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第21話:その「古代魔術の難解な数式」は、ただの非効率な回路図です

凛ちゃんは素直な優等生!

「佐藤航。単刀直入に言おう」


学園の職員室。

マホガニーの重厚な机の向こうで、銀縁眼鏡をかけた神経質そうな男――教頭が、一枚の書類を突きつけた。


「貴様は実技(魔法)の成績がゼロだ。魔力測定不能。……本来ならこの時点で退学ものだ」

「はぁ。……ですが、俺は特別校務員として採用されていますが」

「その資格も見直す必要がある、という話だ」


教頭は書類を指で叩いた。


「今度の定期試験(筆記)。これで学年平均点を取れなければ、貴様の特別校務員の資格を剥奪する。……つまり、退学および解雇クビだ」

「……!」


俺は眉をひそめた。

退学はどうでもいい。だが、「解雇」は聞き捨てならない。

この学園の寮(社宅)を追い出されれば、俺は異世界で路頭に迷うことになる。生活基盤(ライフライン)の危機だ。


「Fランクのゴミが、学園の品位を汚すのは許せんのでな。……精々、悪足掻きすることだ」


教頭の冷ややかな視線を背に、俺は職員室を後にした。

……やれやれ。現場監督にとって、資格試験ペーパーテストは避けて通れない道か。



放課後の図書館。

西日が差し込む窓際の席に、俺は山積みの教科書と共に座っていた。


「航くんが退学なんてさせませんわ! 私が徹底的に魔法理論を叩き込んで差し上げます!」


隣で腕まくりをしているのは、北条凛だ。

向かいには、エスティアとリリスも座っている。


「ワタル、私も手伝います! 神の知識(カンニング)は禁止されていますが、ヒントくらいなら!」

「私は退屈しのぎに見学させてもらうわ。……魔神に勉強を教わるなんて、人間にしては贅沢ね」


美女三人に囲まれた、傍から見れば羨ましい状況。

だが、俺の目の前にある現実は、そんな甘いものじゃなかった。


「……なんだ、この落書きみたいな図形は」


俺は教科書を開き、頭を抱えた。

そこに書かれていたのは、幾何学模様と謎のルーン文字がびっしりと書き込まれた魔法陣だった。


「落書きではありません! これは初級雷撃魔法ライトニング・スフィアの展開式ですわ。伝統的なルーン魔術式で……」


凛が熱心に解説を始める。

マナの流れがどうこう、精霊への干渉がどうこう。

だが、俺の目には違って見えた。


(……これ、エネルギーの伝達経路図だよな?)


