第12話:その「神々の寵愛」は、ただの迷惑なプリインストール(ブロートウェア)です
昼休み。それは、学生にとって唯一の安息の時間――のはずだった。
「……なぁ、カイ。俺の席、ここだよな?」
「うん。物理座標的にはね」
俺、佐藤航の前には、俺の机を占拠するように二つの「供物」が積み上げられていた。
右サイドには、黄金のオーラを放つエスティア。
左サイドには、漆黒のオーラを放つリリス。
「さあワタル!昼食の時間ですよ!」
「ワタルちゃん、お腹空いたでしょ? ほら、あーん」
二人の転校生が、同時に弁当箱を開いた。
カッ!!
目潰しのような光と共に、その中身が露わになる。
まず、エスティアの弁当。
そこに入っていたのは、どう見てもコンクリートブロックだった。
灰色で、角張っていて、無骨。箸が折れそうな硬度を誇っている。
「名付けて英雄育成食です! 生肉とプロテイン、そして鉄分補給用の砂鉄を限界まで圧縮しました!」
「……え?」
「味? 軟弱なことを言うな! 顎を鍛え、胃壁を強化するのです! これを噛み砕いてこそ、強靭な肉体が手に入る!」
(……いや、手に入るのは歯の破折と消化不良だろ)
次に、リリスの弁当。
そこに入っていたのは、虹色に発光するドロドロのペーストだった。
形はなく、スライムのように蠢いている。
「こちらは完全流動食よ。最高級の食材を、私が咀嚼……じゃなくて、魔力で分解しておいたわ」
「……おまわりさん、こっちです」
「消化エネルギーすら節約させてあげる。さあ口を開けて? チューブで直接、胃に流し込んであげるから」
(……俺は重病人か? 人としての尊厳はどうした)
俺は購買で買った焼きそばパンを握りしめ、冷徹に告げた。
「どっちも却下だ。返品する」
「なっ!? なぜです!?」
「愛が足りないのかしら……?」
「規格違いだ。俺は人間用の燃料を補給したいんだ。建材や汚泥を食いたいわけじゃない」
俺は席を立ち、キョロキョロと周囲を見渡した。
「えっと……最近導入されたコンポストはどこだ? 肥料としてならSDGsに貢献できるだろ」
「肥料扱いですの!?」
「ひどい……私の愛がリサイクル……」
俺が本気で廃棄ルートを検討し始めた、その時だ。
「……はぁ。見てられませんわね」
呆れたようなため息と共に、凛とした声が響いた。
北条凛だ。彼女は優雅な手つきで、包みを俺の机に置いた。
「航くん。……変な粗悪品を取り込む前に、こちらを試してくださらない?」
パカッ。
開かれた弁当箱の中には、宝石箱のような光景が広がっていた。
彩り豊かな野菜、ふっくらとした卵焼き、そして絶妙な焼き加減のハンバーグ。
全ての食材が、一口サイズに丁寧に切り揃えられている。
「……これは?」
「専属の栄養管理士監修、アスリート用特製弁当ですわ。PFCバランスは完璧。午後の実習に備えて、消化吸収効率も計算済みです」
俺は一口、卵焼きを口に運んだ。
……美味い。
適切な塩分濃度。出汁の旨味。そして何より、作った人の食べる相手への配慮を感じる。
「……合格だ」
俺は頷いた。
「この適切な衛生管理と、計算された栄養価。……これなら食品安全マネジメントシステムも取れるレベルだ」
「と、当然ですわ!」
凛が頬を赤らめ、勝ち誇ったように胸を張りた。
「貴方のパートナーとして、現場監督の体調管理も私の管轄ですから」
そして、彼女は呆然とする神と魔神を見下ろし、冷ややかに言い放った。
「貴女たちのOSでは、人間の繊細なハードウェアは管理できませんわよ? ……出直してらっしゃい」
「ぐぬぬ……! 人間風情が……!」
「味付け……? 栄養……? 解析不能だわ……」
神々の敗北。
やはり、現場で頼りになるのは仕様書通りの正規品に限る。
◇
だが、神々のバグは食事だけでは終わらなかった。
午後の体育。男女合同ドッジボール。
本来なら、適度な運動で汗を流すリフレッシュタイムのはずだった。
「行くぞオラァァァ!!」
ドゴォォォォン!!
