記録の更新
「あなたはぁ、死んだよぉ」
対面に座っているであろう、ぼんやりとした青い人影が子供のような口調で言った。
不思議とその声は耳元で囁かれているように、しかし意味が分からず最初はただの音として聞こえた。
アナタワシンダヨー。
アナタ ワ シンダヨー。
あなたは、死んだよ。
ぼんやりとする頭で人影の言葉を理解すると何を馬鹿な事を言っているんだと呆れた。
呆れて…目の前のぼんやりとした人影の正体に思い至った。
相手は幽霊なのでは、と。
少なくとも僕に霊感なんてあった覚えはない。
という事は…目の前の幽霊が言っている通り、僕は死んでしまったのだろうか?
まだやっていないゲームが沢山あったのに、なんてもったいない。
それより、僕はどうやって死んだのだろうか。
最後の瞬間なんて覚えてないけど。
確かに不健康な生活をしていたのは否めない。
徹夜でゲーム、食べる事も惜しんでゲームをプレイしてたけど…突然死するような程、ハードプレイをやっていた訳じゃないし。
病気でもないし、寿命でもないだろう。
強盗にでも入られて殺されてしまったのだろうか?
親よりも先に死ぬなんて親不孝な事だ。
…まぁ、親の金で遊び呆けている時点で親不孝なものだろうけどさ。
すると、ここは地獄と呼ばれる世界なのだろうか?
周囲は見たこともないガラクタで埋め尽くされている。
僕が座っているモノだけが…生肉を捏ねて作ったかのような椅子だ。
見た目は最悪だけど座り心地は悪くない。
暖かくて臭いもしないし、思わず自分の部屋に一つ欲しいくらいだ。
この椅子に座ってゲームすれば気持ち良く遊べるだろうな。
しかし、なぜだろうか。
音が聞こえない。
ガラクタしか無いのだから当たり前なのだろうけど、なぜか寂しく感じる。
ここはもっと賑やかだった。
そんな気がしないでもない。
地獄で賑やかというよりも、悲鳴や絶叫で喧しいイメージあるからそれのせいかもしれない。
「私は幽霊ではぁ、ありませんよぉ。
ここは死後の世界ぃ。
周囲もぉ、私もぉ。
あなたの記憶からぁ、再現しただけですよぉ?」
本当に死後の世界なのか。
死んだ覚えなんてないのに。
しかし、周囲のガラクタも目の前の幽霊も見た事はないのだけど。
もしかして潜在意識という奴が見せているのか?
…もしかして目の前の幽霊は閻魔大王という存在なのでは?
誰かと間違って地獄にでも落とされたのか?
「私はぁ、閻魔じゃありませんよぉ。
死因はぁ、交通事故ですねぇ。
撥ねられてぇ、そのまま永眠ですぅ。
遺言通りぃ、使える臓器はぁ、全て提供済みぃ、みたいですよぉ。
それにぃ、誰かとぉ、間違えている訳でもぉ、ありませぇん」
人影は僕が声に出す前に答えてきた。
そうか、僕も幽霊なんだから思っただけで伝わるのか。
チャットみたいで便利だな。
それと死因は交通事故、かぁ。
家に引きこもっていた僕が交通事故だなんて…本当に笑えない終わり方だね。
全然、外に出た覚えはないけど。
あと遺言って…もしかして僕、自殺したわけ?
走ってる車に自分から飛び出したとか?
