第18話:その「最速攻略ルート(RTA)」は、ただの労働災害(ロスタイム)の温床です
雰囲気重視です。
エリート騎士団候補生たちが尻尾を巻いて逃げ出し、店内に静寂が戻った。
閉店後のカフェ『六角堂』。
残ったのは、俺たち身内だけだ。
「さて、邪魔者はいなくなったね」
カイが眼鏡を指で押し上げ、不敵に笑う。
「やろうか、航。僕たちの本業を」
彼が手元のコンソールを操作すると、ホログラムの盤面が一変した。
対戦用の平原マップが消え、複雑に入り組んだ洞窟の断面図が表示される。
『Mode Select: Dungeon Score Attack』
「今度は対戦じゃない。同じダンジョンを同時に攻略し、どちらがより高い『総合スコア』を叩き出せるかを競う」
画面にスコアの算出式が表示される。
Time Bonus(クリア速度)
Asset Value(獲得資産)
Safety Rating(被ダメージ・死亡数による減点)
「ルールは単純。速く、稼いで、生きて帰る。……冒険者の本質だろ?」
「受けて立つ。……ただし、俺のやり方でな」
編成画面。
カイの手が残像が見えるほどの速度で動く。
【カイのパーティ】
構成: 『盗賊(素早さS)』×3、『狂戦士(火力SS)』×1。
装備: 武器のみ、防具なし(重量0)、アイテム枠は「加速ポーション」のみ
戦略: 「敵も宝箱も無視。最速でボスを倒し、『タイムボーナス』だけで逃げ切る」
【航のパーティ】
構成: 『重装歩兵(大盾)』×2、『神官(回復)』×1、『工兵』×5。
装備: 全員に『ヘルメット』、『安全帯』、『防毒マスク』、『予備ライト』
アイテム: 『酸素ボンベ』、『AED』、『単管パイプ』、『回収用コンテナ』
戦略: 「装備点検よし。体調報告よし。……ご安全に!」
「……相変わらず、遠足に行くみたいな重装備だね。重量ペナルティでスコアが伸びないよ?」
「現場じゃ備えこそが最大の資産だ」
◇
『Ready... GO!!』
電子音と共に、レースが始まった。
「行くよ!壁抜け!」
開始0.5秒。
カイの操作する盗賊が、ダンジョンの入り口の壁に向かって、不自然な角度でローリングした。
ガガガッ!
キャラクターが激しく振動し――次の瞬間、壁をすり抜けて虚空を走り出した。
「なっ!? 壁の中を移動していますわ!?」
凛が目を丸くして叫ぶ。
「座標計算のバグを利用して、エリア1から3をスキップしたんだ。雑魚敵も宝箱も無視。……これが理論値ムーブだよ」
カイの画面では、スコアの「Time」項目だけが爆発的に上昇していく。
しかし、「Asset」はゼロのままだ。
対する、俺の画面。
「……よし。酸素濃度20.9%、正常」
「地盤確認。……浮き石あり。注意喚起」
「照明設置。足元照度確保」
まだ一歩も動いていない。
「ワタル! 何してるんですか! カイはもう地下10階ですよ!?」
エスティアが画面をバンバン叩く。
「うるさい。暗い足場で走るな。ダンジョン事故の4割は『転倒災害』なんだぞ」
俺は工兵たちに指示を出し、凸凹した洞窟の床に「仮設通路(足場板)」を敷かせ始めた。
さらに、道端に落ちている「魔石の欠片」や「折れた剣」を一つ残らず回収していく。
チャリン、チャリン。
俺のスコアは「Time」が最低ランクだが、「Asset」と「Safety」が着実に積み上がっていく。
「……あーあ。航くん、そんなガラクタ拾ってても、タイムボーナスの倍率には勝てないよ」
カイは既に中層エリアを爆走している。
ウサギとカメ。勝負にならないように見えた。
◇
中盤の難所、地下20階。
ここは『毒ガスの回廊』と、その先に架かる『崩落寸前の吊り橋』が待ち受けている。
「毒なんて、食らう前に抜ける! 被弾加速で強引に渡る!」
カイは止まらない。
毒ガスエリアに突っ込み、ダメージを受けた際の「のけぞり」を利用して、さらに加速する。
狂気的なプレイングだ。
だが、その代償としてパーティのHPは瀕死に突入している。
『Penalty: Heavy Damage (-5000 pts)』
「チッ、減点はタイムで取り返す!」
カイは吊り橋を駆け抜ける。しかし、その時だった。
『Event: Falling Rocks (落石)』
カッ!
画面に警告エフェクトが入る。
天井から岩が落ちてきた。発生確率わずか1%のランダムイベントだ。
「しまっ――!?」
カイは反射的に回避したが、回避先には『ミミック』が口を開けて待っていた。
資産価値(宝箱)を無視して進んだツケが、最悪の形で回ってきたのだ。
ガブッ!!