俺は目を細めた。

魔力エネルギーを中心から入力し、術式(回路)を通して、現象(出力)に変換する。やっていることは、電気回路や油圧回路と同じだ。


だとすれば――。



「……無駄が多い」


俺は呟き、胸ポケットから赤ペンを取り出した。


「え?」

「この魔法陣(回路)。エネルギーの流れるルートが複雑すぎる。これじゃあ抵抗値が高すぎて、途中で熱を持ってロスするぞ」


俺は教科書の魔法陣に、容赦なくバツ印をつけた。


「ここ。直列シリーズで繋いでるから、一つが詰まると全体が止まる。……ここを並列パラレルにしてバイパスを通せば、マナの供給が安定する」

「ちょ、ちょっと航くん!? 教科書に何を!?」

「さらにここ。余剰魔力の逃げ道(アース)がない。これじゃ暴発ショートのリスクがある。……接地線を一本引くだけでいい」


俺は魔法陣の装飾的なルーン文字を全て二重線で消し、代わりにシンプルな直線と、電気記号のような図形を書き加えた。

数分後。

芸術的だった魔法陣は、無機質な電気回路図へと変わり果てていた。


「完成だ。……これなら、理論上は燃費(消費MP)が半分で済む」


俺がペンを置くと、凛が恐る恐るその図を覗き込んだ。


「そ、そんな……。術式を半分以上も削除して、魔法が発動するわけが……」


凛は指先で、俺が書いた回路図をなぞり、そこに微弱な魔力を通してシミュレーションを行った。

その瞬間。


「っ!?」


凛が息を呑んだ。


「う、嘘……! 魔力の通り(伝導率)が、教科書の数倍……!? 抵抗が……全くありませんわ!」

「ええっ!?」

「ワタルの書いた数式……美しいです」


エスティアがうっとりとした顔で回路図を見つめている。


「無駄な装飾を削ぎ落とし、世界の理(物理法則)そのものになっています。……これこそ、神の言語です!」


俺にとってはただの「配線図」だが、彼女たちには「失われた古代魔法の再構築リビルド」に見えているらしい。



「……信じられませんわ。航くんは、魔法を使えないのに、誰よりも本質を理解している……」


凛は震える手でページをめくった。


「で、では次の問題です。応用物理魔法学の記述問題。『質量1トンの落下する岩を、風魔法で受け止める際の、必要魔力量を求めよ』」


教科書の模範解答には、岩の運動エネルギーを相殺するための、膨大な魔力計算式が書かれている。

正面から力技で受け止める計算だ。


俺は即答した。


「答え。受け止めるな、避けろ」

「……えっ?」

「もしくは斜めに風を当てて軌道を逸らせ(パリング)。1トンの岩が重力加速度9.8m/s²で落ちてくるんだぞ? 正面から受け止めれば、衝撃荷重で術者の骨が折れるか、地面が陥没する」


俺は図解を書いた。

垂直に受け止める矢印(バカ正直な魔法)と、斜めに受け流す矢印(ベクトル変換)。


「運動エネルギーをまともに食らう必要はない。ベクトルを数度ずらせば、岩は勝手に逸れていく。……必要な魔力(コスト)は、受け止める場合の10分の1以下だ」

「……!」


凛が口元を押さえた。


「常識に囚われない……なんて柔軟な思考……。教科書が『どう受け止めるか』を問うているのに、貴方は『どう処理するか』を答えるのですか……」

「現場じゃ、落ちてくる資材を素手で受け止める奴はいない。……避けるのが安全管理セオリーだ」



その時だった。


「……何やら騒がしいと思えば、Fランクの分際で勉強ごっごか?」


背後から、嫌味な声が降ってきた。教頭だ。

彼は俺の机の上にある、赤ペンで修正されまくった教科書を見て、鼻で笑った。


「はっ。なんだそのデタラメな図形は。神聖な魔法陣を汚しおって……これだから無能は困る」

「……デタラメかどうかは、やってみないと分かりませんよ」


俺が返すと、教頭は顔を真っ赤にした。


「口答えするな! いいか、今回の試験は私が作成した超難問だ。貴様のその浅知恵が通用すると思うなよ!」


教頭は捨て台詞を吐いて去っていった。


「……あいつ、ムカつくわね。消し炭にしてもいい?」

リリスが掌に黒い炎を灯す。

「やめとけ。ボヤ騒ぎになる」


俺はリリスを制し、シャープペンシルの芯をカチリと出した。


「だが、宣戦布告は受け取った。……現場(テスト)で証明してやる」



そして、試験当日。

大講堂には、数百人の生徒と、ピリピリとした緊張感が満ちていた。


『始め!』


試験官の合図と共に、問題用紙が配られる。俺は紙面をざっと眺めた。


問1:複合魔法陣におけるマナ干渉の……

問2:古代語魔法の詠唱短縮における……


確かに難解だ。普通の生徒なら、頭を抱えるような抽象的な理論ばかり。

だが。


(……やれやれ。問題作成者の性格が透けて見えるな)


俺はニヤリと笑った。

この問題、難しく見せているだけで、中身はただのパズルだ。魔力というあやふやなものを、複雑な言葉で飾っているだけ。


魔法オカルトのテストじゃない。……これは構造力学と電気工学のテストだ)


俺は問題を脳内で変換トランスレートした。

『マナ干渉』⇒『ノイズ除去』。

『詠唱短縮』⇒『マクロ実行』。


「……解けるぞ」


俺のペンが走り出す。

カリカリカリカリ……!

静寂な試験会場に、俺のペンの音だけが軽快に響き渡る。


次回、俺の「0点の回答用紙パーフェクト・アンサー」が、学園の権威を根底から揺るがすことになる。

本日も一日ご安全に!

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