第19話:その「ダンジョン侵食(バイオハザード)」は、ただの配管設備の経年劣化です
エターナルフォースブリザードを覚えさすか迷いました。
「……なんだ、この臭いは」
ポタポタと落ちてくる水滴。俺は鼻をひくつかせた。
カビ臭さの中に混じる、鉄錆の味と、微かなオゾン臭。
これはただの雨漏りや上水道の漏水じゃない。地下深層特有の、魔素を含んだ汚染水だ。
「うわぁぁぁぁ! 僕の限定版パッケージが!!」
カイが悲鳴を上げて商品棚へ駆け寄る。
天井のシミは急速に広がり、壁の隙間からも「シューッ」という音を立てて水が噴き出し始めていた。
その水は、不気味に青白く発光している。
「これ、魔力水だ! 地下の水脈が干渉して逆流してきてるんだ! 濡れたら紙箱なんて一瞬で腐るぞ!」
店内のボードゲームたちが危機に瀕している。カイはパニック寸前だ。
だが、現場監督にとっては、これは日常業務の範疇だ。
「……落ち着け。まずは二次災害防止だ」
俺は厨房の奥にある配電盤へ走り、躊躇なくレバーを引き下げた。
バチンッ。
店内の照明が落ち、非常灯の薄暗い明かりだけになる。
「えっ? 航、なんで電気を消すの!?」
「漏電火災と感電防止だ。水浸しの床で魔法照明がショートしたら、全員黒焦げだぞ」
俺は作業着のポケットから防水ライトを取り出し、冷静に指示を飛ばした。
「全員、濡れてもいい服に着替えろ。なければ脱げ。……ここからは泥仕事だ」
◇
数分後。
俺たちはカウンターの上に、店の建築構造図面を広げていた。
懐中電灯の光が、図面を照らす。
「カイ、お前のスキルで解析だ。……この壁の裏、配管のどこが破裂してる?」
「わ、わかった……!」
カイが眼鏡をかけ直し、壁に向かって手をかざす。
彼の視界には今、現実の壁が透け、ワイヤーフレームのような構造体が見えているはずだ。
俺も同時に『保全管理の眼』を起動し、カイの視覚情報を補正する。
壁の向こう側にある配管網が、赤く明滅して浮かび上がった。
> [WARNING] 配管異常検知:エリアB-2(壁面裏)
> [OBJECT] 旧式給水管(50A・鋳鉄管)
> [STATUS] 継手部破断:亀裂長15mm
> [PRESSURE] 現在内圧:1.5MPa(危険域)
「……見えた。壁の裏、地下2メートル付近。旧式給水管(50A)の継ぎ目に亀裂が入ってる。そこからダンジョンの魔力水が噴出してる!」
「水圧は?」
「……高い。通常0.3MPaのところ、1.5MPaまで上昇してる! ダンジョンの地殻変動で圧力がかかったんだ!」
「1.5MPaか……。消防ホースの放水直撃レベルだな。古い管なら破裂するわけだ」
俺は図面の該当箇所に赤ペンで×印をつけた。
状況は理解した。敵はモンスターじゃない。過負荷のかかったインフラだ。
「よし、役割分担を決める」
俺は全員を見渡した。
「現場代理人は俺、佐藤航。……カイ、お前はモニターで『管内圧力』と『魔素濃度』を常時監視しろ」
「了解。……僕の店だ、指示に従うよ」
「そして……凛、エスティア、リリス。お前たちは『重機』だ」
「じゅうき……?」
三人の美女が首を傾げる。
「物理と魔法で、俺の手足になってもらう。……行くぞ!」
◇
「ひぃっ! 何かヌルヌルしたものが動いてます!」
エスティアが叫ぶ。
床に溜まり始めた水の中に、ゼリー状の生物――小型スライムがうごめいていた。
排水ポンプを使えば一発で詰まる厄介者だ。
「くそっ、スライムまで逆流してきたか。……リリス!」
「あら、ワタルちゃんからのお呼び出し? いいわよ」
混沌の魔神が、嬉しそうに背筋を伸ばす。
「お前の『闇魔法』で水を吸い込め。ただし、出力は最低レベルだ。家具や床材は吸い込むなよ? 水とスライムだけを選別しろ」
「あら……私の虚無魔法を『掃除機』代わりにするなんて、ワタルちゃんは人使いが荒いのね。……でも、いいわ。貴方のお願い(命令)だもの♡」
リリスはうっとりとした顔で、掌に小さなブラックホールを生成した。
ゴゴゴゴ……。
床の水とスライムが、渦を巻いて闇の中へと吸い込まれていく。吸引力、ダイソン以上。
「エスティア! 吸い漏らしたスライムは、お前の『聖光魔法』で蒸発(殺菌)させろ! 壁にカビを生やすな!」
「は、はいっ! お掃除も女神の務めです! ……ホーリー・レイ(弱)!」
シュッ、シュッ。
神々しい光が、床の汚れをピンポイントで消滅させていく。
神と魔神による、贅沢すぎる清掃作業だ。
◇
「排水よし。……次は本丸だ」
俺は水が噴き出す壁の前に立った。
この奥に、破裂した配管がある。
「凛、カッター準備。……この壁を正方形に切り取れ。深さは配管の手前までだ」
「承知しましたわ。……風の刃!」
ヒュンッ。
凛が指先を振るうと、コンクリートの壁が豆腐のように綺麗に切断された。
開いた穴の奥から、白い飛沫を上げて水が噴き出してくる。
ブシャァァァッ!!
