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第25話:その「聖なる立ち入り禁止区域」は、ただの埃まみれの電気室です

緊急時でも、予定外作業は絶対禁止だぞ!

「なっ……なぜだ!? その聖扉は、王家の血筋か大賢者しか開けられんはず!」


ガレン技師長が、開かれた重厚な扉を前にして、腰を抜かさんばかりに驚いている。

俺は手元のカードリーダー(古代の石盤)と、特別校務員証を見比べた。


「いや、ここに|管理者《Administrator》って書いてあるだろ」


俺が指差した古代文字は、彼らには神聖な紋章に見えているらしいが、俺の『保全管理の眼(システム・デバッグ)』には、無機質なシステムログとして映っていた。


> [SYSTEM] 認証プロセス:完了

> [USER] Wataru Sato (Role: Maintenance Staff)

> [ACCESS LEVEL] Full Control (Root Authority)

> [GATE STATUS] Unlock (Open)


「行くぞ。……カイ、凛、エスティア。ついてこい」


俺が足を踏み入れると、背後で技師団たちが色めき立った。


「ま、待て! 貴様らを入れるわけには……!」


数人の技師が杖を構えるが、カイが素早く扉の脇にある制御パネルを操作した。


「おっと、無駄だよ。セキュリティコード書き換え完了。……今は僕たちがここの主人だ」


カイがニヤリと笑う。扉が重々しく閉まり始め、技師団を締め出そうとする。


「待てカイ。……爺さん(ガレン)だけは中に入れてやれ」

「え? いいのかい?」

「ああ。俺たちはこれから、国宝級の設備をいじるんだ。……後で勝手に壊したと言われないよう、施主側の立会人が必要だ」


現場監督の鉄則だ。責任の所在は明確にしておくに限る。



「……けしからん! 断じてけしからんぞ!」


無理やり中に引きずり込まれたガレンは、顔を真っ赤にして喚いている。

だが、俺はそれを無視して、塔のエントランスホールで立ち止まった。

埃っぽい空気の中、俺はパンパンと手を叩いた。


「よし、全員集合。……作業前のTBMツールボックスミーティングを行う」


俺はヘルメットのあご紐を締め直し、凛、カイ、エスティア、そして困惑するガレンを見回した。


「てぃーびーえむ……? なんですの、それ?」

凛が首を傾げる。

「作業前の作戦会議だ。……いいか、ここは聖域じゃない。危険箇所(ハザード)だ」


俺は指を折りながら、手短にリスクアセスメントを行った。


「予測される危険は三つ」

「一つ、『感電災害』。上層階は高電圧の魔力がスパークしてる。不用意に金属部に触れるな」

「二つ、『墜落災害』。塔は吹き抜けだ。手すりも腐ってる可能性がある。足元注意(足元よし)」

「三つ、『酸素欠乏および中毒』。オゾン臭がひどい。気分が悪くなったらすぐに報告しろ」


俺はそれぞれの顔を見た。


「凛とエスティアは、周囲の警戒と、万が一の『救護』担当」

「カイは、セキュリティの解除と『通信確保』担当」

爺さん(ガレン)は、俺の作業の『監視(証人)』だ。……勝手な行動はするなよ、災害の元だ」


全員がゴクリと唾を飲み込む。ただの冒険気分が吹き飛び、現場の空気が引き締まった。


「最後に合言葉だ。……ご安全に!」

「ご、ごあんぜんに……?」


凛たちが戸惑いながらも復唱する。よし、これでようやく仕事(現場)に入れる。



「で、最上階まではどう行くんだ?」


俺は中央にある巨大な円形の台座を見た。

本来なら青白く光っているはずの魔導紋様が、完全に沈黙している。


「ふん。精霊の怒りで、この浮遊の台座(エレベーター)も死んでしまったわ! 最上階まで50メートル、螺旋階段で登るしかない!」


ガレンが勝ち誇ったように階段を指差す。

50メートル? ビル15階分だ。そんなもん登ってたら、到着する頃には足がガクガクになって高所作業どころじゃない。


「……面倒くさい」


俺は台座の脇にしゃがみ込み、制御盤のカバーを外した。中は複雑な結晶回路だが、構造は単純だ。


「……なんだこれ。過電流でヒューズ(魔石)が飛んでるだけじゃねえか」


俺は腰袋から、予備の銅線を取り出した。安全基準的にはアウトだが、今は緊急時だ。飛んだヒューズの両端を銅線で結び、直結(バイパス)させる。


「よっと」


バチン! ブゥゥゥン……。


重低音と共に、台座の紋様が青く輝き出し、ふわりと浮き上がった。


「なっ、ななな……!?」

ガレンが目玉を剥いた。

「き、貴様、今何をした!? 神聖な台座を蹴飛ばしたのか!? なぜ死んだはずの精霊が蘇る!?」

「蹴飛ばしてねえよ。……回路を繋ぎ直しただけだ。乗れよ爺さん、直通運転だ」



エレベーターが音もなく上昇していく。


「航くん、本当に直してしまいましたわ……」

「ワタル、すごいです! まるで魔法使いみたい!」


凛とエスティアが感心しているが、俺は渋い顔をしたままだった。


「直してない。応急処置だ。……根本的な原因を取り除かないと、またすぐに止まる」


そして、最上階に到着した瞬間。さっきのKYの通り、俺の懸念は現実となった。


ジジジジジッ!! バチィッ!!