エスティアが投げたボールが、音速を超えて壁に突き刺さった。
コンクリートの壁が粉砕され、土煙が舞う。
「……おい。ボールの質量おかしくないか?」
「質量100倍設定にしておきました! これを受け止めてレベルを上げなさい! 骨折は勲章です!」
「死ぬわボケ!!」
一方、リリスのチーム。
「えいっ」
リリスが投げたボールが、相手チームの生徒の体をすり抜けた。
「え? 当たってない?」
「物理判定を削除しておいたわ。痛くないでしょ~? これなら一生終わらない平和なゲームができるわね」
「ゲームにならねえよ!!」
クラス中が阿鼻叫喚に包まれる。
壁は壊れ、床は抜け、ボールは物理法則を無視して飛び交う。
これはドッジボールではない。物理演算エンジンの失敗例だ。
「……チッ」
俺は舌打ちした。自分の身が危ないだけなら逃げればいい。
だが、俺には許せないことが一つあった。
「体育館を壊すな! 修理予算がもったいないんだよ!」
俺はポケットから、一枚のカードキーを取り出した。
先日、理事長から正式に任命された特別校務員権限だ。
俺は壁際の操作盤にカードをかざし、コマンドを入力した。
>> System Override
>> Area: GYM
>> Action: Mana Supply CUT (Emergency Stop)
カシャッ……ヒュン。
体育館の照明が一瞬落ち、空気が変わった。
エリア内の魔力供給を、根元から遮断したのだ。
「え……? あれ?」
エスティアが投げようとしたボールが、ボトッと足元に落ちた。
リリスが浮かせようとしたボールも、重力に従って転がっていく。
「ち、力が入らない……?」
「魔法が……発動しない?」
魔力による身体強化が切れた二人は、ただの運動音痴な女子高生に戻っていた。
「今だ。……北条、右翼制圧だ」
「了解! ……強化魔法なしでも、貴方との連携なら!」
俺と凛は、アイコンタクトだけで走り出した。
魔力などいらない。必要なのは、基礎体力と、互いの動きを予測するロジックだけだ。
「ほらよッ!」
俺が鋭いパスを凛に送る。
「はいっ!」
凛が完璧なタイミングでキャッチ。エスティアが慌てて反応するが、ボールはすでに彼女の手を離れていた。
凛が投げたボールは、一直線にエスティアの膝元へ吸い込まれる。
「えっ、ちょっ、足がもつれ――きゃっ!?」
バシッ。
ボールがヒット。エスティア、アウト。
「次はリリスだ」
俺は跳ね返ったボールを拾い、軽くフェイントを入れた。
「ひぃっ!? こ、こっちに来ないでぇぇ!」
魔力のないリリスは、ただの深窓の令嬢だ。ボールを見るだけで怯えて座り込む。
「……作業終了」
俺は優しくボールを投げた。ポン。
リリスの背中に当たって転がる。
「アウトー!」
審判の声が響く。
圧倒的なワンサイドゲーム。
まともな人間同士の連携が、バグったシステムを凌駕した瞬間だった。
◇
「……はぁ。疲れた」
放課後。
俺は体育館の床の修繕を終え、ボロ雑巾のようになっていた。
エスティアとリリスはまだ教室で「なぜ負けたのか」を解析しているようだが、付き合っていられない。
俺はとある部屋の、一番奥の席へ避難していた。
事務室。
そこは、学園内で唯一、学生の喧騒が届かない聖域だ。
「あら、お疲れ様。……またあの転校生たちに振り回されたの?」
パソコンに向かっていた女性――榊恵麻さんが、ふわりと微笑んだ。
26歳。大人の余裕。落ち着いた事務服に、縁なし眼鏡が知的だ。
彼女は何も聞かず、手元のポットからコーヒーを注いでくれた。
「はい。お砂糖2個、ミルク多めよね?」
「……あざっす」
コトッ。
差し出されたマグカップと、小皿に乗ったチョコレート。
その湯気と共に、俺のささくれ立った神経が解れていく。
(……はぁ、生き返る。やはり完成されたシステムは安定感が違う)
エスティアの押し付けも、リリスの依存もない。
ただ、適切な距離感で労ってくれる。これぞ福利厚生だ。
「大変ね、中間管理職って。……ここでは肩の力を抜いていいのよ?」
恵麻さんが、書類仕事の手を止めて優しく言った。
「……いっそ、ここに永住したいです」
「ふふ、困るわ。私の残業が増えちゃう」
その時、廊下からバタバタと走る音が聞こえてきた。
『航くん!? どこに行きましたの!? 一緒に下校する約束でしたのに!』
凛の声だ。
どうやら、戦友も俺を探しているらしい。今日のドッジボールで、妙な連帯感が生まれてしまったようだ。
恵麻さんがクスクスと笑い、俺にウインクをした。
「ふふ、若いっていいわね。モテモテじゃない。……もう少しだけ、机の下に隠れていく?」
「……はい。残業申請します」
俺はコーヒーの香りに包まれながら、もう少しだけこの聖域に留まることを決めた。
神々のバグ取りは、明日また考えればいい。
今はただ、この静寂な定時後のオフィスだけが、俺の救いだった。
本日も一日ご安全に!




