EP46 彷徨(さまよ)える魂とガマグチと
______イエーガーもまた人の子だった。
オイスター・ケチャップとはほぼ同年で、季節ごとにに開催される貴族の催しがあれば、必ず顔を合わせていた。
「私はオイスターが羨ましく想えた。あいつには養女のデリーシャ......確か17歳だったか、私の方は既に子爵様の計らいで、娘はある貴族の元へと嫁いだ。時々孫が遊びに来てくれるのが、私にとって唯一嬉しい事だ」
その孫というのも17歳になった娘で、デリーシャとは仲が良い。
『子爵様には長く仕えた。子爵様の命令とは言へ、時には悪事に加担してしまったのは、私は仕える主を間違ってしまったのだろう。私はもう長くはない。いっそ最後くらいは......人として正しく』
イエーガーが決心したのは、一人であの高貴な御方をもう一度、目に焼き付ける事だ。
「私は犯して来た罪を懺悔したいのだ。孫の幸せの為にも」
エイプ子爵には偵察だと嘘をつき、わざわざ人目のある日中に出かけた。
単独で馬車を使わず乗馬でやって来たけれど、仕立ての良い執事服は結構、視線を集めてしまっていた。
二階管制室のAI顔認証でイエーガーだと分かる。
「兄貴ぃ、また来たんだけど、あの執事さん。台座の前まで来てるけどぉ、これどうすんのよさ」
また来たのか? どうして?
「あ、お賽銭!5,000G=50,000円入れてくれたよ。案外いい奴じゃん」
「ジョーの姐さんは、金だけで善人だと判断しているのかい?」
「だってさぁ、お金は大事だよぉ~って、CMで昔見た事あったし」
いつの時代の事を言ってるんだよ。
西暦2020年前?
「ここはどんな態度を取るかで、臨機応変でいこうか。ジョー、アテレコをまた頼むぞ」
お任せあれ。
すっかりアテレコが上達して、ジョーは原稿なしでも適当なお告げを出せるようなっていた。と思っていた私だった。
「しかし下衆様、お賽銭はいくら溜まったんでしょうかねぇ?」
ニタリ
Renoはお賽銭をしっかり把握していて、わざと訊いてくるのだ。
管制室の中は気楽なもので、イエーガーの神妙な顔とは対照的である。
「でわ、ジャーン3Dホログラム<聖母マリア様>の御成りぃぃ」
あ、ポチッとな♪
「おぉ! こんな私にまたその高貴な御姿を! 慈愛に満ちたその瞳で私を導いて下さるのでしょうか」
「兄貴ぃ、こいつ誰だっけ?」
「私も知らんがReno? お前はどう?」
Renoで無くても、アンドロイドの娘達なら、データを共有して皆知っているのだ。
「父ちゃん、アレはエイプ子爵家のイエーガー執事ですな」
バニラ・アイスが答えてくれた。
「よし、次ぃアテレコいってみようかぁ」
◇適当アテレコ営業◇
______<汝イエーガーよ、全てを懺悔するがよい。後でブローチを大量に買い、我を崇めよ。さすれば、そなたの魂と我のガマグチは救われるであろう>
「なんと私の名前を御存知で! それとブ、ブローチをで御座いますか?」
<そうじゃ>
マイクOFF
「おい、聖母様はそんな事は言わないから」
「いいじゃん、こいつ金持ってるからさぁ」
言ってしまったものは、もう取り消せない。
幸い、管制室のコントは聞こえてはいない。
イエーガーはジョー、いや有難い聖母マリア様の御言葉を信じて、全ての悪事を語り尽くして懺悔した。
マイクON
______<それで全部出たのか?>
はい、全部出ました。
<それは大いに結構、いい薬も店で売っているぞよ。ならば早速、有難い土産を買いに走るのじゃ。売れてしまうぞよ>
はっ、畏まりました。
やがて言われた通り、<レイジー・ドラッグストア>にイエーガーがやって来た。
「聖女様のブローチは、ここで求め......」
最後までイエーガーの言葉は続かなかった。
私達は全員、胸に<聖母マリア様>ブローチを、胸に付けていたからだろう。
出来たばかりなので、ブロンズ製ブローチは神々しく輝いて、見事に高貴な方を再現していた。
けれどイエーガーは、聖母様が言われた<大量に求めよ>は無理だと思った。
その理由は、ブローチがエイプ子爵の目に留まった場合、怒りを買って私の身どころか、孫や嫁いだ娘まで危害が及ぶ事になるだろう。
