ⅶ
「なんだお前、死のうとでもしたのか」
その日、僕は二回目の自殺を図った。
自室でフローリングライトに縄を垂らして首吊りを図った。
縄に首をかけて踏んでいた椅子を蹴った瞬間、僕は縄とは反対の空間を遊んで背中から地面に叩きつけられた。
激痛に身を捩りながら、自ら死ぬことができないことを再認識させられて絶望に襲われていた。
やがて窓の方からノックのような音が聞こえた。
鍵を開けっぱなしにしていたらしく、誰かが窓を開けて侵入してきた。
「これはまた派手にやらかしたな」
それは、最近知り合いになった同類にして隣人の男性だった。
「……ナガシマさん、どうして」
僕が痛む背中を庇いながら問いかけると、彼は大きなため息を吐いた。
「下の階まで馬鹿でかい音が聞こえてきたから、様子を見にきたんだ」
そのために雨戸を伝って二階まで這い登ってきたのか。
無茶苦茶だな、と僕は思った。
しかし痛みで非難を口にすることはできず、ひゅうひゅうと荒い息だけが漏れた。
ナガシマさんは「救急セット、あるだろ」と薬の場所を聞き出して、勝手に棚を開けて取り出してきた。
鎮痛剤を塗り包帯を巻きながら、彼は優しい声で問いかけてきた。
「なあ、お前はなんでそんなに死にたいと願うんだ?」
部屋の状況を見れば、僕が首吊り自殺を図ったことは明白だった。
僕はしばらく考えたが、手短に真実を話そうと思った。
「ずっと好意を抱いていた幼馴染が自殺したんです。
僕は彼女を助けると約束したのに、最後まで何もできなかった。
犯罪者にまで落ちぶれて、空っぽな人生をこれ以上送る理由を何一つ見出せないんです」
僕の話を聞き終えると、ナガシマさんは数回頷いてから僕の頭を撫でた。
「なあ望月、俺は自殺を悪だと考えちゃいない。死にたけりゃ死ねばいい。俺は、それが人間に生まれたことの最大の特権であるとさえ思っているよ。死に方に善いも悪いもない。死は死でしかないさ」
僕は黙って彼の話を聞いていた。
僕の瞳を見つめる彼の表情は語る内容と反して、とても優しく穏やかだった。
「お前も本当に死にたくて堪らないなら死ねばいいさ。誰も止めはしないし、悲しむこともしない。まあ、それができない身の上なのが問題だろうがな」
言い終えて、彼はくくっと人が悪そうに笑った。
ざっくばらんで一見非情にも思える彼の言葉は、僕の中でいつしか一つの救いとなった。
そうやって突き放された方が、池田神父の真摯で敬虔な言葉よりも僕の身に染みたのだろう。
時に粗っぽく、思慮深い彼のことを尊敬するようになった。
いつの間にか、夜の海辺で僕たちはたまに落ち合うようになった。
海を眺めながら、隣にラジオを置いて垂れ流した。
聞こえてくる世間のニュースにあれこれ悪口を合う時間が恒例になった。
政治家の汚職事件に文句を言い合い、芸能人の不倫に悪口を言い合った。
それはお互い無為でありながら、確かに価値がある時間だった。
「望月、お前は自分が罪を犯したことを後悔しているか?」
彼は酒を飲んでいると、時たま僕にそんな問いかけをしてきた。
そんな時、僕は微妙な表情を返さざるをえなかった。
「少なくとも、僕はあの時そうするしかなかったとは思います」
「信念を持った犯罪を真に裁くことができない。まあ、法というシステムの欠陥だ。本当は人間の先に法があるわけじゃなくて、法の先に人間があるはずなのにな。結局、罪なんてものは魂に対する態度でしかない」
「法律はあくまで相対的なものに過ぎず、あくまで人がどう受け止めるかの問題でしかないって、そう言いたいんですか?」
「そうだ、認識は全てに先立つ。罪状とか懲役とかは関係ない。いかに然るべき罰を受けようとも、罪を犯した過去は絶対に消えることはない」
「でも、だからこそ罰があるんじゃないんですか?」
「それは全然違う問題だよ。罰を受けたからって世界の事実が書き換わるわけじゃない。例え人一人を殺した人間がその後百人の命を救おうが、千人を救おうが、それは関係ない。償いなんてものはこの世にないんだよ」
「それでも、いつか許しが与えられるとは考えないんですか?」
ナガシマさんは瞳を閉じて、ゆっくりと頷いて缶ビールを大きく煽った。
犯した罪が消えることはない。
その話をする時、彼はいつも遠い海の向こうを眺めながら寂しそうな顔をしていた。