「うおっ!?」
顔面に叩きつけられる水流。痛い。
1.5MPa。指で押さえて止まるレベルではない。無理に塞げば、指の骨が折れるか、水流で皮膚が切れる恐れがある。
「ここだ! ……急結セメント注入!」
俺は持参した速乾性の魔法セメントを亀裂にねじ込んだ。
だが――。
ボコッ! ドバババッ!!
「だめだ航! 圧力が強すぎる! セメントが固まる前に押し流されてる!」
カイが端末を見ながら叫ぶ。物理的な詰め物では、この水流には勝てない。
◇
「くそっ、流体を止められないなら……固体にするまでだ」
俺はびしょ濡れの前髪をかき上げ、最後の手段を決断した。
設備屋の奥義、不断水凍結工法だ。
「凛、お前の氷魔法だ。……配管の中の水ごと、一瞬で凍らせて氷の栓を作れ」
俺は凛の肩を掴み、真剣な目で告げた。
「いいか、配管は古い鉄管だ。凍らせすぎて温度を下げすぎれば、低温脆性で管自体が粉々に砕けるぞ」
「……難易度が高いですわね」
「目標温度はマイナス30度。範囲は亀裂の前後50センチのみ。誤差は許さん」
高度な魔力制御が要求される、神業だ。
だが、凛は不敵に微笑んだ。
「……任せてくださいまし。航くんの重機として、最高の仕事をお見せしますわ」
凛が両手を配管にかざす。室内の空気が一瞬で張り詰める。
「カイ、温度監視!」
「任せろ! ……現在水温10度。……冷却開始!」
「氷結魔法……アイス・エイジ!!」
パキパキパキッ……!
配管の周囲が白く染まる。
噴き出していた水流が、空中で氷の彫刻へと変わっていく。管内の水がシャーベット状になり、そして完全な氷へと変わる。
俺の視界には、配管温度の変化がリアルタイムグラフとして表示されている。
> [MONITOR] 管内流体温度:-18℃(低下中)
> [WARNING] 配管素材温度:-28℃(脆性限界接近)
> [LIMIT] 許容下限値:-35℃
> [ACTION] 冷却停止推奨まで:あと2.5秒
「マイナス20度……マイナス25度……ストップ! 凍結完了!」
「解除!」
凛が魔法を解く。
シーン……。
激しい水音が消え、静寂が戻った。壁の穴を覗き込むと、亀裂の奥で、水がカチンコチンに凍りつき、完璧な「栓」となっていた。
「よし! 水が止まった!」
俺はすかさず、腰袋から防寒・防水用のニトリル手袋を取り出して装着し、特殊なチューブを取り出した。
錬金術で作られた魔力硬化レジン《マナ・エポキシ》だ。
「補修開始! 凛、この樹脂に微弱な魔力を流せ!」
俺は亀裂の上から樹脂を厚く塗りつけ、さらにガラス繊維のテープでぐるぐる巻きにした。
「硬化!」
凛が魔力を流すと、樹脂が一瞬で発光し、鋼鉄のような硬度へと変化した。
これなら10MPaかかっても耐えられる。
「……樹脂硬化確認。カイ、凛、解凍だ」
数分後。
氷が溶けて水が流れ出しても、補修箇所からは一滴の漏れもなかった。配管の脈動だけが、静かに伝わってくる。
「施工完了。……水圧テスト、良好!」
本日も一日ご安全に!