「うわっ、うるさっ!?」


最上階「天上の間」。そこは、神聖な静寂とは無縁の場所だった。

耳をつんざくようなノイズ。そして、鼻を刺す強烈な刺激臭。


「……言った通りだろ? オゾン臭だ。それに、何かが焦げてる匂いもする」


俺は顔をしかめ、ポケットから耳栓(イヤープラグ)を取り出して装着した。ここはもう「聖域」じゃない。危険な高圧電気室だ。



部屋の中央。

直径2メートルほどの巨大な発光体(クリスタル)が、空中に浮遊していた。その周囲を、複雑な金属リングと、太いケーブルのような管が取り囲んでいる。

クリスタルは不規則に明滅し、そのたびに金属リングとの間で青白い火花アークが散っていた。


「おお、精霊よ! 怒りを鎮めたまえ!」


ガレンはその場に平伏し、床に額を擦り付けて祈り始めた。


「我らの不信心をお許しください……!」

「……やれやれ」


俺は祈るどころか、ズカズカと御神体に近づいていった。

バチッ! という音と共に火花が散るが、俺は絶縁手袋をしている。


「おい、離れろ! 罰が当たるぞ!」


ガレンが叫ぶが、俺は無視してクリスタルの根元――金属リングとの接続部を、強力なLEDライトで照らした。同時に、『保全管理の眼』が異常箇所をロックオンする。


> [TARGET] 魔導コア接続端子メインバスバー

> [STATUS] 接触不良(チャタリング発生中)

> [cause] 酸化被膜(緑青)の堆積:厚さ2.5mm

> [DANGER] 接点温度:850℃(溶断寸前)


「……やっぱりな」


光に照らされた接続部を見て、俺は納得した。

そこには、鮮やかな緑色の粉がびっしりと付着し、金属がボロボロに腐食していた。


「見ろよ爺さん。これが精霊の怒りの正体だ」

「……? なんだその不吉な緑色の苔は。……腐敗の呪いか!?」


ガレンが恐る恐る覗き込む。


「苔じゃないし、呪いでもない。……緑青だ」

「ろく、しょう……?」

「銅が湿気で酸化してできるサビだ。……この塔、雨漏りしてるだろ? 湿気で端子が腐って、魔力(電気)が通りにくくなってる」


俺は指で緑色の粉を拭ってみせた。


「サビで抵抗が増える。無理やり流そうとして熱を持つ。熱で接触面が荒れる。……その結果が、あの点滅(チャタリング)だ」


俺はガレンを見下ろした。


「100年間、一度も磨いてないんだろ? ……機械なら、メンテしてやらなきゃ拗ねるに決まってる」



「そ、そんな……。サビ一つで、国の結界が……?」


ガレンが呆然としている。俺は腰の工具袋に手をかけた。


「原因は分かった。修理するぞ」

「ど、どうするつもりだ?」

「一度、電源を落とす(ブレーカーを切る)。通電したままじゃ、感電して死ぬからな。……止めてから、端子を磨き直す」


その言葉に、ガレンが色をなして立ち上がった。


「なっ!? 電源を落とすだと!? 正気か!?」

「あ?」

「今ですら結界は限界なんだ!完全に切ったら、その瞬間に外の魔物が雪崩れ込んでくるぞ! 学園都市は壊滅だ!」

「だからって、このまま放置したら……」


その時だった。


バギィィィン!!


最大級のスパーク音と共に、接続ボルトの一つが熱に耐えきれず、弾け飛んだ。ボルトは弾丸のように壁に突き刺さる。


そして。


フッ……。


クリスタルの光が、完全に消滅した。

塔の中も、窓の外に広がる学園都市も、完全な闇に包まれる。


「あ……あぁ……消えた……」


ガレンが絶望の声を漏らす。直後。


ドォォォォン……!!


塔全体が激しく揺れた。

結界が消えたこと感知した空の魔獣が、塔に体当たりをしてきたのだ。

ガラスが割れ、冷たい夜風と魔物の咆哮が吹き込んでくる。


「ひぃぃっ! お、終わりだ……!」


ガレンと凛たちがパニックになる中、暗闇の中で「カチッ」という無機質な音が響いた。


パッ!


強力な光のビームが、暗闇を切り裂き、死んだクリスタルを照らし出した。

俺のヘルメットに装着された、LEDヘッドライトだ。


「……問答無用で停電作業になっちまったな。まあ、活線作業(通電状態での作業)にならなくて済んだのは助かるが」


光の中で、俺はニヤリと笑った。


「明かりが必要なら、俺が照らしてやる。……手元さえ見えりゃ、仕事はできる」


俺はワイヤーブラシを手に取った。

「急ぐぞ。……復旧工事、開始だ」


次回、魔獣が塔を破壊するのが先か、俺がサビを落とすのが先か。

命懸けの接点磨きが始まる。

本日も一日ご安全に!

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