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第11話:その「転校生」は、ただの致命的な仕様対立(コンフリクト)です

ハリセンってイマドキの子は知っているのかな?

「……おかしい」


俺、佐藤航は、教室の窓から空を見上げて呟いた。

快晴の青空。太陽は一つ。

昨夜、帰り道で見た「二つの月」は、跡形もなく消え失せていた。


(あれは、大気中の水分による光の屈折だ。蜃気楼の一種だ。……そうに決まってる)


俺は自分に言い聞かせ、教科書のページをめくった。

認めてはいけない。あれを神の降臨などと認めた瞬間、俺の一般生徒としての平穏は音を立てて崩れ去る。

俺はただの、ダンジョン攻略管理が少し得意なだけの高校生なのだから。


「……航くん」


隣から、じっとりとした視線を感じる。

北条凛だ。彼女は昨日の理事長呼び出し以来、俺へのマークを一層強めている。


「昨夜の月の異常現象……天文部の観測データには『該当なし』でしたわ。でも、貴方が帰った直後に発生した。……偶然にしては、タイミングが良すぎましてよ?」

「偶然だろ。俺は天候の子じゃないんだぞ」

「ふふ、どうかな? 昨日の仕様変更(パッチ)は結構大規模だったみたいだよ?」


反対隣のカイが、面白そうにニヤニヤしながら割り込んでくる。

こいつは完全に、俺の周りで起きるトラブルをイベントとして楽しんでいる。


(……やれやれ。これ以上、変なフラグが立たないことを祈るしか――)


ガララッ!!


俺の願いを嘲笑うかのように、教室の扉が勢いよく開いた。

担任の教師が入ってくる。その顔色は青ざめ、額には大量の脂汗が浮いていた。


「えー、ホームルームを始める。……今日は、その、時期外れだが……転校生を紹介する」

「転校生?」


クラスがざわめく。

今の時期に転校生? しかも二人?


「……入ってくれ」


担任が震える声で促すと、教室の空気が一変した。



カツ、カツ、カツ……。


ヒール音が響くたび、教室の重力が変わったような圧迫感が走る。

現れたのは、この世のものとは思えない二人の美少女だった。


一人は、太陽をそのまま編み込んだような黄金の髪。

制服の着こなしは完璧で、背筋は定規で引いたように真っ直ぐ。

その瞳には、燃え盛るような「情熱」と「圧力」が宿っている。


もう一人は、夜空を溶かしたような銀の髪。

制服をゴシック調にアレンジし、スカート丈は長め。

けだるげな瞳には、底知れない「慈愛」と「甘やかし」が宿っている。


クラス中の男子が息を呑み、女子が本能的な畏怖に震えた。


「自己紹介を」


担任に促され、黄金の髪の少女――エスティアが一歩前に出た。


「エスティア・セイクリッドです。……はっきり言います。このクラスは(ぬる)いです!」


「……は?」


開口一番のダメ出し。

彼女は教室を見渡し、生徒一人一人を指差しながら喝を入れた。


「貴方! 背筋が曲がっています! 貴方! 目に覇気がありません! ……こんなことでは、来るべき大厄災(繁忙期)を乗り越えられませんよ!?」


彼女は黒板にチョークで『根性』『熱血』『24時間戦えますか?』と殴り書きした。


「私が来たからには、貴方たちを地獄の底へ叩き落とし、最強の世代へと鍛え上げます! 休み? 甘えです! 死ぬ気でやれば死にません!」


昭和だ。

完全に、昭和の猛烈体育会系リーダーの思考だ。


ドン引きするクラスを他所に、次は銀髪の少女――リリスが進み出た。


「リリス・アビスよ。……エスティアの言うことなんて、聞かなくていいわ」


彼女は甘い吐息のような声で囁いた。


「努力なんて、疲れるだけでしょ? 汗をかくなんて野蛮だわ。……私が全部やってあげる」


彼女はパチンと指を鳴らした。

すると、教室の椅子のクッションがふかふかになり、机の上に高級なお菓子とお茶が出現した。


「私が全ての障害を取り除いてあげる。貴方たちは、私が敷いたレッドカーペットの上を歩くだけでいいの。失敗? させないわ。私が先に成功させておくから」


平成だ。

いや、平成後期の「過保護なモンスターペアレント(兼サーバント)」だ。


「アメとムチの極致……?」

「なにこれ、どっちもヤバいんだけど……」


クラス中が困惑の渦に叩き込まれる中、俺だけが頭を抱えていた。


(……おいおい。新規インストールされたソフト()が、どっちもウイルス付きってどういうことだ?)



