iii
睨むような三日月が淡く夜を照らしていた。
学校がある隣町の外れの図書館で目いっぱい時間を潰してから帰宅するのが毎日のルーティンになった。
一応チャイムを鳴らしてから我が家の扉を開ける。
2LDKのボロマンションの中は真っ暗で静まり返っていた。
溜息を吐いて買ってきた食品を詰めて料理の準備をする。
簡単に作れる豚肉の生姜焼きと味噌汁のみを作って、一方を弁当用で冷蔵庫に入れておく。
夕飯をたった独りで摂るようになって何年経つだろう。
私が小学生に上がって丁度ぐらいに両親は離婚したらしい。
らしい、というのはその頃家庭環境を鑑みるだけの知能を持ち合わせていなかったからだ。
父は元々ゼネコン大手の本社営業部で働く生真面目な人だった。
しかし、娘を産んでからというもの母と徐々に仲違いしていき、家庭は崩れていった。
徐々に酒の量が増えていき、母にも娘にも手を上げるようになった。
しかし母の実家は太かった。
おかげで腕のいい仲裁人を受け持ち、娘を預けて今後一切の関わりを断つ。
その代わりに少なくない慰謝料を毎月納めるという契約になったらしい。
いつしか仕事も辞めて、多額の慰謝料を使い潰して夜の町で遊び惚けるほど零落してしまった。
全ての元凶は私にある。
一人娘が障害を持って生まれたことで両親の間で違和が生まれ、やがて修復不可能な亀裂となった。
あともう少し〈アルジャーノン〉の装用手術が早ければ何もかも変わっていたかもしれない。
最近は、また宵越しのできる女でも見つかったのだろうか。
もう父親の顔を二ヵ月以上見ていない気がする。
もっとも顔を合わせたところで小言を吐かれて、召使いのように好きに扱き使われるだけだ。
一人分の皿を洗い、一人分のお風呂を沸かして、独り分の明かりで勉強をする。
やがて訪れる暗闇だけが孤独を掬い取ってくれる気がした。
私はこの世に生まれない方が世界のためになった。
父だって、昔はそんな人間ではなかったはずなのだ。
仕事熱心で妻を直向きに愛する優しい男性だった。
ならばきっと彼を殺したのは私だ。
最近のことだ。
むき出しの鉄筋が睨む工事現場に近づくことが増えた。
電車を待っている時、ふとした瞬間に衝動に駆られる頻度が上がった。
街中でナイフを振りかざす殺人鬼に出会ったとしたら、躊躇いなく自らの胸を捧げていただろう。
私は、世界と私を憎む。
世界も自分も緩やかに終わって欲しい。
そんな淡い願望だけが私の心臓を動かしていた。