「すまない。ブローチは一つだけでいい。代わりにここで売っている<爽快マリア様丸>と言う薬を、沢山買わせてもらおう」
「へい毎度ありぃ」
裏でパチパチと何かの音がした。ジョーだった。
ブローチ一つを買い求めたイエーガーは、手にしたブローチをじっと眺めてばかりいた。
やがて意を決したかのように、執事服の襟の裏側にブローチを取り付け、それをギュっと握りしめるのだった。
「では私はこれで」
バタム
と言って、イエーガーは去っていった。
「おいジョー、そのソロバンはどうしたんだ?」
異世界にはソロバンは存在しない。
ニタァ
「下衆様には必要かと思い、私Renoが作っておきました」
「どうせなら電卓だろ、そこわ」
◇理由◇
______私にはどうにも引っ掛かるものがあった。
イエーガーがバレない為だろうが、ブローチを襟の裏に付けたことだ。もしエイプ子爵だけでなく、使用人の誰かに見られたら、命の危険さへあるからだ。
「それをあえて付けた......その理由」
私は知らなかった。イエーガーの決意を。
帰路を急ぐイエーガーの気は軽かった。己の恥部全部を、聖母マリア様の前で吐き出したせいもあるのだろう。
「私はオイスター・ケチャップが羨ましい。この高貴な御方のブローチを、堂々と胸につけられるのだから」
そして執事服の襟を、またギュっと掴むのだった。
このイエーガーが良くする行為は、妙な癖として孫にも使用人達の間で噂になっていった。
この仕草は後にある者達だけに、次第に広まっていくのである。
______一向に進展を見ない糞薬師の抹殺。
「イエーガーに任せたのは間違いか。なら儂が直々に動かねばならんとはな」
闇ギルドのAランク<サイレント・マーダー>は恐らく失敗したのだ。
そう考えたエイプ子爵は、冤罪で始末する計画を立てる事にしたのだ。
◇邪悪召喚士 レイジー・タチキ◇
「儂は見抜いておるのだよ。糞薬師がサモナーだと言う事を。
しかもだ、悪魔を召喚して人の魂を食らわせる為に、参拝者を洗脳していつでも食えるようにと。デブーラは既に洗脳済で、餌を増やす下僕か。用が済めばデブも餌......」
デマを流すのは、闇ギルドにとって得意とするところだ。
「悪魔と契約した召喚士レイジー。ふ、これならデルモンド王国騎士団が動く。あの台座が動かぬ証拠、王国魔導士がチャームや洗脳魔法を感知すれば、奴は全て終わるのだ」
これで魂を食われた抜け殻でも出てくれば、もう逃られない。
「身元不明の浮浪者を始末して証拠をでっち上げる。これも闇ギルドなら容易い事だろう」
デマが広まるには多少の時間と金必要になる。
ところが貧困層の住人は、闇ギルドが流そうとしたデマを信じなかった。
◇激怒するエルフ◇
______愛するレイジー様が、悪魔と契約した極悪召喚士! この噂を訊いて激怒したのは、あの糞ツンエルフだった。
「どこのどいつが、その噂を流したのか徹底的に探せ!」
アデリア組合長はあれで人気がある。特殊なファンも含めて、ジャッカル達三馬鹿トリオも駆り出されていた。
しかしそこで疑問も持ち上がった。
「あんなに糞薬師と言って罵倒していたんだぜ。アデリア組合長は何のつもりなんだか?」
「分からんが何でも冒険者組合を、薬師の店の隣に新築移転するって俺は訊いた」
マジかよ。
マジだ。
私の日頃の行いが良かったのか、多くの住人がデマを信じる事が無かった。それは、ナイトメア亭の三人も同様だ。
「レイジーよ、おめぇが悪魔の召喚士だって噂を訊いたが、俺は信じちゃぁいねぇぜ」
あらあら、まぁそんな噂がねぇ。
「あれだ、台座から<聖母マリア様>を召喚した......噂はそこからだろう。しかしこりゃ拙いな」
デマであろうと、デルモンド王国にも噂は伝わるだろう。そうなれば王国騎士団が派遣されて最悪、台座を破壊されてしまうのだ。
私にとって、折角観光地として売り出そうとした矢先の悪夢だった。
「下衆様、バチが当たったようで何より」
おいReno!
幸い、私を信じてくれる住民は多い。バイソンの大将やモーリンさんのようなSランク冒険者も信じてくれているのだ。
しかし、デルモンド王国騎士団と事を構える訳にはいかず、私は厄介な問題を抱えてしまったのだ。




