第21話:その「古代魔術の難解な数式」は、ただの非効率な回路図です
凛ちゃんは素直な優等生!
「佐藤航。単刀直入に言おう」
学園の職員室。
マホガニーの重厚な机の向こうで、銀縁眼鏡をかけた神経質そうな男――教頭が、一枚の書類を突きつけた。
「貴様は実技(魔法)の成績がゼロだ。魔力測定不能。……本来ならこの時点で退学ものだ」
「はぁ。……ですが、俺は特別校務員として採用されていますが」
「その資格も見直す必要がある、という話だ」
教頭は書類を指で叩いた。
「今度の定期試験(筆記)。これで学年平均点を取れなければ、貴様の特別校務員の資格を剥奪する。……つまり、退学および解雇だ」
「……!」
俺は眉をひそめた。
退学はどうでもいい。だが、「解雇」は聞き捨てならない。
この学園の寮を追い出されれば、俺は異世界で路頭に迷うことになる。生活基盤の危機だ。
「Fランクのゴミが、学園の品位を汚すのは許せんのでな。……精々、悪足掻きすることだ」
教頭の冷ややかな視線を背に、俺は職員室を後にした。
……やれやれ。現場監督にとって、資格試験は避けて通れない道か。
◇
放課後の図書館。
西日が差し込む窓際の席に、俺は山積みの教科書と共に座っていた。
「航くんが退学なんてさせませんわ! 私が徹底的に魔法理論を叩き込んで差し上げます!」
隣で腕まくりをしているのは、北条凛だ。
向かいには、エスティアとリリスも座っている。
「ワタル、私も手伝います! 神の知識は禁止されていますが、ヒントくらいなら!」
「私は退屈しのぎに見学させてもらうわ。……魔神に勉強を教わるなんて、人間にしては贅沢ね」
美女三人に囲まれた、傍から見れば羨ましい状況。
だが、俺の目の前にある現実は、そんな甘いものじゃなかった。
「……なんだ、この落書きみたいな図形は」
俺は教科書を開き、頭を抱えた。
そこに書かれていたのは、幾何学模様と謎のルーン文字がびっしりと書き込まれた魔法陣だった。
「落書きではありません! これは初級雷撃魔法の展開式ですわ。伝統的なルーン魔術式で……」
凛が熱心に解説を始める。
マナの流れがどうこう、精霊への干渉がどうこう。
だが、俺の目には違って見えた。
(……これ、エネルギーの伝達経路図だよな?)
俺は目を細めた。
魔力を中心から入力し、術式を通して、現象に変換する。やっていることは、電気回路や油圧回路と同じだ。
だとすれば――。
◇
「……無駄が多い」
俺は呟き、胸ポケットから赤ペンを取り出した。
「え?」
「この魔法陣。エネルギーの流れるルートが複雑すぎる。これじゃあ抵抗値が高すぎて、途中で熱を持ってロスするぞ」
俺は教科書の魔法陣に、容赦なくバツ印をつけた。
「ここ。直列で繋いでるから、一つが詰まると全体が止まる。……ここを並列にしてバイパスを通せば、マナの供給が安定する」
「ちょ、ちょっと航くん!? 教科書に何を!?」
「さらにここ。余剰魔力の逃げ道がない。これじゃ暴発のリスクがある。……接地線を一本引くだけでいい」
俺は魔法陣の装飾的なルーン文字を全て二重線で消し、代わりにシンプルな直線と、電気記号のような図形を書き加えた。
数分後。
芸術的だった魔法陣は、無機質な電気回路図へと変わり果てていた。
「完成だ。……これなら、理論上は燃費が半分で済む」
俺がペンを置くと、凛が恐る恐るその図を覗き込んだ。
「そ、そんな……。術式を半分以上も削除して、魔法が発動するわけが……」
凛は指先で、俺が書いた回路図をなぞり、そこに微弱な魔力を通してシミュレーションを行った。
その瞬間。
「っ!?」
凛が息を呑んだ。
「う、嘘……! 魔力の通りが、教科書の数倍……!? 抵抗が……全くありませんわ!」
