くんですわ!」
「技師団のセキュリティは堅いよ。王宮の結界が張られている。……でも、君なら抜け道を知ってるんだろ?」
カイがワクワクした顔で聞いてくる。
どうやら彼らは、俺が英雄的な潜入ミッションに行くと思っているらしい。
「いや、抜け道なんていらない」
俺はヘルメットのあご紐を締め、懐から一枚のカードを取り出した。
学園長から押し付けられた、例の特別校務員証だ。
「俺はここの管理者だぞ? ……堂々と設備点検に行くだけだ」
「えっ……正面から?」
「ああ。自分の管理区域に入るのに、コソコソする必要はない」
◇
夜の帳が下りる頃。
俺たちは大魔導灯の塔、その入り口に到着した。
バリケードの前には、ガレン技師長とその部下たちが、松明を持って見張っている。
「止まれ! 貴様ら、何用だ!」
ガレンが杖を突きつけてきた。
「帰れ! ここは今、神聖な鎮魂の儀の最中だ! 生徒ごときが近づいていい場所ではない!」
部下の魔導師たちが、威圧的な魔力を放つ。凛とエスティアが身構える。
だが、俺はそれを手で制し、ツカツカとバリケードの前まで歩み寄った。
「……どいてくれ、爺さん」
「な、なんだと……!?」
俺は塔の頂上を指差した。
「そこの電球、切れかかってて目障りなんだよ。……今から交換しに行く」
「で、でんきゅう……!?」
ガレンの顔が真っ赤になった。国の至宝、古代の遺産を電球呼ばわりされたのだ。
「き、貴様ぁぁぁ! 神聖な大魔導灯を愚弄するか! 捕らえろ! 不敬罪で投獄してやる!」
技師たちが殺気立って詠唱を始める。
俺はため息をつき、マスターキーをカードリーダー(古代の石盤)にかざした。
『Access Granted: Administrator Level 1』
ピロリン♪
軽快な電子音と共に、バリケード奥の重厚な扉が、独りでに開いた。
「なっ……!?」
「く、国の最高権限がないと開かないはずの聖扉が!?」
驚愕する技師たちを尻目に、俺はバリケードを跨いだ。
「行くぞ。……夜間作業だ」
次回、権威(お役所)vs 現場監督。
仁義なき管轄権争いと、前代未聞のサビ取り工事が始まる。
本日も一日ご安全に!