「うぐっ……! 即死は免れたけど、狂戦士が戦闘不能!? 蘇生薬を持ってない……!」
『Penalty: Casualty (-10000 pts)』
カイのスコアが激減する。
「速さ」を求めるあまり、「安全性」を切り捨てた代償は大きい。
そこへ。
「……お先に」
カツ、カツ、カツ……。
俺のパーティが、悠然とカイを追い抜いていった。
「なっ……!?」
俺のキャラたちは全員、ガスマスクのような防毒面を装着しているため、毒ダメージはゼロ。
さらに、彼らは吊り橋の手前で立ち止まり、工兵が単管パイプを取り出して補強工事を始めていた。
俺の視界には、『保全管理の眼』を通してゲーム内のオブジェクト情報が表示されている。
> [OBJECT] 腐食した吊り橋(耐久度:Low)
> [WARNING] 最大積載荷重超過:崩落確率85%
> [ACTION] 補強推奨:単管パイプ×4使用
> [RESULT] 安全通路化(通行可能)
「そ、そんな……」
「想定内だ。こういう事故多発ポイントには、必ず罠がある」
俺は動けないカイのキャラを横目に見ながら、補強された手すり付きの頑丈な通路を淡々と歩を進めた。
その背中のコンテナには、道中で回収した大量の資源が満載されている。
「急ぐあまり安全確認を怠ったな。……これが現場なら、お前は業務上過失致傷で書類送検だ」
◇
最深部。
待ち受けるのは、全身が水晶でできた巨大ボス『クリスタル・ガーディアン』。
物理攻撃を弾き返し、魔法を反射する、鉄壁の守護者だ。
「待てぇぇぇ!!」
カイが、生き残った盗賊だけで猛スピードで追いついてきた。
「まだだ! タイムボーナスなら僕が上だ! 残りのHPを削りきれば勝てる!」
カイの盗賊が、決死の特攻を仕掛ける。
しかし、主力の狂戦士を失った今の火力では、ボスの硬い装甲を貫けない。
「くっ、硬い……! あと1ミリが削れない!」
「無駄だ。そいつの装甲硬度はモース硬度10。正面から殴っても刃こぼれするだけだ」
俺のパーティが到着する。
俺は攻撃命令を出さず、工兵たちをボスの足元へ走らせた。
「……なるほど。このボスの装甲、結晶構造にへき開があるな」
再び視界にシステムログが流れる。
> [TARGET] クリスタル・ガーディアン
> [ANALYSIS] 結晶構造:三方晶系(特定方向への衝撃に脆弱)
> [WEAK POINT] 頭上鍾乳石(質量:4.2t)
> [ACTION] 発破による落下衝撃:9999ダメージ(確定)
俺はボスの頭上にある、巨大な鍾乳石にマーカーを付けた。
「工兵隊、発破準備。……支点を崩せ」
ドオオオォォン!!
工兵が設置した爆薬が、鍾乳石の根本を吹き飛ばす。
数トンの質量を持つ岩塊が、重力に従って落下した。
その切っ先は、ボスの装甲の隙間に正確に突き刺さる。
ズドンッ!!!
『Safety Kill!』
『Critical Hit! 9999 Damage!』
断末魔も上げず、クリスタル・ガーディアンは粉々に砕け散った。
◇
『FINISH!!』
リザルト画面が表示される。勝敗を決するのは、3つの要素の合計点だ。
【1P: Kai】
Time Bonus: SS (Excellent!)
Asset Value: D (Poor)
Safety Rating: E (Danger)
Total Score: 45,000 pts
【2P: Wataru】
Time Bonus: C (Slow)
Asset Value: SS (Excellent!)
Safety Rating: SSS (Perfect!)
No Damage Bonus (+10,000)
No Casualty Bonus (+20,000)
Total Score: 68,000 pts
「……勝者、佐藤航」
静まり返る店内。
タイムではカイが圧倒していた。しかし、総合スコアでは俺の圧勝だった。
「……あはは。負けたよ」
カイがコントローラーを置き、天井を仰いだ。
「速さだけじゃダメか。……ダンジョン攻略の本質は生きて、宝を持って帰ること。ゲームシステムに教えられるとはね」
「急がば回れだ」
俺はヘルメット(着けてないが)の汗を拭った。
「最速を狙って怪我をすれば、治療費で赤字になる。……現場じゃ、無事故で利益を出して帰ってくる奴が、一番優秀なんだよ」
「参ったな。……僕の理論値には、安全マージンが足りなかったってことか」
カイは悔しそうだが、その表情はどこか晴れやかだった。
互いのプレイングを認め合い、俺たちは握手を交わした。
◇
良い勝負だった。
俺たちが健闘を称え合っていた、その時だ。
ポタ……ポタ……。
不穏な音が、店内に響いた。
「……ん?」
「冷たいっ!」
エスティアが悲鳴を上げて飛び退く。彼女の肩に、水滴が落ちていた。
「……航くん、天井から水が」
凛が指差す先。
カフェの天井に大きなシミができ、そこから汚れた水が滴り落ちていた。
ポタポタという音は、次第にジャージャーという水音に変わっていく。
「うわっ!? 嘘だろ、ここ地下店舗だぞ!? 上は道路なのに!」
カイが慌てて立ち上がる。
配管破裂? いや、ただの水漏れじゃない。
俺の鼻が、水に含まれる「異臭」を捉えた。
鉄錆と、カビと……魔物の体液の臭い。
「……ゲームオーバーはまだ早いぞ」
俺は作業着のジッパーを首元まで上げた。遊びの時間は終わりだ。
俺の視界には、現実世界の天井に重なるように、真っ赤な警告ログが浮かび上がっていた。
> [WARNING] 構造体異常検知:天井スラブ
> [ERROR] 水分浸透率:限界突破
> [SOURCE] 水源特定:地下深層ダンジョン水脈(逆流中)
> [PREDICTION] 天井崩落まで:残り120秒
「カイ、この建物の構造図面はあるか?」
「え、あ、あるけど……」
「出せ。……ここからは現実の攻略戦だ」
俺は天井を見据えた。
ただの漏水じゃない。この水は……地下深層から逆流してきている。
次回、俺たちの職場が、リアルな浸水区域と化す。
本日も一日ご安全に!