「ええっ!?」
「ワタルの書いた数式……美しいです」
エスティアがうっとりとした顔で回路図を見つめている。
「無駄な装飾を削ぎ落とし、世界の理(物理法則)そのものになっています。……これこそ、神の言語です!」
俺にとってはただの「配線図」だが、彼女たちには「失われた古代魔法の再構築」に見えているらしい。
◇
「……信じられませんわ。航くんは、魔法を使えないのに、誰よりも本質を理解している……」
凛は震える手でページをめくった。
「で、では次の問題です。応用物理魔法学の記述問題。『質量1トンの落下する岩を、風魔法で受け止める際の、必要魔力量を求めよ』」
教科書の模範解答には、岩の運動エネルギーを相殺するための、膨大な魔力計算式が書かれている。
正面から力技で受け止める計算だ。
俺は即答した。
「答え。受け止めるな、避けろ」
「……えっ?」
「もしくは斜めに風を当てて軌道を逸らせ。1トンの岩が重力加速度9.8m/s²で落ちてくるんだぞ? 正面から受け止めれば、衝撃荷重で術者の骨が折れるか、地面が陥没する」
俺は図解を書いた。
垂直に受け止める矢印(バカ正直な魔法)と、斜めに受け流す矢印(ベクトル変換)。
「運動エネルギーをまともに食らう必要はない。ベクトルを数度ずらせば、岩は勝手に逸れていく。……必要な魔力は、受け止める場合の10分の1以下だ」
「……!」
凛が口元を押さえた。
「常識に囚われない……なんて柔軟な思考……。教科書が『どう受け止めるか』を問うているのに、貴方は『どう処理するか』を答えるのですか……」
「現場じゃ、落ちてくる資材を素手で受け止める奴はいない。……避けるのが安全管理だ」
◇
その時だった。
「……何やら騒がしいと思えば、Fランクの分際で勉強ごっごか?」
背後から、嫌味な声が降ってきた。教頭だ。
彼は俺の机の上にある、赤ペンで修正されまくった教科書を見て、鼻で笑った。
「はっ。なんだそのデタラメな図形は。神聖な魔法陣を汚しおって……これだから無能は困る」
「……デタラメかどうかは、やってみないと分かりませんよ」
俺が返すと、教頭は顔を真っ赤にした。
「口答えするな! いいか、今回の試験は私が作成した超難問だ。貴様のその浅知恵が通用すると思うなよ!」
教頭は捨て台詞を吐いて去っていった。
「……あいつ、ムカつくわね。消し炭にしてもいい?」
リリスが掌に黒い炎を灯す。
「やめとけ。ボヤ騒ぎになる」
俺はリリスを制し、シャープペンシルの芯をカチリと出した。
「だが、宣戦布告は受け取った。……現場で証明してやる」
◇
そして、試験当日。
大講堂には、数百人の生徒と、ピリピリとした緊張感が満ちていた。
『始め!』
試験官の合図と共に、問題用紙が配られる。俺は紙面をざっと眺めた。
問1:複合魔法陣におけるマナ干渉の……
問2:古代語魔法の詠唱短縮における……
確かに難解だ。普通の生徒なら、頭を抱えるような抽象的な理論ばかり。
だが。
(……やれやれ。問題作成者の性格が透けて見えるな)
俺はニヤリと笑った。
この問題、難しく見せているだけで、中身はただのパズルだ。魔力というあやふやなものを、複雑な言葉で飾っているだけ。
(魔法のテストじゃない。……これは構造力学と電気工学のテストだ)
俺は問題を脳内で変換した。
『マナ干渉』⇒『ノイズ除去』。
『詠唱短縮』⇒『マクロ実行』。
「……解けるぞ」
俺のペンが走り出す。
カリカリカリカリ……!
静寂な試験会場に、俺のペンの音だけが軽快に響き渡る。
次回、俺の「0点の回答用紙」が、学園の権威を根底から揺るがすことになる。
本日も一日ご安全に!




