第25話:その「聖なる立ち入り禁止区域」は、ただの埃まみれの電気室です
緊急時でも、予定外作業は絶対禁止だぞ!
「なっ……なぜだ!? その聖扉は、王家の血筋か大賢者しか開けられんはず!」
ガレン技師長が、開かれた重厚な扉を前にして、腰を抜かさんばかりに驚いている。
俺は手元のカードリーダー(古代の石盤)と、特別校務員証を見比べた。
「いや、ここに|管理者《Administrator》って書いてあるだろ」
俺が指差した古代文字は、彼らには神聖な紋章に見えているらしいが、俺の『保全管理の眼』には、無機質なシステムログとして映っていた。
> [SYSTEM] 認証プロセス:完了
> [USER] Wataru Sato (Role: Maintenance Staff)
> [ACCESS LEVEL] Full Control (Root Authority)
> [GATE STATUS] Unlock (Open)
「行くぞ。……カイ、凛、エスティア。ついてこい」
俺が足を踏み入れると、背後で技師団たちが色めき立った。
「ま、待て! 貴様らを入れるわけには……!」
数人の技師が杖を構えるが、カイが素早く扉の脇にある制御パネルを操作した。
「おっと、無駄だよ。セキュリティコード書き換え完了。……今は僕たちがここの主人だ」
カイがニヤリと笑う。扉が重々しく閉まり始め、技師団を締め出そうとする。
「待てカイ。……爺さんだけは中に入れてやれ」
「え? いいのかい?」
「ああ。俺たちはこれから、国宝級の設備をいじるんだ。……後で勝手に壊したと言われないよう、施主側の立会人が必要だ」
現場監督の鉄則だ。責任の所在は明確にしておくに限る。
◇
「……けしからん! 断じてけしからんぞ!」
無理やり中に引きずり込まれたガレンは、顔を真っ赤にして喚いている。
だが、俺はそれを無視して、塔のエントランスホールで立ち止まった。
埃っぽい空気の中、俺はパンパンと手を叩いた。
「よし、全員集合。……作業前のTBMを行う」
俺はヘルメットのあご紐を締め直し、凛、カイ、エスティア、そして困惑するガレンを見回した。
「てぃーびーえむ……? なんですの、それ?」
凛が首を傾げる。
「作業前の作戦会議だ。……いいか、ここは聖域じゃない。危険箇所だ」
俺は指を折りながら、手短にリスクアセスメントを行った。
「予測される危険は三つ」
「一つ、『感電災害』。上層階は高電圧の魔力がスパークしてる。不用意に金属部に触れるな」
「二つ、『墜落災害』。塔は吹き抜けだ。手すりも腐ってる可能性がある。足元注意(足元よし)」
「三つ、『酸素欠乏および中毒』。オゾン臭がひどい。気分が悪くなったらすぐに報告しろ」
俺はそれぞれの顔を見た。
「凛とエスティアは、周囲の警戒と、万が一の『救護』担当」
「カイは、セキュリティの解除と『通信確保』担当」
「爺さんは、俺の作業の『監視』だ。……勝手な行動はするなよ、災害の元だ」
全員がゴクリと唾を飲み込む。ただの冒険気分が吹き飛び、現場の空気が引き締まった。
「最後に合言葉だ。……ご安全に!」
「ご、ごあんぜんに……?」
凛たちが戸惑いながらも復唱する。よし、これでようやく仕事に入れる。
◇
「で、最上階まではどう行くんだ?」
俺は中央にある巨大な円形の台座を見た。
本来なら青白く光っているはずの魔導紋様が、完全に沈黙している。
「ふん。精霊の怒りで、この浮遊の台座も死んでしまったわ! 最上階まで50メートル、螺旋階段で登るしかない!」
ガレンが勝ち誇ったように階段を指差す。
50メートル? ビル15階分だ。そんなもん登ってたら、到着する頃には足がガクガクになって高所作業どころじゃない。
「……面倒くさい」
俺は台座の脇にしゃがみ込み、制御盤のカバーを外した。中は複雑な結晶回路だが、構造は単純だ。
「……なんだこれ。過電流でヒューズが飛んでるだけじゃねえか」
俺は腰袋から、予備の銅線を取り出した。安全基準的にはアウトだが、今は緊急時だ。飛んだヒューズの両端を銅線で結び、直結させる。
「よっと」
バチン! ブゥゥゥン……。
重低音と共に、台座の紋様が青く輝き出し、ふわりと浮き上がった。
「なっ、ななな……!?」
ガレンが目玉を剥いた。
「き、貴様、今何をした!? 神聖な台座を蹴飛ばしたのか!? なぜ死んだはずの精霊が蘇る!?」
「蹴飛ばしてねえよ。……回路を繋ぎ直しただけだ。乗れよ爺さん、直通運転だ」
◇
エレベーターが音もなく上昇していく。
「航くん、本当に直してしまいましたわ……」
「ワタル、すごいです! まるで魔法使いみたい!」
凛とエスティアが感心しているが、俺は渋い顔をしたままだった。
「直してない。応急処置だ。……根本的な原因を取り除かないと、またすぐに止まる」
そして、最上階に到着した瞬間。さっきのKYの通り、俺の懸念は現実となった。
ジジジジジッ!! バチィッ!!