でも、そんな事する理由も覚えてないし。
「あなたはぁ、魂だけの存在になってますぅ。
だからぁ、記憶が曖昧になってるんですねぇ。
死んだ直後の事はぁ、覚える前にぃ、こっちに来ますからぁ、当然覚えてないとぉ、思いますぅ」
人影が僕の方に手を向けた。
その時、ゾクッとして、脳裏に勝手に映像が再生された。
脳死に関する番組を一緒に見ていた妹に臓器提供するかと聞かれて使えるモノは全部提供すると答える中学生頃の僕。
それをきっかけに妹との思い出がどんどん脳裏に浮かんでいく。
場面が変わると、なぜか急いで走っていた僕を跳ね飛ばすトラック。
…ハハ、懐かしいな。
確かにあの番組を妹と見てあんな風に答えた気がする。
まさか死んだ後に生きてる頃の妹の姿を見れるとは思わなかった。
そうか、僕は死ぬ前に家から出れたのか。
家を出れた理由までは分からないけど、あの表情だ。
何か素晴らしいモノでもあったのだろうね。
そしてトラックに轢かれて死ぬなんて不運だな。
本当に僕らしい終わり方だ。
「あとはぁ、あなたが主の元へ行ってぇ、次の肉体に向かうぅ、準備をするのですがぁ」
転生って奴かな。
こんなゴミ屑なひきゲーマーでも次の人生があるのか。
…それなら僕よりもできた妹は新しい生を謳歌しているんだろうな。
死んで終わり、じゃあないって事を知れただけで嬉しく思う。
「提案ですぅ。
妹さんにぃ、会いたくありませんかぁ?」
…え?
「もちろん、今のあなたのままでは無理ですよぉ。
妹さんはぁ、別の世界に転生してますからぁ。
今のあなたの魂では世界に合わずに崩壊しますぅ」
妹に、会えるんですか。
…!
妹は、元気に生きてますか!?
「会えますぅ。
元気ではありませんけどぉ。
あなたはぁ、私とぉ、相性が良いのでぇ、特別にぃ、良い事を教えてあげますよぉ?」
会え…いや、妹が元気じゃないってどういう事ですか!?
妹に何か起こってるんですか!?
「妹さんはぁ、世界で流行ってる感染症にぃ、侵されていますぅ。
それもただのウィルスではなくてぇ、別の世界のぉ、生き物なんですよぉ。
そこでぇ、あなたにぃ、解決する為のぉ、力を上げますからぁ、行ってくれませんかぁ?」
…分かりました。
それでは閻魔大王様、僕に力をください!
できれば妹の近くに送ってください!
お願いします!
「いいですよぉ。
妹さんの姿も変わってますからぁ、分かるようにしてあげますぅ。
それとぉ、私は閻魔ではありませんよぉ?」
はい、ごめんなさい。
…それでは僕はどうすれば妹の居る世界に行けるのでしょうか?
「今のあなたのままではぁ、行けませんがぁ。
でもぉ、彼女ならばぁ、私とのぉ、相性が抜群にぃ、良いですからぁ、行けますぅ。
姿がぁ、変わりますがぁ、良いですかぁ?」
彼女?
姿が変わる?
…すいません、話が読めないのですが。
「あなたが生み出したもう一人のあなた。
アカリと言えば伝わりますか?」
口調が変わった。
心なしかぼんやりとしていた人影が見覚えのある女の子に見えた。
でも、アカリは…空想の人物だ。
実在しない。
僕しか知らない女の子。
「そして彼女は君の中に存在した、もう一人の君だ。
君の元の肉体は燃えたという認識があるから使えない。
全く新しい肉体も、転生しなければ得られない。
だけど彼女は違う。
彼女の肉体は情報だ。
君が作り出した記憶の存在。
だから、君の記憶で成り立っている、この死後の世界で肉体を得ることができる」
アカリ。
それは僕がゲームで使うキャラクター。
僕はアカリを通してゲームを楽しんできた。
ゲーム内の僕。
そして、僕が望んだ理想の姿。
「君を異世界に送ろう。
自我は君、外見は彼女。
肉体は死後の世界で形成された彼女の情報
故に君は始まりは無く、終わりも無い。
君には新たな世界で自由がある。
それではぁ、お願いしますぅ」
人影が僕の胸を貫く。
一瞬の浮遊感、景色が変わっていく。
その際に…確かに聞こえた。
いってらっしゃい
新生ゲーマー
アカリ
主に
魂を
捧げなさい
END