「席は……佐藤の隣が空いているな」


担任が逃げるように言った瞬間、二人は迷わず俺の席へと直行した。


「ここが特異点ですね」

「ここが私の指定席よ」


俺の右側にエスティア、左側にリリスが立つ。逃げ場はない。


「ワタル! 貴方、目が死んでいますよ!」


エスティアが俺の顔を覗き込み、机をバンッ! と叩いた。


「なんですかその定時で帰りたいみたいな顔は! 若いうちの苦労は買ってでもしなさい! 今すぐ私の用意した特級ダンジョン(デスマーチ)へ行きますよ! ノルマは魔物1000体!」

「断る。今日は帰って寝る」

「ダメよワタル。そんな危ないところ」


リリスが俺の腕に絡みつき、マシュマロのような感触を押し付けてくる。


「私がダンジョンの魔物を全部拘束して、歯と爪を抜いておいたから。貴方はそこで、安全にサンドバッグを叩くだけでいいの。経験値だけ美味しくいただきましょう?」

「……それ、ただの動物虐待じゃないか?」


俺はこめかみを押さえた。


「どっちも却下だ。俺の現場に必要なのは、適切な工数管理と危険予知(KY)だけだ。……極端なんだよ、お前らは」

「何を言っているのです! 獅子は子を千尋の谷に落とすのですよ!」

「落として死んだらどうするの!? 谷底にトランポリンとふかふかのベッドを敷くのが愛でしょう!」


バチバチバチッ……!!


俺の頭上で、二人の視線が交差した。

黄金の火花と、銀色の闇が衝突する。


「いい加減にわかりなさい、この過保護女! 人間は負荷プレッシャーをかけなければ育たないのです!」


エスティアが叫ぶと同時に、教室の空間が歪んだ。


ズズズズズ……!!


「う、うわぁ!? 重い!?」

「鉛筆が……持てない!?」


エスティア側の半分の空間だけ、重力が10倍になった。

生徒たちが机にへばりつき、窓ガラスがミシミシと悲鳴を上げる。


「あら、野蛮ね。……ワタルちゃんは私が守るわ。全自動防御(オートガード)!」


リリスが微笑むと、今度は反対側の空間が歪んだ。


フワッ……。


「え、浮いた!?」

「俺の消しゴムが空中に……!?」


リリス側の空間だけ、無重力ゼログラビティになった。

さらに、机や椅子の角が全て丸くなり、床がゲル状に変化して衝撃を吸収し始める。


「ちょ、ちょっと待て! 教室が!」


俺の視界にある『保全管理の眼』が、真っ赤に染まる。


> [CRITICAL] 物理エンジンの競合により、座標計算が破綻しています

> [ERROR] 重力係数:Overload vs Null


「負荷をかけろ!」「守らせなさい!」

「もっと熱くなれ!」「冷房完備よ!」


二人の女神の喧嘩により、教室は灼熱の重力地獄と極寒の無重力空間が入り混じるカオスと化した。

このままでは、校舎の構造材がねじ切れて崩壊する。


(……現場崩壊だ。これだから、方針の違う上司が二人いる現場は最悪なんだよ!)



俺は決断した。

神だろうが魔神だろうが、俺の現場(教室)を荒らす奴は、作業の邪魔だ。


俺は鞄から教科書を取り出し、硬く丸めた。

簡易的なハリセン(打撃検査棒)の完成だ。


「……いい加減にしろッ!!」


俺は立ち上がり、渾身の力を込めて、二人の頭を同時に引っぱたいた。


スパーーーーーーンッ!!


教室中に、乾いた音が響き渡る。


「はぅっ!?」

「んっ……!」


エスティアとリリスが、頭を押さえてうずくまる。

同時に、重力異常と無重力空間が霧散し、物理法則が正常に戻った。


「静かにしろ! 今は授業中(業務中)だ!」


俺はハリセンを突きつけた。


「お前らのマネジメントはどっちも欠陥品だ! 成長のために殺すな! 安全のために飼い殺すな!」


俺は一息に言い放った。


「成長と安全はトレードオフじゃない! リスクマネジメントを行いつつ、適切な負荷で経験を積ませる! それが管理ってもんだろ!」


シーン……。


クラス全員が、ポカンとして俺を見ている。

転校生(しかも超絶美少女)の頭を、初対面で引っぱたいて説教する男。完全にアウトだ。

だが――。


エスティアが、潤んだ瞳で俺を見上げていた。


「ぶ……ぶたれました……。この私が……人間に……?」


彼女の頬が紅潮していく。


「……なるほど。これが愛の鞭……! 口先だけでなく、実力行使で私を指導する気概……! あぁ、燃えてきました! 私にもっと成長しろと言うのですね、ワタル!」


(……は?)


一方、リリスも熱っぽい吐息を漏らしている。


「私を止めた……? 暴走する私の力を、たった一撃で制御した……?」


彼女はうっとりと俺の手(ハリセン)を見つめる。


「素敵……。私の過保護バグすらも包み込む、圧倒的な父性リーダーシップ……。ええ、従うわ。貴方が私の制御装置(リミッター)になってくれるのね?」


(……はぁ?)


二人は大人しく席に着いた。

だが、その瞳は以前よりもギラギラと輝き、俺を獲物いや崇拝対象としてロックオンしていた。


「……おい、航」


カイが引きつった笑いで囁く。


「おめでとう。昭和のド根性上司と、平成の過保護ママのハイブリッド……令和のブラック管理職が爆誕したみたいだね」

「……最悪だ」


俺は机に突っ伏した。

平穏な学園生活?

そんなものは、この二人が来た時点で仕様変更により消滅したのだ。

黒板の『24時間戦えますか?』の文字が、俺の未来を暗示しているようで、俺は深く絶望した。


本日も一日ご安全に!

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