「うわっ、うるさっ!?」
最上階「天上の間」。そこは、神聖な静寂とは無縁の場所だった。
耳をつんざくようなノイズ。そして、鼻を刺す強烈な刺激臭。
「……言った通りだろ? オゾン臭だ。それに、何かが焦げてる匂いもする」
俺は顔をしかめ、ポケットから耳栓を取り出して装着した。ここはもう「聖域」じゃない。危険な高圧電気室だ。
◇
部屋の中央。
直径2メートルほどの巨大な発光体が、空中に浮遊していた。その周囲を、複雑な金属リングと、太いケーブルのような管が取り囲んでいる。
クリスタルは不規則に明滅し、そのたびに金属リングとの間で青白い火花が散っていた。
「おお、精霊よ! 怒りを鎮めたまえ!」
ガレンはその場に平伏し、床に額を擦り付けて祈り始めた。
「我らの不信心をお許しください……!」
「……やれやれ」
俺は祈るどころか、ズカズカと御神体に近づいていった。
バチッ! という音と共に火花が散るが、俺は絶縁手袋をしている。
「おい、離れろ! 罰が当たるぞ!」
ガレンが叫ぶが、俺は無視してクリスタルの根元――金属リングとの接続部を、強力なLEDライトで照らした。同時に、『保全管理の眼』が異常箇所をロックオンする。
> [TARGET] 魔導コア接続端子
> [STATUS] 接触不良(チャタリング発生中)
> [cause] 酸化被膜(緑青)の堆積:厚さ2.5mm
> [DANGER] 接点温度:850℃(溶断寸前)
「……やっぱりな」
光に照らされた接続部を見て、俺は納得した。
そこには、鮮やかな緑色の粉がびっしりと付着し、金属がボロボロに腐食していた。
「見ろよ爺さん。これが精霊の怒りの正体だ」
「……? なんだその不吉な緑色の苔は。……腐敗の呪いか!?」
ガレンが恐る恐る覗き込む。
「苔じゃないし、呪いでもない。……緑青だ」
「ろく、しょう……?」
「銅が湿気で酸化してできるサビだ。……この塔、雨漏りしてるだろ? 湿気で端子が腐って、魔力が通りにくくなってる」
俺は指で緑色の粉を拭ってみせた。
「サビで抵抗が増える。無理やり流そうとして熱を持つ。熱で接触面が荒れる。……その結果が、あの点滅だ」
俺はガレンを見下ろした。
「100年間、一度も磨いてないんだろ? ……機械なら、メンテしてやらなきゃ拗ねるに決まってる」
◇
「そ、そんな……。サビ一つで、国の結界が……?」
ガレンが呆然としている。俺は腰の工具袋に手をかけた。
「原因は分かった。修理するぞ」
「ど、どうするつもりだ?」
「一度、電源を落とす。通電したままじゃ、感電して死ぬからな。……止めてから、端子を磨き直す」
その言葉に、ガレンが色をなして立ち上がった。
「なっ!? 電源を落とすだと!? 正気か!?」
「あ?」
「今ですら結界は限界なんだ!完全に切ったら、その瞬間に外の魔物が雪崩れ込んでくるぞ! 学園都市は壊滅だ!」
「だからって、このまま放置したら……」
その時だった。
バギィィィン!!
最大級のスパーク音と共に、接続ボルトの一つが熱に耐えきれず、弾け飛んだ。ボルトは弾丸のように壁に突き刺さる。
そして。
フッ……。
クリスタルの光が、完全に消滅した。
塔の中も、窓の外に広がる学園都市も、完全な闇に包まれる。
「あ……あぁ……消えた……」
ガレンが絶望の声を漏らす。直後。
ドォォォォン……!!
塔全体が激しく揺れた。
結界が消えたこと感知した空の魔獣が、塔に体当たりをしてきたのだ。
ガラスが割れ、冷たい夜風と魔物の咆哮が吹き込んでくる。
「ひぃぃっ! お、終わりだ……!」
ガレンと凛たちがパニックになる中、暗闇の中で「カチッ」という無機質な音が響いた。
パッ!
強力な光のビームが、暗闇を切り裂き、死んだクリスタルを照らし出した。
俺のヘルメットに装着された、LEDヘッドライトだ。
「……問答無用で停電作業になっちまったな。まあ、活線作業にならなくて済んだのは助かるが」
光の中で、俺はニヤリと笑った。
「明かりが必要なら、俺が照らしてやる。……手元さえ見えりゃ、仕事はできる」
俺はワイヤーブラシを手に取った。
「急ぐぞ。……復旧工事、開始だ」
次回、魔獣が塔を破壊するのが先か、俺がサビを落とすのが先か。
命懸けの接点磨きが始まる。
本日も一日ご安全に!




